| 1980年6月、たのきんトリオの先陣を切り、レイフ・ギャレット(:en:LeifGarrett)『ニューヨークシティナイト』のカバー『哀愁でいと』で歌手デビュー、1980年代のトップアイドルとして活躍する。 |
| 第22回日本レコード大賞・最優秀新人賞、第11回日本歌謡大賞・放送音楽新人賞などを受賞。 |
| その後も『教師びんびん物語』など、多くのドラマに主演するなど、俳優としても活躍した。 |
| 1982年、ブロマイド年間売上実績の男性部門でトップ。 |
| ファンによるステージ用の応援コールも生まれた。 |
| 代表的なものは「T・O・S・H・IスーパーアイドルLOVE俊ちゃん!」。 |
| 『哀愁でいと』から『ジャングルJungle』まで、オリコンシングルの連続TOP10入り37作の記録を持つ。 |
| その後の3作はTOP入りを逃すも、『雨が叫んでる』で通算38作目の、かつ現在で最後のTOP10入りとなった。 |
| なお、通算で38作のオリコンTOP10入りは、サザンオールスターズの『愛と欲望の日々/LONELYWOMAN』に破られるまで、当時歴代1位の記録だった。 |
| TBS系『ザ・ベストテン』では最多出場記録を持っており、同番組には田原の名前入りの青いソファーが1988年1月7日よりスタジオに設置されていた。 |
| このイスは、1987年12月31日の『ザ・ベストテン』放送の際に紹介された。 |
| フジテレビ系『夜のヒットスタジオ』に初出演したのはデビュー9日後の1980年6月30日放送の回この回では吉田拓郎・河合奈保子・鹿取洋子も初出演していた。 |
| である。 |
| それ以降、原則月1回〜2回のハイペースで出演を続け、番組終了(1990年10月)までの間に158回の出演回数を記録。 |
| 番組が『夜のヒットスタジオDELUXE』と改題され、2時間枠に放送時間を拡大したのを機に新設されたマンスリーゲストにも歴代最多の3回(1985年5月、1986年12月、1989年6月)抜擢された。 |
| 『教師びんびん物語』主演当時には教え子役の子役との共演ともに主題歌でもある『ごめんよ涙』を披露したり、座長公演の最中での出演時にはその舞台でのいでたちで番組に登場したり、渡辺貞夫・久保田利伸などとのセッションを行うなど、パフォーマンスを数多く番組内で披露した。 |
| レギュラー放送最終回である1990年9月19日放送では、トリを任されスタジオを駆け回りながら『ジャングルJungle』を熱唱した。 |
| 1980年から1986年まで、『NHK紅白歌合戦』に7年連続出場していた。 |
| しかし1987年、歌手活動よりも俳優業に本腰を入れていたせいもあってか、シングルは『KID』、ドラマ『ラジオびんびん物語』の主題歌『どうする?』等3枚発売されていたものの、落選発表時にNHKニュースで松平定知アナウンサーが「田原俊彦さんの名前はありません」と報じた。 |
| 翌1988年に発売された『抱きしめてTONIGHT』がフジテレビ系ドラマ『教師びんびん物語』の高視聴率とリンクしたこともあり、久々の長期的ヒットに発展。 |
| 同年の紅白に選ばれるが、前年落選の報復をするかのように、本人の希望で出場者発表後に突然の辞退宣言を表明ちなみにかつて病気や不祥事等で発表後に辞退というケースは何度かあったが、出たくないという理由で発表後に辞退というケースは現時点では田原と、1970年の江利チエミの2人だけ。 |
| それ以外では、発表前に辞退を申し出るケースが殆どであったため、発表後にしかも本人が固辞して辞退というケースは前代未聞とも言われた。 |
| 1989年にも『ごめんよ涙』でヒットしたものの、結局不出場。 |
| その後、NHKの番組には一切出演していなかったが1994年、『ふたりのビッグショー』(松田聖子と共演)、2005年には『思い出のメロディー』に出演。 |
| 当時Jrだった中居正広は合宿所で、田原が使用中だったシャワールームのドアをうっかり開けてしまい、偶然彼の全裸姿を目撃した時「その股間の立派さに驚いた」と後に語っている。 |
| また、当時シブがき隊で活動中だった薬丸裕英が合宿所に遊びに行った折、風呂上りの田原と遭遇してしまうが、その薬丸もやはり「凄い立派なものを持っている」はなまるマーケットの「ウラまるカフェ」に田原が出演した際に発言。 |
| (2001年)と語っていた。 |
| その後、爆!爆!爆笑問題出演時に、自ら「でかくはないがテクニックははんぱない」と噂を否定している。 |
| 1983年の『ザ・ベストテン』の特番にて、近藤真彦が当時の流行歌『浪花恋しぐれ』を番組内でカヴァーする予定だったが、本番直前に負傷するアクシデントに見舞われ、病院に行く事に。 |
| 急遽田原に白羽の矢が立ち、代わりに歌うことになった。 |
| 生放送ゆえ時間がない中、5分で歌詞とメロディを叩き込み本番を成功させた。 |