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プロフィール
淡口憲治(あわぐちけんじ、1952年4月5日-)は、兵庫県西宮市出身の元プロ野球選手(外野手)。現在は東京ヤクルトスワローズの打撃コーチを務めている。
来歴
| 当時の監督川上哲治の期待が大きく、入団1年目より一軍に昇格を果たす。 |
| には規定打席不足ながらも打率.293の成績を残し、将来を嘱望された。 |
| だがに日本ハムファイターズから張本勲がトレードで移籍してくると、張本、柳田俊郎、末次利光との外野手のレギュラー争いが激化。 |
| レギュラーを奪えなかった淡口は代打での起用が多くなる。 |
| にはプロ入り初の規定打席到達を果たし、打率.302の成績をマークするが、駒田徳広や吉村禎章といった若手の台頭もあり年々出場機会が減少していった。 |
| 移籍1年目のに115試合出場、打率.297の成績を残し、外野手のレギュラーを獲得。 |
| の「10.19」にも出場している。 |
| 1989年の日本シリーズで古巣・巨人と対戦し、第2戦で桑田真澄から同点タイムリーを放つ。 |
| この日本シリーズを花道に現役引退した。 |
| 引退後、まで巨人の打撃コーチ、二軍監督を務めた。 |
| 特に新人時代の松井秀喜、清水隆行清水は淡口と同じ右投左打の外野手で、背番号も淡口と同じ「35」であったことがある。 |
| などに「ウォーキング打法」を教え、主力打者に育て上げた。 |
| 巨人二軍監督時代の1月12日、「サタデー・ウェイティング・バー」(エフエム東京)の「家族特集・成人式」に、広告代理店勤務の長男と出演し、子供から見た野球選手の父親とはどういう姿なのかというテーマで、対談形式で語った。 |
人物
| 巨人入団当時のニックネームは「ネンキン(年金)」。 |
| これは生活に対する考え方が高く、若い内から既に老後の人生設計ができるような性格であった為。 |
| 入団当時は「35歳までプレーできれば…」と考えていたが、引退したのはそれより2年遅い37歳の時である。 |
| ゴロ、ライナーの打球が鋭く速い事から、当時の長嶋茂雄監督は淡口のバッティングを超音速旅客機・コンコルドになぞらえ『コンコルド打法』と命名。 |
記録
| 初出場:1971年5月25日、対ヤクルトアトムズ9回戦(明治神宮野球場)。 |
| 初安打:1972年5月25日、対ヤクルトアトムズ8回戦(明治神宮野球場)-投手:渡辺孝博。 |
| 初本塁打:1972年7月19日、対大洋ホエールズ15回戦(後楽園球場)-投手:坂井勝二。 |
| 通算1000試合出場:1983年6月11日(235人目)。 |
背番号
| 35(1971年、1974年-1985年)。 |
| 55(1972年-1973年)。 |
| 7(1986年-1989年)。 |
| 77(1990年-2007年)。 |
| 79(2008年-)。 |
関連項目
| 読売ジャイアンツの選手一覧。 |
| 大阪近鉄バファローズの選手一覧。 |
| 読売ジャイアンツ歴代4番打者一覧。 |
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1952年
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淡口 憲治(あわぐち けんじ)は、兵庫県西宮... |
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1971年
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初出場:、対ヤクルトアトムズ9回戦(明治神... |
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