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プロフィール
- 河合その子とは
- 人物
- 来歴
- おニャン子クラブへの加入
- ソロ活動の開始
- おニャン子クラブ卒業後
- 歌手活動
- 歌手引退後
- 『夕やけニャンニャン』出演時
- 『夕食ニャンニャン』出演時
- 楽曲関連
- シングル
- アルバム
- ベストアルバム
- バラエティ
- ラジオ
- テレビドラマ
河合その子(かわいそのこ、1965年6月20日-)は、日本の元歌手。本名:後藤その子(ごとうそのこ、旧姓:河合)。
人物
| 愛知県知多郡横須賀町(現:東海市)出身。 |
| 日本福祉大学付属高等学校卒業。 |
| おニャン子クラブ会員番号12番。 |
| 現役当時は渡辺プロダクション→イザワオフィスに所属していた。 |
| 引退後は出身地である愛知県東海市にある実家近くに居を構える専業主婦であったが、2010年に芸能活動を再開した。 |
来歴
| CBSソニー主催のオーディション「ティーンズ・ポップ・コンテスト」に参加し、準優勝に選ばれ芸能界入りのきっかけを得る(ちなみに優勝は沢田玉恵だった)。 |
| このコンテストは楽器演奏を条件としていて、川島みき(後の川島だりあ)や宮原学なども参加していた。 |
| 第2回の優勝者が谷村有美ということからも、アイドル系のオーディションとは、やや趣向が異なる。 |
| しかしその後はレコード会社対抗の運動会に一度呼ばれた以外は何の音沙汰もなく、高校を卒業後、コンピューター系専門学校に進学する。 |
ソロ活動の開始
| 7月、ドラマ『スケバン刑事』に悪役としてゲスト出演し、おニャン子クラブのメンバーとしては初のソロ活動を開始した。 |
| 劇中のセリフ「ゲームなんだよ!」は、『夕やけニャンニャン』でもたびたび取り上げられた。 |
| おニャン子クラブの活動中にはメンバーが様々なドラマに出演したが、悪役を演じたのは河合だけである。 |
| 9月、CBSソニーから「涙の茉莉花LOVE」で、おニャン子クラブのメンバーから最初のソロデビューを果たし、オリコン週間チャートで、女性歌手としては初めてデビュー曲で1位を獲得した。 |
| この曲の発表当初はマイクを持って簡単な振り付けで歌っていただけだったが、テレビで歌う機会が増えるにつれて、イントロとエンディングを彼女自身が(SONOKOと書かれた)自前のキーボードで演奏するようになった(これについて石橋貴明が「お前イントロとエンディングだけの為に重い機材持ち歩いてんじゃねーよ」と突っ込んでいた)。 |
| B面「恋のチャプターAtoZ」は、「河合その子withおニャン子クラブ」名義。 |
| バックのメンバーは国生さゆり・名越美香・高井麻巳子・城之内早苗で、デビューイベント等にも随伴した。 |
| 12月5日にファーストアルバム『SONOKO』発売。 |
| 12月28日には、品川プリンスホテルのゴールドホールでファーストコンサートを行う。 |
おニャン子クラブ卒業後
| 3月、おニャン子クラブを卒業し、ソロアーティストとしての活動を本格化させる。 |
| おニャン子クラブ在籍最後の作品としてリリースした「青いスタスィオン」は、オリコン週間チャートで2週連続1位、年間チャートでも10位に入る大ヒットとなり、河合の代表作となった。 |
| 4月、初のコンサートツアー「MEN'SBRANDSONOKO」を開催。 |
| 続いて8月から10月にかけて、2回目のコンサートツアー「風船旅行」を開催した。 |
| この間に『Siesta』(5月)、『ModedeSonoko』(10月)と2枚のアルバムを発売する。 |
| これらの音楽活動と並行して、おニャン子卒業後も『夕やけニャンニャン』にはコンスタントにゲスト出演していたほか、『夕やけニャンニャン』の姉妹番組として5月から9月に放送された『夕食ニャンニャン』では、吉田照美とともに司会役を務めた。 |
| またこの時期に、主演作を含む3作のテレビドラマに出演している。 |
| 12月には、当時おニャン子クラブ在籍メンバーであった国生さゆり・城之内早苗・渡辺美奈代・渡辺満里奈等とともにアルバム『MerryX'masForYou』をリリースした。 |
歌手活動
| 3月から5月にかけて、コンサートツアー「SONOKOSTYLE'87」を開催。 |
| さらに7月発売のアルバム『RougeetBleu』を挟み、9月から12月にかけて、コンサートツアー「LIVEACT4YOU」を開催した。 |
| 8月に、『夕やけニャンニャン』が終了、おニャン子クラブも9月20日のコンサートで解散した。 |
| 8月発売の解散記念アルバム『Circle』には、自ら作曲した「プリズム」が収録され、シンガーソングライター志向だった本人にとって、初のオリジナル曲となった。 |
| テレビ出演拒否宣言をした。 |
| 卒業後もアイドル扱いされた事に反発したという説もある。 |
| 同年5月にアルバム『Colors』を発表したが、プロモーション活動はラジオに数回出演した程度で、唯一のテレビ出演は『オールナイトフジ』でのミニライブであった。 |
| また、先行リリースのシングル「雨のメモランダム」を最後に、シングルのリリースはなくなり、アルバムのみの活動となった。 |
| また『Colors』には河合本人がプロデューサーとして参加、マスコミへの露出や売上と反比例するかのように、本人の意向を押し出して、おニャン子時代から楽曲を手がけてきた秋元康、後藤次利以外のライターも多く起用された。 |
| 12月にはライブ「’88~’89NouvelleCollection」を東京・大阪で行うが、『Colors』制作の流れをくみ、未発表曲やカバー曲が多くを占める構成となった。 |
| 3月発売のアルバム『Dancin'InTheLight』では4曲を自身で作曲し、曲調もラテン風のものが多くみられるようになる。 |
| このアルバム発売に伴い、3月から5月にかけてコンサートツアー「1989NouvelleCollection」が行われた。 |
| これが、全国規模のコンサートツアーとしては最後となった。 |
| 4月、全曲を作曲したアルバム『Replica』をリリース、5月にライブ「ReplicaLive'90」を行ったが、これを最後に音楽活動は休止状態となる。 |
| 以後は稀にテレビに出演することもあったが、やがてファンの前から姿を消していくことになった。 |
| 4月に作曲家の後藤次利と結婚し、既に引退していることが報じられた。 |
歌手引退後
| 5月に放送されたドラマ『多重人格探偵サイコ雨宮一彦の帰還』の音楽を夫の後藤次利が担当した縁で、一瞬のカットのみ出演をした。 |
| その際には「龍妃」という芸名を用いている。 |
| あくまで特別出演であり、芸能界復帰ではなかった。 |
| 2002年におニャン子クラブが再結成した際にも不参加だったほか、過去に数回あった同窓会企画にも、一度も参加はしていない。 |
| おニャン子クラブメンバーとのその後の関わりは、在籍時に仲が良かった城之内早苗が、2003年に『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングに出演した際、花を贈ったことが挙げられる程度である。 |
| その一方で、リリースしたCDが引退後相次いで廃盤となったことから、所属レコード会社だったソニー・ミュージックに、復刻を求める要望がファンから集まった。 |
| これを受けてソニー・ミュージックと河合との間で交渉が行われた際、本人の話から未発表曲の存在が明らかになった。 |
| その後、お蔵入りしていた6曲の音源が発見された。 |
| こうして9月、復刻盤CD-BOX『河合その子プレミアム』発売が実現した。 |
| それを機に、「昔一緒に仕事をしていたスタッフと再会した瞬間、私は“後藤その子”ではなく、“河合その子”に戻っていました。 |
| それもごく自然に…」「同じ時間を過ごした皆さんと共有できる思い出があるという素晴らしさに気が付きました」「懐かしい『記憶』が鮮やかな『記録』となったことに心から感謝します」とのコメントを、サンケイスポーツ宛てに寄せた(収録曲は『河合その子プレミアム』の項を参照)。 |
| 3月、資生堂の新化粧品ブランド「IN&ON」のコマーシャル出演を発表、4月からオンエアされた。 |
| CMでは、荻野目洋子、薬丸秀美、伊藤つかさと共演した |
| なお、この時の会見で、夫の後藤との間に子どもが一人いることを明らかにしている |
『夕やけニャンニャン』出演時
| 自己紹介するときにはいつも「永遠の少女、河合その子です」と自称していた。 |
| 場合によってはそれが「歌うリカちゃん人形」のときもあった。 |
| ソロデビューしたころのキャッチフレーズは「フランスと中国のハーフの女の子」であり、当時はまだ世間になじみの薄かったフレンチロリータ路線を狙っていた。 |
| スタジオ入りがギリギリとなるためなのか、素顔に自信があるのか、度々すっぴんで番組に出演した。 |
| その際、本人自ら「今日はすっぴんの河合その子です」と自己紹介していた。 |
| 「涙の茉莉花LOVE」を番組で初披露する際、片岡鶴太郎は曲名を「涙の『マリファナ』LOVE」とわざと読み、笑いを誘った。 |
| このコーナーで、「どえりゃあえりゃあがや」という方言を披露している。 |
『夕食ニャンニャン』出演時
| あるコーナーで、吉田照美が「観客がどさくさにまぎれてその子ちゃんのお尻を揉んだ」と言っていた。 |
楽曲関連
| この曲で『ザ・トップテン』(日本テレビ)にランクインし、歌い終わり自分の出番が終わった後、ステージ隅のゲストが座るシートで生放送中に居眠りをした。 |
| 最大のヒットとなったこの曲について、本人はニッポン放送系のラジオ番組『おニャン子のあぶない夜だよ』にて「(周囲から)いい『曲』だよねぇ、とばかり言われる。 |
| この曲から振り付けがバレエの先生に変わり、特徴的な振り付け(身体を前かがみにして片手を後ろから宙に伸ばす)は物真似やパロディの対象となり(『とんねるずのみなさんのおかげです』で石橋貴明が唐突にこの振りをする場面もあった)、本人も数多くからかわれていた。 |
シングル
| #涙の茉莉花LOVE/恋のチャプターAtoZ(1985年9月1日作詞:T2、作曲・編曲:後藤次利)-T2はレコーディングディレクター稲葉竜文と後藤次利の共同ペンネーム。 |
| #落葉のクレッシェンド/午後のパドドゥ(1985年11月21日作詞:秋元康、作曲・編曲:後藤次利)。 |
| #青いスタスィオン/さよならは言わないで(1986年3月21日作詞:秋元康、作曲・編曲:後藤次利)。 |
| #再会のラビリンス/ジョバンニのささやき(1986年7月2日作詞:秋元康、作曲・編曲:後藤次利)。 |
| #悲しい夜を止めて/やさしさなんていらない(1986年10月22日作詞:秋元康、作曲・編曲:後藤次利)。 |
| #哀愁のカルナバル/ロマンスの行方(1987年2月26日作詞:秋元康、作曲・編曲:後藤次利)。 |
| #JESSY/赤道を越えたサマセットモーム(1987年6月17日作詞:川村真澄、作曲・編曲:後藤次利)。 |
| #夢から醒めた天使/明日への手紙(1987年10月21日作詞:小林和子、作曲・編曲:和泉一弥)。 |
| #雨のメモランダム/ラヴェンダーが目印(1988年4月21日作詞:川村真澄、作曲:木戸やすひろ、編曲:大谷和夫)。 |
アルバム
| #SONOKO(1985年12月5日)。 |
| #Siesta(1986年5月21日)。 |
| #ModedeSonoko(1986年10月1日)。 |
| #RougeetBleu(1987年7月22日)。 |
| #Colors(1988年5月21日)。 |
| #Dancin’InTheLight(1989年3月21日)。 |
| #Replica(1990年4月21日)。 |
ベストアルバム
| #sonnet(1990年12月21日)。 |
| #ゴールデン☆ベスト河合その子(2002年11月20日)。 |
ラジオ
| 「河合その子・拝啓その子です」(1986年4月-11月、ニッポン放送/毎週日曜日11:30~12:00。 |
テレビドラマ
| スケバン刑事(1985年7月11日・18日、フジテレビ)-宮原妙子役。 |
| ヤヌスの鏡(1985年12月-1986年4月、フジテレビ)-阿部純子役。 |
| 二十歳の祭り(1986年7月30日、TBS)-主演。 |
| 月曜ドラマランドみゆき(1986年8月4日、フジテレビ)-若松みゆき、鹿島みゆき二役。 |
| オレの息子は元気印(1987年1月-2月、日本テレビ)。 |
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1965年
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河合その子(かわい そのこ)は、日本の元歌... |
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1985年
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スケバン刑事(・18日、フジテレビ)宮原妙子 役 |
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つながりの強いひと
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☆プロフィール☆ 本名 = 薬丸 秀美 やくまる ひでみ (旧姓:石川) 出生地 = 愛知県 瀬戸市 血液型 = A 生年月日 = 1966年7月13日 現年齢 = 44歳 ☆活動☆ ジャンル = 女優... |
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日本の歌手である。本名、薬丸秀美(やくまるひでみ)、旧姓:石川。1980年代に活動した。愛知県瀬戸市出身。現役時代は芸映プロダクション所属。レコード会... |
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本名: 後藤その子(旧姓:河合)
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体重: 40 kg
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河合その子さんについてのひとこと紹介
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