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プロフィール
牧野忠恭(まきのただゆき)は、江戸時代末期の大名。越後国長岡藩の第11代藩主。長岡藩系牧野家宗家12代。
経歴
| 文政7年(1824年)9月1日、三河国西尾藩主・大給松平乗寛の三男として江戸に生まれる。 |
| 越後長岡藩の第10代藩主・牧野忠雅の養子となる。 |
| ちなみに次兄の牧野忠衛も三根山領主となっている。 |
| 武鑑では嗣子時代の附役に小林親真(又兵衛、小林虎三郎の父)が一時期なっていたことが分かる。 |
| 安政5年(1858年)10月25日、養父・忠雅の死去により、家督を継いで第11代藩主となる。 |
| 奏者番、寺社奉行などを務め、文久2年(1862年)には京都所司代となったが、文久3年(1863年)6月に「当時の京都は騒動続きであり、長岡藩のような小藩では対応できない」として辞職した。 |
| その3ヵ月後の9月、老中となって主に諸外国との折衝を務めた。 |
| このとき、家臣・河井継之助を公用人として重用し、藩政改革を行う。 |
| 慶応元年(1865年)、政局に難題が積まれるに及んで、老中職を退いた。 |
| 京都所司代、老中の辞任はいずれも河井の進言によるものだった。 |
| 慶応3年(1867年)7月、隠居し、養子・忠訓に家督を譲った。 |
| 隠居後、雪堂と号した。 |
| 北越戦争を経て謹慎し、明治に入ってから許される。 |
| 明治8年(1875年)2月、実子・忠毅の隠居により、家督を再び相続した。 |
| 明治11年(1878年)9月1日、55歳で死去した。 |
人物
| 1982年の済海寺における牧野家墓地会葬に伴う緊急遺骨調査によると以前に改葬されていたために調査当時、遺骨の保存状態が悪かったとしている。 |
| 推定身長は尺骨から推定して149.1cmで太さも細く牧野忠精の長男牧野忠鎮並みに華奢な体格と推定している。 |
参考文献
| 済海寺遺跡調査団(団長鈴木公雄)「港区三田済海寺 長岡藩主牧野家墓所発掘調査報告書」(1986年・東京都港区教育委員会)。 |
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1824年
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三河国西尾藩主・大給松平乗寛の三男として江... |
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1858年
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養父・忠雅の死去により、家督を継いで第11代... |
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つながりの強いひと
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河井継之助
河井継之助(かわいつぐのすけ、正字体:繼之助、文政10年1月1日(1827年1月27日)-慶応4年8月16日(1868年10月1日))は幕末期の越後長岡藩牧野家の家臣であ... |
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牧野忠雅
江戸時代の大名、老中。越後長岡藩の第10代藩主。長岡藩系牧野家宗家11代。9代藩主・牧野忠精の四男。老中となり海防掛担当。 |
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牧野忠訓
江戸時代の大名。越後長岡藩の第12代藩主。長岡藩系牧野家宗家13代。 |
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松平乗寛
江戸時代後期の大名、政治家、老中。三河西尾藩第3代藩主。大給松平家宗家8代。 |
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牧野忠精
江戸時代後期の大名、政治家。越後長岡藩第9代藩主。長岡藩系牧野家宗家10代。老中。8代藩主・牧野忠寛の長男。寛政の遺老の一人。 |
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太田資始
江戸時代後期から幕末にかけての大名、老中。遠江国掛川藩第5代藩主。掛川藩太田家9代。 |
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小林虎三郎
日本の武士・越後国長岡藩士。大参事。「米百俵」の逸話で知られる。 |
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大久保忠真
江戸時代後期の大名、老中。相模国小田原藩第7代藩主。小田原藩大久保家9代。 |
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牧野忠成
牧野忠成(まきのただなり、天正9年(1581年) - 承応3年12月16日 (旧暦) 12月16日(1655年1月23日)は江戸時代の大名。越後長岡藩初代藩主。大胡城主牧野康... |
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牧野貞寧
常陸笠間藩の第9代(最後)の藩主。成貞系牧野家12代。 |
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山田方谷
幕末期の儒家・陽明学者。名は球、通称は安五郎。方谷は号。備中聖人と称された。 |
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牧野忠毅
江戸時代の大名。越後長岡藩の第13代で最後の藩主。長岡藩系牧野家宗家14代。 |
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松平乗全
江戸時代末期の大名、政治家、老中。三河西尾藩第4代藩主。大給松平家宗家9代。 |
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牧野忠泰
三根山(嶺岡)藩主。肥前国福江藩主五島盛繁の次男・五島盛保の長男。養父は牧野忠興。正室は牧野忠恭の娘。継室は牧野康哉の娘。継々室は挙母藩主内藤政成... |
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松平宗秀
江戸時代幕末の譜代大名、老中。丹後国宮津藩第6代藩主。本庄松平家9代。 |
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松平乗秩
三河西尾藩の第5代(最後の)藩主。大給松平家宗家10代。 |
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牧野忠鎮
越後長岡藩9代藩主・牧野忠精の長男で、藩主嗣子。 |
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牧野忠寛
江戸時代の大名。越後長岡藩の第8代藩主。長岡藩系牧野家宗家9代。 |
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牧野親成
江戸時代の大名。下総関宿藩の第2代藩主、後に丹後田辺藩の初代藩主。江戸幕府京都所司代。丹後田辺藩牧野家2代。 |
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牧野忠恭さんについてのひとこと紹介
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