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プロフィール
湯浅利夫(ゆあさとしお、1935年10月3日-)は、日本の官僚。 宮内庁長官、自治事務次官。
略歴
| 東京都立日比谷高等学校を経て、1959年東京大学法学部卒業。 |
| 同年、自治庁入庁。 |
| 平成12年(2000年)4月、宮内庁次長に就任し、翌平成13年(2001年)より宮内庁長官となった。 |
| 平成15年(2003年)6月10日、記者会見で皇太子夫妻の第2子への期待について「やはりもう一人ほしい」と発言した。 |
| また同年12月に「秋篠宮様のお考えはあると思うが、皇室と秋篠宮一家の繁栄を考えると、三人目を強く希望したい」と発言した。 |
| この発言は、若い男性皇族がおらず、近い将来に男系が絶える恐れ(皇位継承問題)・秋篠宮家が断絶する恐れがあることが背景にあったが、懐妊が可能な年齢である皇太子妃雅子への配慮が欠けているという批判があった。 |
| なお、秋篠宮文仁親王はこの発言に対し、「宮内庁長官という立場として、それ(秋篠宮一家の繁栄)について話をするのであればそのように言わざるを得ないのではないか」と理解を示している。 |
| 平成16年(2004年)5月10日、皇太子の定例記者会見において、いわゆる人格否定発言があったことを受け、「御発言の真意を直接殿下に伺いたい」との見解を発表、直接の面会を求めたが日程の調整がつかず持ち越された。 |
| その後、天皇家の重要事項の相談相手たる宮内庁参与に積極的に関わってもらう考えを明らかにした。 |
| 平成16年度をもって(平成17年(2005年)4月付)、宮内庁長官を依願退官。 |
| 同年9月1日より財団法人自治総合センター会長に就任している。 |
年譜
| 1959年3月 東京大学法学部卒業、自治庁入庁。 |
| 1966年5月1日 長崎県総務部文書外務課長。 |
| 1967年4月1日 長崎県総務部外務文教課長、長崎県総務部地方課長。 |
| 1968年7月17日 長崎県総務部財政課長。 |
| 1971年4月14日 長崎県への出向終了。 |
| 1975年 岩手県盛岡市助役。 |
| 1978年4月1日 自治大臣官房付兼大臣官房参事官。 |
| 1978年6月2日 自治大臣官房企画官。 |
| 1978年7月27日 京都府総務部長。 |
| 1981年4月14日 自治省税務局固定資産税課長。 |
| 1982年7月2日 自治省税務局府県税課長。 |
| 1984年7月16日 自治省税務局企画課長。 |
| 1985年7月16日 自治省財政局財政課長。 |
| 1986年7月11日 自治大臣官房審議官(公営企業担当)。 |
| 1987年10月1日 自治大臣官房審議官(財政担当)。 |
| 1988年7月15日 自治省税務局長。 |
| 1991年10月15日 自治省財政局長。 |
| 1994年7月12日 自治事務次官。 |
| 1995年8月1日 依願退官。 |
| 2000年4月1日 宮内庁次長。 |
| 2001年4月2日 宮内庁長官。 |
| 2005年4月1日 依願退官。 |
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1935年
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湯浅 利夫(ゆあさ としお)は、日本の官僚。... |
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2000年
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宮内庁次長に就任し、翌平成13年2001年より宮... |
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