| 日活デビュー当時、食堂で食事をしていた石原裕次郎に挨拶に行った際、他の俳優達と違って石原は立ち上がって握手し「石原裕次郎です。 |
| 君が新人の渡君ですか、頑張って下さいね」と声を掛けられ、渡はとても感激した。 |
| 渡がベテランとして若手から挨拶を受ける立場になっても、立ち上がって握手して声を掛けた石原と同じように行い、それが『西部警察』での共演をきっかけに初対面した舘ひろしや、ドラマで共演したV6の岡田准一や滝沢秀明、世界のナベアツらは、かつての渡と同様に感激している。 |
| 石原の跡を継ぎ、石原プロモーションの社長となった渡は、所属俳優から「社長」と呼ばれている。 |
| 入社した理由は、前述の石原との初対面での出来事に加え、石原と交友関係ができてから、石原から服や靴などを貰い、公私共に付き合いが深かったことや、日活時代から親しかった小林正彦が石原プロへ参加していたことだった。 |
| 色々と世話になった石原の窮地を救うため、当時180万円(現在の価値で1000万円に相当)→WP:DATEDでは「現在」はすぐ古くなる表現のため、使わないことになっています。 |
| 「いつ」の価値なのかわからないので、一旦コメントアウトします。 |
| -->の全財産を持って石原の元へ赴き、「社員の皆さんのお茶代にでも使って下さい」と差し出した石原裕次郎は気持ちだけ受け取り、このエピソードはドラマ『弟』でも触れられている。 |
| 日活の新人時代には、取材に来た記者の失礼な態度に激怒して、記者にアッパーカットを見舞って気絶させた。 |
| 後年、渡はこのことについて「若気の至りというか、恥ずかしい限りです」と語っている。 |
| 『西部警察』などで渡が演じた役柄のイメージで性格が短気であるように誤解されがちだが、実際は温厚である。 |
| 石橋貴明が『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』のドッキリ企画で、石原プロに保管されている『西部警察』の特殊車両や渡の車を洗って「綺麗になっただろ、テツ?」と言った際、舘の仕掛けにより渡が怒るシーンがあったテツという言い方は、公的な場以外で渡を呼ぶ際に石原が使う愛称で、この呼び方で渡を呼ぶのは石原だけであり、その名で呼ぶことが憚られている事は同番組にて舘など石原プロモーションの面々から証言されている。 |
| 当初、渡は「そんなことで怒ることはできない」と困惑していたが、実際にはテーブルを蹴り「石橋ー!」と怒鳴り、石橋が見事に驚く結果になった石橋貴明は渡に「いいジャケット着てるな、テツ!」と言った。 |
| 『大都会PARTIII』撮影時、共演していた宮本刑事役の苅谷俊介の夫人が入院していた。 |
| 苅谷が金に困っているという話を聞いた渡は、撮影終了後に苅谷を呼び止め「お前怒るなよな。 |
| 見舞いには花が相場なんだがあいにくないんでな。 |
| 少ないけどこれ取っとけ」と言って金の入った封筒を渡した。 |
| 苅谷は「帰っていく渡の後ろ姿を涙でまともに見られなかった」と語っている苅谷俊介 『土と役者と考古学』より。 |
| 舘ひろしは渡との出会いが転機となっている。 |
| 渡の周囲に対する思いやりや佇まいが影響を与えていて、舘へは「笑顔がいいから、もっと笑え」とアドバイスをし、魅力を引き出そうとカメラの後ろで自ら立って笑わせるといった気遣いを見せている2011年3月19日放送「スタジオパークからこんにちは」 舘ひろし出演時より。 |
| 火が上がるような焚き火ではなく、煙が一筋昇るくらいがよいとのこだわりがあり、たなびく煙の行方を眺めているのが好きだとのこと{{#tag:ref|。 |
| 子供の頃、近所の浜辺で友達らと一緒によく魚介類を獲り、そのまま焚き火をして食べた思い出に原点があるとのこと読売新聞のインタビューより。 |
| 甘党でケーキやソフトクリームが大好物である石原プロワールドでは「渡哲也のヘルシーソフトクリーム」なる商品が販売されている。 |
| 日本酒のCMをしていたのとは裏腹に、下戸で飲めない酒を無理して飲んでいた。 |
| 石原裕次郎の晩年にヤケ酒のような飲み方をしていたが、次第に人並みに飲めるようになった。 |
| 60歳を過ぎ、ガンを患ってからは酒量も減り、タバコも昔は『西部警察』などのドラマの中でも吸っていたが、闘病後は吸わなくなった。 |
| 同年代で付き合いのあるみのもんたが酒量を上げているため、「少しは控えろよ」と窘めたこともあったが、みのは気にせず飲み続けている。 |
| 歌手の長渕剛の熱烈なファンとして知られる。 |
| 「プロ野球の清原選手以上の長渕ファン」とは本人の弁である。 |