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プロフィール
- 浅香唯とは
- デビュー〜不遇時代
- スケバン刑事シリーズでブレイク
- トップアイドル時代
- アーティスト志向へ
- 突然の休業
- 復帰〜現在
- エピソード
- ディスコグラフィ
- コンサートツアー・スペシャルライブ
- 舞台
- 関連項目
- 関連サイト
浅香唯(あさかゆい、1969年12月4日-)は、日本の歌手、タレントである。本名、西川亜紀(にしかわあき)旧姓:川崎。宮崎県宮崎市出身。宮崎大学教育学部附属中学校、明治大学付属 中野高等学校定時制課程卒業。
デビュー〜不遇時代
| 1984年、『少女コミック』主催の「ザ・スカウトオーディション'84」でグランプリ・浅香唯賞を受賞。 |
| これにより、芸名が「浅香唯」となる(「浅香唯」とは、同誌連載作品『シューティング・スター』の主人公の名前である)。 |
| 自身は芸能界には全く興味がなかったが、優勝者に贈られる副賞“赤いステレオ”欲しさでオーディションに応募した1987年『Present浅香唯フォト&エッセイ』(近代映画社)、2001年4月17日放送『ろみひー』(日本テレビ系)など、たびたび雑誌やテレビ番組で本人が明言している。 |
| 審査員だった前述の作品の作者が「“浅香唯”はこの子しかいない」と、浅香を一目見た瞬間から決めていたことによるグランプリであった。 |
| 浅香はステレオとグアム旅行後に写真集撮影のためサイパンに変更される。 |
| を手にするという目的を果たし、これで終わるはずだったが、数々の芸能プロダクションから次々とスカウトの電話が来る。 |
| 芸能界入りすることに関心のない浅香は全て断るが、一社だけ熱心なプロダクションがあり後に所属事務所となる六本木オフィス。 |
| 、家族の反対を押し切って、1985年3月、中学卒業と同時に上京する。 |
| 1985年、上京した翌日からTBSの生放送番組『EXPOスクランブル』にレギュラー・アシスタントとして出演する。 |
| 同年6月21日、シングル「夏少女」で歌手デビューする。 |
| キャッチフレーズは“フェニックスから来た少女”。 |
| しかしレコードはあまり売れず、ドラマのオーディションを受けても宮崎弁のせいか受からない、地方にキャンペーンに行っても客が集まらない、という不遇時代が約1年半続く。 |
| その間、シングル5枚、アルバム1枚を発売するも、5枚目のシングル「10月のクリスマス」がオリコン88位にランキングされた以外、他のシングル・アルバムは100位以内にランキングされなかった。 |
スケバン刑事シリーズでブレイク
| 1986年10月、フジテレビ系連続ドラマ『スケバン刑事III少女忍法帖伝奇』の主役(三代目麻宮サキ)に抜擢されたことで注目を浴びる。 |
| オーディションの審査員に「九州訛りがいい」と評され、ドラマの台本も九州弁に書き直された。 |
| 1987年1月発売の「STAR」が同ドラマの主題歌に起用され、オリコン9位にランクインする。 |
| 以降、TBS系『ザ・ベストテン』、日本テレビ系『歌のトップテン』、フジテレビ系『夜のヒットスタジオ』、テレビ朝日系『ミュージックステーション』等、音楽番組の常連となる。 |
| 同年9月発売の「虹のDreamer」で、初のオリコンチャート1位を獲得する。 |
| 『スケバン刑事III』は当初半年間の放映予定だったが、高視聴率につき更に半年延長される。 |
| 1988年、映画『スケバン刑事風間三姉妹の逆襲』に主演する。 |
| 風間三姉妹(長女:大西結花、次女:中村由真、三女:浅香唯)として、シングル「Remember」を発売しオリコン1位を獲得、またコンサート活動も行う。 |
| シングル発売時には松坂屋上野店等の屋上にてイベントを行っていた。 |
トップアイドル時代
| 同年、ドラマ、映画、キャンペーン、コンサートと約1年半にわたる『スケバン刑事』関連の仕事が終了した後、4月には、カネボウ化粧品のCMイメージ・キャラクターに選ばれ、そのキャンペーン・ソング「C-Girl」が大ヒット。 |
| オリコンでは2週連続(通算3週)1位、『ザ・ベストテン』では初の1位を獲得するなど、中山美穂、工藤静香、南野陽子と共に「アイドル四天王」と称される。 |
| 1988年の浅香は「日本で一番忙しいアイドル」と言われる程人気がピークに達し、ファンクラブ会員数は2万8千人に及んだ。 |
| 発売するレコードは全てヒットし、ドラマ、映画、そしてCMにも多数出演する。 |
| 1989年1月発売の「TRUELOVE」で4作目のオリコンチャート1位を獲得する。 |
| 4月には2作目の主演映画『YAWARA!』が公開される。 |
| 映画のキャンペーンと春のコンサートツアーに駆け巡っていたさなか、階段で足のじん帯を損傷してしまう。 |
| 途中コンサートは2本延期されるが、程なくして復帰する。 |
| 夏のコンサートツアー『YUIASAKASUMMERTOUR'89ROCK'NROLLCIRCUS』は24ヶ所48公演という、浅香にとって最も公演数の多いツアーとなったが、初日(7月29日)、東京厚生年金会館での公演中、風邪による高熱で倒れてしまい、6曲歌ったところでコンサートは中断されるも、翌日の同会場でのコンサートは予定通り行われた初日公演は10月25日に振り替えられ、翌26日には追加公演が行われたので、最終的には全50公演となった。 |
| 11月4日には、1989年締めくくりのコンサートとしてよみうりランドEASTにて『YUIDREAMPOWERinEAST'89』を開催し、5千人を動員した。 |
| 着実にトップアイドルとしての地位を築く中、1988年のコンサートでバックバンドの一員だったドラマーの西川貴博との交際が発覚し、写真週刊誌に掲載される。 |
| 事務所は即座に釈明会見を手配するが、浅香は「お付き合いしています」と告白し、当時のアイドルとしては異例の交際宣言となった。 |
| 西川とはその後も交際が続き、2002年に結婚した。 |
アーティスト志向へ
| 1990年、女優活動を休止し、音楽活動に専念すると発表する。 |
| 「ロックをやりたい」という発言から、「脱アイドル宣言」と言われたが、本人は“脱アイドル”を宣言したつもりではなく、また「ロックをやりたい」という発言は、表現方法がわからずそう発言しただけであり、メッセージ性のある歌を歌いたいという意味(それが浅香にとっては“ロック”という表現に繋がった)だったことを、後に雑誌のインタビューで語っている。 |
| コンサートもそれまでとは異なり、セットリストはアルバム曲中心でヒット・シングルはわずか、また衣装替えもほとんど無しというスタイルになる。 |
| 10月発売の「SelfControl」はシングル作品で初の本人作詞となった。 |
| 歌唱法をそれまでの力強い歌い方からウィスパー唱法に変更し、以降は楽曲もアーティストを意識したものが多くなり、主にシングルよりもアルバム制作に力を入れ、企画段階から浅香自身が携わるようになると同時に、テレビ出演は極端に減り、CD制作やライブハウスでの音楽活動が中心になる。 |
| 1991年6月、フジテレビ系オムニバス・ドラマ『世にも奇妙な物語』(「ベビーシッター」)に出演、『金太十番勝負!』(1988年10月-12月、フジテレビ系にて放送)以来3年振りのドラマ出演となった。 |
| また、10月放送開始のTBS系連続ドラマ『ADブギ』にも出演し、アイドル時代のイメージから一転、あまり笑顔を見せないクールな女性を演じた。 |
| 1992年8月に発売された13枚目のオリジナルアルバム『joker』はシングル曲を収録せず、また浅香の念願だったアルバム全楽曲を女性作家陣のみで作った作品になり、一作ごとに音楽性を追求していた。 |
突然の休業
| 1993年2月をもって8年間所属した事務所・六本木オフィス、所属レコード会社・マイカルハミングバードとの契約が切れるのを機に、両社との契約延長をせずに退社した。 |
| 「自分を見つめ直し、音楽活動の幅を広げるための勉強をしたい」という理由で、3月14日のクラブチッタ川崎でのライブを最後に無期限休業に入ることをファンクラブ会報にて発表した。 |
| 突然の休業宣言となり、前触れもなしにその会報の発行をもってファンクラブは解散する。 |
| 引退ではなく、あくまでも休業であることを強調していたが、後日「浅香唯引退」と報じる記事が新聞や雑誌に掲載され、「引退はしません」と釈明会見を行った。 |
| 1990年から3年間続けていたレギュラー番組TOKYO-FM『スーパーFMマガジン浅香唯のNORUSORU』は、局側の強い希望もあり、当初は休業後も続ける意向だったが、完全休業をしたいという希望から1993年4月1日の放送をもって降板し、完全休業に入る。 |
| 所属事務所とレコード会社との契約を延長せずに退社した上での休業だったことで、前述の引退否定会見の後も、引き続き報道各社は「引退」の記事を掲載し続け、事務所とのトラブルで休業に入らざるを得なかったという旨の記事が多く出たが、実際には1990年頃から、浅香は事務所に「(あまりにも忙しすぎることから)休業をしたい」という意向を伝えていたことを後に明らかにしており、「そもそも事務所とのトラブルなどなかった」と発言している。 |
| 1994年、休業から3ヶ月程経った頃2月に本名の「川崎亜紀」で、写真集『FAKELOVE』(KKベストセラーズ)を出版した。 |
| ヌード写真は1枚も掲載されていない普通の写真集だったが、初版の3万部が即完売する。 |
復帰〜現在
| 1997年8月、個人事務所「Y-Chord」後に「JAM企画」となる。 |
| を設立し、「YUI」名義で音楽活動を再開する。 |
| メルダックから4年半振りに新曲「RingRingRing」を発売する。 |
| また、12月には渋谷Egg-manにて復帰ライブを開催する。 |
| 前所属事務所とも和解し、芸名を元の「浅香唯」に戻し、タレント・女優としての芸能活動も再開後に古巣である六本木オフィスと業務提携を結ぶ。 |
| バラエティー番組やドラマに頻繁に出演するようになる。 |
| 1998年8月に復帰第2弾シングル「不器用な天使」を発売、12月には東名阪で『Well,Well,Well'98』と銘打ったライブツアーを行う。 |
| このライブタイトルは2006年まで、1999年と2001年を除く毎年12月に開催されたライブのタイトル・シリーズとなった。 |
| 2000年3月、新宿シアターサンモールで上演された、朝倉薫演劇団春の特別公演『0021〜僕は君のために雨を降らそう〜』で舞台初主演を果たす。 |
| 一度歌を辞めたアイドル歌手が再び歌い出すまでを描いたこの作品は、浅香自身とダブるところがあるが、実際に浅香のために書かれた脚本である。 |
| 2001年4月から9月までフジテレビ系『笑っていいとも!!』に隔週木曜レギュラーとして出演する。 |
| 12月のライブで、解散していたファンクラブを再結成することを発表。 |
| 2002年4月から2004年9月までテレビ東京系バラエティー番組『やるヌキッ!』にレギュラー出演し、活動の幅を広げる。 |
| 2002年7月21日、ドラマーの西川貴博と入籍した。 |
| 7月23日に所属事務所が明らかにし、浅香も公式ウェブサイトで報告した。 |
| 2人の交際は14年間に亘り、浅香は「そろそろけじめをつけたいというお互いの気持ちの結果」と説明した。 |
| 2004年、CBC制作・TBS系列のドラマ30『冗談でしょッ!離婚予定日』で初の昼帯ドラマ主演を務め、翌2005年には同じCBC制作・TBS系列のドラマ30『ママ!アイラブユー』で2年連続の昼ドラマ主演を果たし、同時に主題歌も担当、インペリアルレコードから7年4ヶ月振りのシングル「笑顔の私」を発売した。 |
| 2007年9月12日、長女(陽舞莉:ひまり)を出産したことを公式ホームページにて発表した。 |
| 2009年5月20日、「マジ?マジ!マジカル☆ジュエル」ジュエルペットのオープニング・テーマとして発売。 |
| 子供向けのイベントに参加している。 |
| 2010年6月19日、20日の2日間にわたってSHIBUYABOXXにてデビュー25周年を記念したライブ『25thAnniversaryLIVE「9132」』を開催した。 |
| 12月4日、5日には同じくSHIBUYABOXX、12月25日には大阪・南堀江knaveにて、25周年記念のアンコールライブ『25thAnniversary「9132」EncoreLIVE』を開催した。 |
| 一時期は画面から遠ざかっていた浅香だが、近年はバラエティ番組へのゲスト出演と共に「C-Girl」や「セシル」などを当時と変わらない面影でTVやライブイベントなどで披露している。 |
エピソード
| テレビ東京系『ヤンヤン歌うスタジオ』にゲスト出演した際、中学生の頃飼っていたインコをお尻で踏み潰してしまい、号泣してしまったことを話し、他の出演者の間で爆笑の渦になった。 |
| フジテレビ系『ねるとん紅鯨団』にゲスト出演した際、とんねるずの石橋貴明に「夜痒くても、朝痒い(浅香唯)」とからかわれていた。 |
| 中学の後輩に俳優の堺雅人とモデル・タレントの神戸蘭子がいる。 |
コンサートツアー・スペシャルライブ
| ※主な単独コンサート記録(単発イベント等は除く)。 |
舞台
| 朝倉薫演劇団春の特別公演『0021〜僕は君のために雨を降らそう〜』(2000年3月28日-4月2日、新宿シアターサンモール)。 |
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1969年
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浅香 唯(あさか ゆい)は、日本の歌手、タレ... |
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『少女コミック』主催の「ザ・スカウトオーデ... |
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