| file:Watanabesyunsuke.jpg|thumb|right|250px|2011年8月6日、QVCマリンフィールドで。 |
| プロ野球において希少なアンダースローだが、一般的なアンダースローや打者のミートポイントより更に低く世界一とも言われる地上約3cmの位置でボールをリリースする。 |
| 打者から見ると他の投手とは投法も球筋も大きく異なり、打撃のタイミングが取りにくく、その特殊さから渡辺を想定した打撃練習を行う事も難しい。 |
| 下半身に大きな負担がかかる投法である事から土台となる下半身を重点的に鍛えており、本人曰く「上半身の筋肉はあまり重要ではなく、下から徐々に力を加え腕を鞭のようにしならせる投げるイメージ」との事。 |
| 体力を消耗しやすい投法だが豊富なスタミナと奪三振率の高くない打たせて取る投球スタイルのため少ない球数で抑えることが多く完投も多い。 |
| 本人曰く奪三振が多い時はむしろ調子が良くないとの事。 |
| 投球テンポも良く、試合中はポーカーフェイス。 |
| 2003年に投球スタイルを変更する以前は最速130km/h台中盤、変更後は最速130km/h前後で平均120km/h中盤の速球、90km/hほどの緩いカーブ、いずれも120km/h台中盤で速球より速い時もある高速シンカーとスライダー、チェンジアップを投げ分け緩急で勝負をする。 |
| 速球は2007年から意識的に4シームジャイロを投げており、カーブは2シームジャイロだと言われ、本人も認めている。 |
| シンカーについて捕手の橋本将(現・横浜ベイスターズ)は「このシンカーは魔球です」とインタビューで答えたことがあり、高めからストライクゾーンへ落とす事もある。 |
| 投球動作開始からリリースまでの時間を相手打者からほとんど気付かれずに変化させタイミングを外す技術を持ち、高低、左右を使った投球と比較して『前後』を使った投球としているTBS系列『ZONE』の特集より。 |
| プロ入りから2003年シーズン序盤までは球速と奪三振にこだわり、本人も「本気で140km/hを目指していた」が伸び悩み、プロアマ合同のコンベンションに参加した際に黒木知宏と工藤公康が体の開きなどについて話していたのを耳にし、主に体の開き方や重心移動などを変えて球速よりも打ちにくさを追求するスタイルに変えた。 |
| セ・パ交流戦で対戦した谷繁元信は「変な言い方ですが、渡辺君は一般的に言う『アンダースロー』じゃありませんよ」とコメントしており、高木豊は「こんな体力の使うフォームで涼しい顔して投げられるということは、相当下半身が鍛えられてないとできない投げ方。 |
| オーバー(スロー)で生きていけないと思い転向したんだろうけど、わざわざこんな辛い投げ方を選ぶとはね。 |
| 本当はオーバーで活躍できれば良かったんだろうけど」とすぽると!でコメントしている。 |
| 調子が悪い時などは手をマウンドに擦る事があり、投球があらぬ方向に飛んだ事もある。 |
| また、他の投手よりも体を低くして投球するため投げる際に右足が地面に擦れて出血してしまうことがあり、ユニフォームの膝の部分にはパットが入っている。 |
| 2007年から小宮山悟に教えを乞い、左打者対策として2001年から研究していたチェンジアップを使い始めている。 |
| しかし、これらの変化球は風の無いドーム球場では曲がりが悪く効果が薄いことを2007年6月11日の対中日ドラゴンズ戦の試合後に中日の落合博満監督から指摘されておりこの試合は3回6失点の結果。 |
| 、本人もドーム球場は苦手と公言している。 |
| 2008年は10年以上研究しているというライズボールを使用することを明言した。 |
| 「不自然に浮き上がる、打者の感覚を惑わせるのに必要な球」だという。 |
| またこの時、いつかはドカベンの里中智が使用しているスカイフォークを習得したいと語った。 |
| 松中信彦には2005年に4本塁打を打たれており、本人もインタビューで「松中さんには『ソロホームランならしょうがない。 |
| 3ランや満塁は論外。 |
| 他の打者を抑えればいい』という気持ちで対戦しています」と話している。 |
| また、北海道日本ハムファイターズ時代の實松一成も2004年に實松の同年唯一の本塁打を打たれたり、別の試合で適時打を打たれるなど苦手としていた。 |
| 埼玉西武ライオンズとは相性が良く2008年途中まで7連勝していたが、9月16日に敗北して以降は連敗している。 |
| バッティングを苦手としており、2005年5月交流戦でプロ初打席を迎えたが、その試合5打席5三振のワーストタイ記録を樹立してしまった。 |
| しかし、2006年と2009年にいずれも巨人との交流戦でライト前ヒットを放っている。 |
| 打線の援護に恵まれない年が多い。 |
| 2006年パリーグでワースト3位の3.52。 |
| 2007年パリーグでワースト6位の3.79。 |
| 2009年パリーグでワースト1位の2.59。 |