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プロフィール
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- 長門裕之
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- 年譜
- 映画
- テレビドラマ
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津川雅彦(つがわまさひこ、1940年1月2日-)は、日本の俳優。芸能事務所グランパパプロダクションに所属し、同社の代表取締役を務める。京都市中京区出身。血液型O型。本名は加藤雅彦(かとうまさひこ)。京都の洛星中学校から同志社高校、早稲田大学高等学院編入・中退。明治大学付属 中野高等学校、文化学院短期大学卒業。映画『寝ずの番』では、監督名・ マキノ雅彦として監督を務めた。父は 沢村国太郎、母は マキノ智子、実兄に 長門裕之を持つ。妻は 朝丘雪路、娘は女優の 真由子。 ...
来歴
| 芸能一家に生まれ、子役として数本の映画に出演していたが、本格的な銀幕デビューは16歳のとき、1956年の日活映画『狂った果実』(中平康監督、石原慎太郎原作・脚本)によってである。 |
| やはりこの映画が本格的な主演デビューとなる石原裕次郎の弟役を探していた石原慎太郎が一目見て気に入り、沢村家に頼み込んで強引にキャスティングして名付け親ともなったが、本人はジャーナリストに憧れて早稲田高等学院に在学しており、「夏休みだし1本くらい出てもいいか」と軽い気持ちだったという。 |
| しかし映画のヒットとともにたちまちスターダムに上り詰め、涼しげな眼差しで清潔感のある美男俳優として日活の看板となった。 |
| 人気の勢いで松竹へ移籍するがここではヒットに恵まれず、フリーに転身してテレビなどに活動の場を広げた。 |
| しかし1969年のデヴィ・スカルノとの不倫騒動をきっかけに仕事が激減。 |
| 窮地に陥っていたところ、1972年から開始された必殺シリーズの悪役に起用された。 |
| 演出を担当した松本明は「世の中のみんなはお前が嫌いなんだから殺される悪役をやれ!」と言って津川を起用したというが、美男スターのプライドを捨てて悪役をこなす中で多くを学んでいったという。 |
| 1982年には映画『マノン』でブルーリボン賞助演男優賞を受賞。 |
| 以後、この作品におけるような好色な中年男性を多く演じ、評価を確立。 |
| また伊丹十三監督作品の常連として厳しい演技指導を受ける中で、演技に開眼していった。 |
| 中年となってからの演技派としての活躍には、叔母である沢村貞子から「雅彦、お前はね、顔がいいんだから芝居は4倍うまくならないと認めてもらえないよ」と、津川が若い頃に口酸っぱく忠告されたことが影響しているといわれる。 |
| 20代半ばに差し掛かる頃より徐々に肥え始め、それに伴い独特の癖のある風貌が強くなっていった。 |
| しかし逆にその個性を活かし、真っ当な役柄から変質者まで幅広く演じるほどの演技力を持つに至った。 |
| ジェームス三木脚本の作品に多く出演している。 |
| 三英傑(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)をすべて演じた(のちに松方弘樹、竹中直人、中村橋之助らも演じる)が、後述の出演作品一覧の通り、徳川家関係の人物を演じることが多く、大河ドラマだけでも、家康、綱吉、慶喜を演じている。 |
人物
| 60歳を越えても穴開きジーンズといったグランジ・ファッションを好む。 |
| 若い女性からも注目されたことで有頂天になり、「合コンしないで何をやる!」が口癖となるほどの合コン好きとなった。 |
| 合コン仲間には奥田瑛二、明石家さんま、高橋克典、宍戸開らがいる。 |
| 趣味はメールで、絵文字が大好き。 |
| 芸能界きっての食通でもある。 |
| 保守的な政見で知られ、その種の団体・会合にも参加している。 |
| 自らの事務所『グランパパ』が入居するビル(以前は九段南の靖国通り沿いに事務所を構えていた)の真ん前ということもあってか、「みんなで靖国神社に参拝する国民の会」、「首相の靖国神社参拝を求める国民の会」の発起人もつとめる。 |
| 映画『プライド・運命の瞬間』で東條英機役を演じる際、東條家を訪れて話を聞いたうえで役作りに生かしたという。 |
| その演技ぶりは東條の遺族に「まるで東條英機が生き返ったようです」と絶賛された。 |
| また東條を演じることを朝日新聞の記者から『A級戦犯を演じることの是非』を問われたとき、「じゃあ君(質問した記者に対して)はどう思うのかね!」と質問返しした『キネマ旬報』より。 |
| 一方『落日燃ゆ』(2009年、テレビ朝日)では吉田茂を演じている。 |
| ブログなどでも政治的な発言をしばしばするが、民主党(政権)を批判し、自民党(政権)を支持するものが多い。 |
| 自身はテレビを主要な仕事の場としていながらも、「テレビは諸悪の根元。 |
| 思考停止装置」「毎日茶の間に入り込み、コマーシャルを見せて商品を売る訪問販売だ」と、テレビとマスコミを強く批判している。 |
| 固定電話を使った世論調査に対しても「今時、固定電話を置く家庭は茶の間のテレビで低俗文化の洗脳を受けている層が多かろう」と主張している{{citenews。 |
| 一人娘の真由子を溺愛している。 |
| そのため、もし彼女に恋人ができたとしても、「(娘の彼氏という立場の男を)好きになれるはずがない!」と、断固娘の恋人を拒否し続け、それが娘にとって大いなる足枷となっている。 |
| 溺愛の理由には、真由子が1974年に生後5か月で誘拐された津川雅彦長女誘拐事件が一因となっている。 |
| 誘拐当時、東京新聞から「売名行為の自業自得」などと批判めいた報道もなされており、先述のようなメディアへの懐疑的な姿勢の背景にも、この事件がある。 |
| 学校でも演劇論を講じることがあり、多摩大学講師や、東京フィルムセンター映画・俳優専門学校で名誉学校長を務めた。 |
| また福岡県飯塚市の嘉穂劇場が水害に遭った際には、旅芸人座長団や俳優仲間らとともに、その再建運動に尽力した。 |
長門裕之
| 実兄で演技派俳優の長門裕之とはデビュー以来何かと比較されライバル関係が続いていたが、『マノン』の演技で津川が1982年度のブルーリボン賞最優秀助演男優賞を受賞した際に、長門が津川の実力を認め、和解して現在に至る。 |
| 長門の晩年は共演が多く、『八代将軍吉宗』『サラリーマン金太郎』『刑事☆イチロー』『相棒』『戦国自衛隊関ヶ原の戦い』などがある。 |
| また自身の監督作品『寝ずの番』『次郎長三国志』にも長門が出演した。 |
| 長門が危篤になった2011年5月21日、津川は胸に異変を訴えてICUに入っており、大事には至らなかったものの死に目に会うことはできなかった読売テレビ「情報ライブミヤネ屋」でのインタビューで本人発言。 |
| 2011年5月24日放送。 |
緒形拳
| 緒形拳とは親友同士。 |
| 「ガタ」と呼び、お互いのことは何でも話し、幾多の困難を共に切り抜けてきたほどの仲。 |
| 臨終を看取り、「緒形拳を偲ぶ会」を立ち上げる。 |
| 肺気胸で倒れた際は緒形が亡くなった同じ病院・病室を希望し、「ガタが守ってくれた」と語った。 |
岩下志麻
| 『あの波の果てまで』での共演で知り合った岩下志麻とは50年来の親友であるが、異性としての付き合いを意識したことはお互い一度もないという『徹子の部屋』2011年2月3日放送分にて共演時。 |
逸話
| 津川はおもちゃ・絵本の全国チェーン・グランパパのオーナーでもある。 |
| しかし、フジテレビ・関西テレビ系の情報番組『新報道プレミアA』で、グランパパが経営悪化し6億5千万円の債務を背負っていたことが明らかになった。 |
| 一時、自己破産の危機に陥ったが、支援企業が共同経営者になる条件付きで債務を肩代わりしてもらい、津川は破産を免れた。 |
| 一方で1988年、廃線となった北海道の旧国鉄広尾線を「幸福鉄道」としてよみがえらせ、北海道広尾町の町営牧場など約500ヘクタールの土地に100億円をかけ、「夢の王国サンタ愛ランド」を作ろうと計画。 |
| イギリス・スコットランドの古城「ロックハート城」を解体し、シベリア鉄道経由で運び込み注目された。 |
| だが、資金計画をめぐり町側と対立し、1991年に町から計画受け入れ拒否を通告され計画は頓挫。 |
| その後、群馬県沼田市の石材会社サンポウの社長が買収し、1993年に同県高山村で復元、「大理石村ロックハート城」として有料公開され、テレドラマロケ・結婚式場などにも使われている(津川は名誉城主に就任)。 |
| お笑いタレントの松村邦洋には、『サラリーマン金太郎』の大和会長役でモノマネをされている。 |
| その際松村はよく首を振るのだが、津川本人は実際あまり首を振らないので、その旨を松村に言ったことがある。 |
| ところが、やがて津川本人は松村に「松ちゃんが首振るから僕も今度から首を振ることにしたよ」などと語り、本家がモノマネ芸人に合わせるという本末転倒なことになったこのエピソードは松村が雑誌のインタビューで答えていた。 |
| 『葵徳川三代』で演じた徳川家康の真似もされている。 |
年譜
| 1954年までは本名である加藤雅彦(幼児期は澤村マサヒコ)として活動。 |
| 石原慎太郎が津川雅彦と命名。 |
| 『狂った果実』に石原の強烈な推薦で出演した縁から。 |
| 「津川」の名は石原の小説「太陽の季節」のメインキャラクター「津川竜哉」から付けられた。 |
| 1958年、アメリカのロサンジェルスへ短期留学。 |
| 1964年、松竹を退社。 |
| 1966年、渡邊美佐(現:渡辺プロダクション代表取締役会長)と芸能事務所「ぷろだくしょん『道』」の設立に参加。 |
| 1973年、女優の朝丘雪路(元宝塚歌劇団月組娘役)と結婚。 |
| 1978年、おもちゃ販売会社グランパパを設立し運営。 |
| 一号店を青山ツインタワーに開業する。 |
| 1993年、映画監督のオファーが来たため、病床のマキノ雅弘に「マキノ」を名乗ることの了解をもらう(ただし、この企画は頓挫した)なお、津川は祖父・省三を描いたテレビドラマ『カツドウ屋一代』(1968年)で雅弘役を演じている。 |
| 2006年、初監督作品『寝ずの番』が公開される。 |
| 2009年、肺気胸で倒れるも、2月の映画公開に向けて復帰。 |
映画
| 狐の呉れた赤ん坊(1945年、大映)。 |
| 素浪人罷通る(1947年、大映)。 |
| 天狗飛脚(1949年、大映)。 |
| 乞食大将(1952年、大映)。 |
| 武蔵と小次郎(1952年、松竹)。 |
| 獅子の座(1953年、大映)。 |
| 山椒大夫(1954年、大映)。 |
| 狂った果実(1956年、日活)-滝島春次役。 |
| 夏の嵐(1956年、日活)。 |
| 波の塔(1960年、松竹)-小野木喬夫役。 |
| 伊豆の踊子(1960年、松竹)。 |
| 大帝の剣(2007年4月7日、東映、堤幸彦監督)-おやかた様役。 |
テレビドラマ
| 息子の縁談(1958年、日本テレビ)。 |
| 大奥(1968年-1969年、関西テレビ)-徳川家綱役。 |
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1940年
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津川 雅彦(つがわ まさひこ)は、日本の俳優... |
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1964年
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松竹を退社 |
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つながりの強いひと
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長門裕之
父
日本の俳優。本名は加藤晃夫(かとうあきお)。 |
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朝丘雪路
配偶者 妻 結婚
日本の歌手、女優。本名;加藤雪会(かとうゆきえ)。東京市京橋区築地生まれ。血液型はB型。元宝塚歌劇団月組娘役。父は日本画家の伊東深水。夫は津川雅彦、... |
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伊丹十三
日本の映画監督、俳優、エッセイスト、商業デザイナー、イラストレーター、CM作家、ドキュメンタリー映像作家である。本人は名刺の肩書きに「強風下における... |
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ヨーロッパ問題研究家。名古屋市生まれ。東京大学法学部卒業、NHKに入局。ベルリン自由大学に留学。NHKベオグラード、ボン支局長、解説委員などを歴任。1992... |
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宮本信子
日本の女優。北海道小樽市生まれ、愛知県名古屋市育ち。愛知淑徳高等学校卒業。夫は伊丹十三。長男は池内万作。所属事務所は東宝芸能(1990年から)。 |
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真由子
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日本の俳優、作家、脚本家、政治家。勲等は旭日中綬章。株式会社中村企画社長。本名は中村敦雄(なかむらあつお)。旧姓は遠藤(えんどう)。参議院議員(1期... |
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津川雅彦さんについてのひとこと紹介
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