対談:『ゴシップと醜聞』を巡って 作家・玉木明氏 (2001年5月29日付) 人間のまなざし持ったジャーナリズムを ―今こそ断罪(スキャンダル)報道から脱却の時 人が人を裁く“断罪報道”としてのスキャンダル報道は、いかにして生まれたか−−。玉木明氏の近著『ゴシップと醜聞』(洋泉社)は、これまで手つかずだった日本の近代ジャーナリズム批判に取り組み注目を集めている。スキャンダリズムが明治以降に、「国民を作るレッスン」として中央集権国家の成立と同時並行で誕生した事実を説得的に検証した。ここでは、玉木氏が思索の手がかりとなったという『近代ジャーナリズムの誕生』の著者である村上直之氏と、新聞報道の課題と「人間のまなざし」をもった新しいジャーナリズムへの道を語り合ってもらった。 明治期『萬朝報』を先駆けとする系譜 村上 玉木さんの近著『ゴシップと醜聞』が異色なのは、従来の人権侵害やプ ... もっと見る
対談:『ゴシップと醜聞』を巡って 作家・玉木明氏 (2001年5月29日付) 人間のまなざし持ったジャーナリズムを ―今こそ断罪(スキャンダル)報道から脱却の時 人が人を裁く“断罪報道”としてのスキャンダル報道は、いかにして生まれたか−−。玉木明氏の近著『ゴシップと醜聞』(洋泉社)は、これまで手つかずだった日本の近代ジャーナリズム批判に取り組み注目を集めている。スキャンダリズムが明治以降に、「国民を作るレッスン」として中央集権国家の成立と同時並行で誕生した事実を説得的に検証した。ここでは、玉木氏が思索の手がかりとなったという『近代ジャーナリズムの誕生』の著者である村上直之氏と、新聞報道の課題と「人間のまなざし」をもった新しいジャーナリズムへの道を語り合ってもらった。 明治期『萬朝報』を先駆けとする系譜 村上 玉木さんの近著『ゴシップと醜聞』が異色なのは、従来の人権侵害やプライバシー等の観点から「法律論を原則としてメディアを斬る」論に対し、メディア自身のアイデンティティーを捉え直し、批判と共に、来るべき新たなジャーナリズムへの励ましに富んでいる点です。 玉木 前著の『ニュース報道の言語論』は戦後に絞ったジャーナリズム論だったので、明治まで遡って縦の時間軸を入れてみたのです。すると、新たに発見できたこともけっこうありました。 村上 「ゴシップ」と「醜聞」を峻別された点が非常に新しいと思います。醜聞=スキャンダルは、明治期の「国民」形成と無縁ではない。ゴシップというのは、もっと民衆的なものですね。 玉木 最初は三面記事論を書くつもりでゴシップも醜聞も一つのものとして考えていたのですが、調べていくうちに、これは分けなければいけないと感じました。村上さんの著作『近代ジャーナリズムの誕生』からは非常に多くの示唆を受けました。 村上 例えば、明治初期の錦絵新聞は心中や殺人なども扱っている。しかしそれは、おぞましさがありながらもおもしろく、他者として排除するのではなくして、自分と「異ならざるもの」として対象を見る回路があったと指摘されていますね。フランスの哲学者M・フーコーの言う近代が形成した「従順な身体」による「悪しき人間主義」以前の、民衆の感情行動に基づいた言説だと思うわけです。その「自分とは無関係ではない」と対象を見る言説が、今日の新聞ではどうなのかという問題があります。 玉木 明治初期には等身大の人間の姿を活写していた報道が主流だったのですが、黒岩涙香率いる『萬朝報』を先駆けとして、やがて「あるべき人間像」に照らして対象を断罪・排除していく「断罪報道」に移行していくわけです。もちろん、宮武外骨など例外もあったのでしょうが、第2次大戦後になっても週刊誌などは「断罪報道」が強いですね。等身大の民衆の世界を追いかけてきた系譜を方法化していけば、戦後のジャーナリズムも、もっと厚みのあるものになったんでしょうが。 戦後の「客観中立報道主義」の陥穽 村上 これまで、「私」が書く主観報道はセンセーショナリズムだと言われてきました。しかし、玉木さんは著書の中で戦後の「中立客観報道」が「断罪報道」に陥ってきたのは、じつは記者が「私」を抹消して「われわれ」に憑依してきたところに原因があることを見事に示されました。 玉木 そこを、みんな勘違いしているんです。戦前・戦中の大政翼賛報道みたいなものは、記者が個人の見解を挟んだ結果だというふうに総括され、その反省の上に立って「客観報道」という言い方がなされてきたわけですね。私見を挟むな、徹底して事実だけを報道せよ、と。ところが、そう言いながらとんでもない「断罪報道」をやっている。どんな文章でも書き手の視点がなければ書けません。表向きはその視点を排除したそぶりをして、実際はそれをどこかに潜り込ませなければならなくなる。「私」を抹消して「われわれ」につくという方法をとらざるをえない。これを客観報道と呼んでいるのです。現場では「客観報道」が信仰のようになっていて、とくに年輩の記者たちには主観報道にアレルギーがあるのですよ。 村上 玉木さんの言う「主観を出せ」ということは、「私の雑感」を入れよということではありません。「自分と相手との関係」を明確に出せということですよね。 玉木 その通りです。 村上 いまの新聞記者教育では、警察回りから始まります。事件の現場は感情が高揚しています。その「犯人憎し」の感情を写し取ることが、記者教育の第一歩になっています。そういう事件報道のパターンが、経済報道、政治報道に与えている影響は非常に大きい。記者経験もある玉木さんは、記者教育をどう考えられますか。 玉木 新人記者は研修を終えると地方の支局に行って「サツ回り」から始め、新聞記事の原型として、もっぱら交通事故の記事などを書かされるんです。いわゆる「5W1H」がはっきりしているからです。必要な面もあるんでしょうが、その拡大再生産さえしていれば新聞記事はオーケーなんだと思われているところが問題なんです。政治でも経済でも「いま」だけに集中して、それ以外はニュースじゃないみたいに思われている。ただ、こうした風潮は現場でも問題になりつつあり、各新聞でも紙面を変えようという動きは出始めています。 消滅必至!?週刊誌の報道スタイル 村上 玉木さんらの提言もあって、有名記者に限らず署名記事を書く動きが出てきました。他にもEメールのアドレスを表記して、読者からレスポンス(反応)があるようにする社も増えてきました。 玉木 先日も毎日新聞静岡支局に寄る機会があったのですが、入社2年目の記者が、小さな交通違反のトラブルを丹念に実地で追って署名入りの素晴らしい記事を書いていました。彼の報道は地域住民や行政まで動かす結果となったのですが、5、6年前までは考えられなかったことです。 村上 ベタ記事をフォローするのはルポライターの仕事と思われていましたよね。それを新聞記者が取り戻そうとしているのでしょうか。 玉木 記者だけでなく、支局長やデスクも意識が変化してきたのでしょう。 村上 その一方で記事の書けない記者が多くなったというデスクたちの嘆きも多く聞きます。記者クラブの弊害というものもあるのでしょうが。 玉木 取材力がなくなったとか、現場に出たがらない記者が増えたとかいいますね。 村上 週刊誌やテレビはどうですか。 玉木 「断罪報道」華やかなりし昭和30年代の新聞のスタイルを継承してきたのが、出版社系の週刊誌です。無署名記事の悪い面を拡大再生産したと思っています。週刊誌ではアンカーシステムが普通で、取材する人、まとめる人、タイトルをつける人が別々ですね。無署名記事だから成立する手法です。新聞の「客観報道」から生み出された奇怪なニュース報道です。テレビのワイドショーは、その映像版。だれが取材し、だれが報道しているのか、その主体が皆目わからないスタイルです。こうしたワイドショーや『週刊文春』『週刊新潮』といった週刊誌の報道スタイルは、やがて消えてなくなるだろうと見ています。 世論が国家権力と結びつく恐ろしさ 村上 僕なんかは、それほど楽観的になれないのですが、明治の『萬朝報』以来のスキャンダル報道の現状を、どう切り開くべきでしょうか。 玉木 村上さんの言われる「民衆的想像力」ですね。人が人を裁くということのおぞましさ、無根拠性に民衆自身が気づくことを期待するしかないでしょう。読者とか視聴者はスキャンダルを楽しんでいるようで、その半面おぞましさも感じとっている。やはり賢明です。 村上 ただ、おぞましいものも、自分に関係ないものだと距離を持って眺めていると「楽しいもの」になるのです。アメリカのカルト映画作家ジョン・ウォルターズなどは本当におぞましい映画を作っていますが、それはどこまでもおぞましさを自分のものとしてユーモアをもって取り込んでいこうというものです。映画という衰退産業にそういう動きがあることに光明を感じているのですが、逆に言えば、それほど「民衆的想像力」が衰退しているのではないでしょうか。サッチー報道などを見ていますとフーコーの「権力が身体の微細にまで及んでいる」という指摘を実感します。 玉木 ジャーナリズムは大衆の感受性を見据えていかなければなりませんが、同時に自分を常に相対化しておかなければならないと思っています。日本のジャーナリズムには、明治以来、自分と対峙する構造がなかった。それがいまやっと持てる状況が生まれてきている。徹底してそれを自覚しろと現場の記者に言いたいのです。無署名だと庶民の無意識に乗っかっちゃうわけですが、署名によって自分を自覚できる構造ができてきた。 村上 無署名性の根拠を言いますと、19世紀初めに「自分の書くものは世論である」という自覚のもとに生まれ、国家権力に対して「世論」としてものを言ったわけです。初期の無署名性は今と違ったのです。 玉木 その「世論」が国家権力と結びついたところに日本の近代の悲劇があった。まず、ジャーナリストの観念が変わらなければならない。ようやく変化の兆しが見えてきたとするなら戦後の50年も無駄ではなかったと思うべきでしょう。 ---------------------------- 略歴 たまき・あきら 1940年、新潟県生まれ。早稲田大学卒。『新潟日報』記者を経て、フリー・ジャーナリスト。著書に『言語としてのニュー・ジャーナリズム』(學藝書林)、『ニュース報道の言語論』(洋泉社)など。98年、本紙に「週刊誌ウオッチ・ドッグ」を1年間連載。現在、毎日新聞「開かれた新聞」委員会委員。 ------------------------------------------- 『ゴシップと醜聞』 内容紹介 メディア改革への道示す ジャーナリズムのルーツは「三面記事」であるという。明治初期、人々は記事のおぞましさに眉をひそめながらも、それらがわが身にも起こりうることを感じつつ読んでいた。 だが、その「自分も無縁ではない」という視点を失うと、事件報道は非難中傷として暴走し醜聞(聞き苦しいうわさ)=スキャンダルとなる。だれも否定できない「万人に属する善」をタテに“いけにえ”として断罪する。 日本にスキャンダリズムが登場した明治20年代後半は、近代国家建設へ向け中央集権的な「国民教化」に迫られていた時期であった。 戦後日本の新聞が金科玉条としてきた「中立公平客観報道」は、己を顧みない無署名性で断罪報道を続けてきた。メディアの自己改革は「人間のまなざし」を取り戻すことができるかどうかにかかっている。
2001/05/10(木) 23:19:22 | メディア論対談 | トラックバック:0 | コメント:0 戻る











































