| 父は落語家の初代林家三平。 |
| 伯父は釣竿職人の中根喜三郎(母・香葉子の兄)、祖父に7代目林家正蔵、実姉に海老名美どり、実弟に9代目林家正蔵と2代目林家三平、義兄に峰竜太、義妹に国分佐智子、甥に下嶋兄がいる。 |
| 幼少のころからクラシックを学ぶ。 |
| 東京都立芸術高等学校卒業。 |
| 東京芸術大学音楽学部への進学を志望していたが、他の音大も含め不合格となり、浪人を選ばず進学を断念。 |
| その後、春風亭小朝と婚約中の1988年に桐朋学園大学音楽学部に入学(後に中退)(同年6月結婚)。 |
| 音大進学の失敗を機にクラシックから転向し、ジャズやポピュラー歌手を志す。 |
| 代表曲は『フライディ・チャイナタウン』。 |
| また、アーティストへの楽曲提供も行い、『夏のRELIFE』(松本伊代)、『YES、IT'SMYHEART』(少女隊)『目黒の実家に帰ります』(五十嵐祐子)などを残した。 |
| テレビタレントとしては『午後は○○おもいッきりテレビ』(日本テレビ系)初代アシスタント司会を務めるなどした。 |
| 結婚を機に芸能界を引退し、小朝のマネージメントをしていた(夫小朝の事務所「春々堂」の社長)。 |
| 引退で当然のように表舞台から姿を消したが、2004年の林家正蔵襲名記念披露パーティーの企画に携わるなど落語界で裏方的な活動をこなしており、時々テレビ映ることはあった。 |
| その後2007年11月に帝国ホテルの宴会場で小朝と離婚記者会見を開き、久々に公の前に姿を見せることになった。 |
| この会見では結婚など目出度い時に使う金屏風を会見場に立てており、仕来りに反すると同時に芸能界でも前例のないパフォーマンス・演出により、一躍ワイドショーで格好の話題を提供することになった。 |
| 慰謝料は1億5千万円で、泰葉は「安い」と不平を漏らしている。 |
| これを機にアイアン・キャンドルを立ち上げるなど芸能界へ本格復帰する(エピソードで後述)。 |
| 2008年に夫婦生活や離婚の経緯などを綴った著書『開運離婚』を出版。 |
| 2009年には自作新曲で歌手再デビューを果たした。 |
| また、父・三平の半生を描いたドキュメンタリー映画を製作するとあったが2011年時点では進展が無くなっている。 |
| 2008年大晦日に有明コロシアムで行われるハッスル・マニア2008の電撃会見を行い、プロレスのリングに於いてフランク・シナトラが360度観客に囲まれて歌を歌ったように、プロレスのリングで歌を歌う「ファイティング・オペラハッスル」として参戦することを公言した。 |
| しかしそこに、ハッスルの支配者高田総統が現れ、歌を歌いたければリング上で戦い勝つことを条件として課せられ、強制的にプロレスラーとなってしまった。 |
| 試合は12月30日に行われ、大晦日のゴールデンタイムに放映され紅白歌合戦とも戦うこととなった。 |
| 本番試合では対戦相手アン・ジョー司令長官に対し7分10秒で勝利した(決め技は『回転“海老名”固め』)。 |