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プロフィール
- 池上昌弘とは
- 来歴
- 代表騎乗馬
- 主な管理馬
- かつて所属していた騎手
- 参考文献・出典
- 関連項目
池上昌弘(いけがみまさひろ、1947年10月15日-)は、日本中央競馬会(JRA)美浦トレーニングセンター所属の調教師。元騎手である。調教助手の池上昌和は実の息子(池上厩舎公式ブログより)で、 保田隆芳元調教師は伯父、 保田一隆調教師は従弟に当たる。同年デビューの 岡部幸雄、 福永洋一、 柴田政人、 伊藤正徳ほど華やかな活躍が見られなかったものの、引退まで多くのレースに騎乗した。この他の同年デビューは 清水英次らがいる。なお池上はデビューこそ1967年であるものの、厳密に ...
来歴
| 神奈川県出生、東京都出身。 |
| 1963年に馬事公苑長期騎手養成課程14期生として騎手候補生となり(但し一部で馬事公苑花の15期生の1人との記述もあるが、これは間違いである)、1967年に古賀嘉蔵厩舎よりデビューし、同年3月4日にフシミで初騎乗した。 |
| しかし1ヶ月後に松山吉三郎厩舎に移籍し、同年6月24日にメジロサンマンに騎乗して初勝利を挙げた。 |
| 1970年3月1日、騎手引退と同時に開業した保田隆芳厩舎に移籍し、主戦騎手となった。 |
| 1970年9月13日、メジロアサマで函館記念に勝利し重賞初制覇。 |
| その後、同馬とのコンビで天皇賞(秋)など、重賞計5勝を挙げた。 |
| 後に池上は、騎手時代の思い出の馬としてメジロアサマを挙げている。 |
| また池上の天皇賞(秋)の制覇は当時の同競走での史上最年少騎手による制覇でもあり、馬事公苑長期騎手過程第14期生では最初の八大競走制覇騎手となった(23歳1ヶ月。 |
| この記録は1989年に武豊が20歳7ヶ月で制覇して更新。 |
| 1973年、ハクホオショウに騎乗して札幌記念・オールカマーを勝ち、迎えた天皇賞(秋)では1番人気に推されたが、スタート直後の故障により競走中止し、涙を飲んだ。 |
| 1976年には、新馬戦からトウショウボーイに騎乗し、無傷の4連勝で皐月賞を制する。 |
| しかし単枠指定で迎えた東京優駿では、池上が同馬について漏らしていた「馬が若いので他馬に寄られると怯むところがある」という弱点をクライムカイザーに突かれ、2着に敗れる。 |
| 次走の札幌記念も出遅れて2着に敗れ、池上はトウショウボーイを降ろされることとなった。 |
| 1980年代以降はこの頃より大レースを徐々に勝ちだして注目されるようになった同期の安田や小島とは対照的に、池上はこれまでの活躍振りから一転し、重賞勝利はおろか勝利数が激減し、現役最晩年には騎乗数自体も大幅に減少していた。 |
| 1988年、調教師試験に合格し、騎手を引退。 |
| 騎手時代の通算成績は1679戦138勝。 |
| 翌1989年、厩舎を開業。 |
| 初出走は同年3月5日のサクラホープ。 |
| 4月30日に同馬で初勝利を挙げた。 |
| 2010年6月19日、福島競馬第10レースで管理馬のダイワナイトが勝利し、JRA通算300勝を達成した。 |
代表騎乗馬
| ※括弧内は池上騎乗による優勝重賞競走。 |
| メジロアサマ(1970年函館記念、天皇賞(秋)、1971年アルゼンチンジョッキークラブカップ、ハリウッドターフクラブ賞、1972年アメリカジョッキークラブカップ)。 |
| ハクホオショウ(1973年札幌記念、オールカマー)。 |
| アイアンハート(1974年カブトヤマ記念)。 |
| トウショウボーイ(1976年皐月賞)。 |
かつて所属していた騎手
| 谷中公一(現役最末期のみ)。 |
| 池崎祐介デビュー時のみ。 |
| 未勝利でフリーになった。 |
参考文献・出典
| JRA公式HP調教師情報池上昌弘。 |
| 優駿1988年4月号。 |
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1947年
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池上 昌弘(いけがみ まさひろ、-)は、日本... |
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1963年
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馬事公苑長期騎手養成課程14期生として騎手候... |
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