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プロフィール
- 田口壮とは
- 日本時代
- セントルイス・カージナルス
- 日本球界復帰
- プレースタイル
- 人物
- 年度別打撃成績
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 関連項目
田口壮(たぐちそう、1969年7月2日-)は、福岡県生まれ、兵庫県西宮市出身のプロ野球選手(外野手)。オリックス・バファローズ所属。妻は元TBSアナウンサーの 香川恵美子。
日本時代
| 岡山市立平福小学校ではソフトボールチーム(町内子供会クラレ中社宅,遊撃手.#⑥)に所属していた。 |
| 西宮市立平木中学校、兵庫県立西宮北高等学校から関西学院大学へ進学。 |
| 関西学生リーグ通算101試合出場、376打数123安打、打率.327、10本塁打、46打点。 |
| 首位打者1回、最優秀選手1回、ベストナイン4回受賞。 |
| 通算123安打はリーグ記録。 |
| のドラフトでオリックス・ブルーウェーブと日本ハムファイターズから1位指名を受け、抽選の結果オリックスに入団。 |
| 大型内野手(遊撃手)としての入団であった。 |
| ドラフトに際しては、平田勝男の後継遊撃手を求めていた阪神タイガースが指名・獲得を望んでいたという。 |
| これに対して田口は記者会見で「阪神に行きたくない10カ条」なる文書を読み上げる(後に撤回)。 |
| これは阪神と疎遠だった関西学院大学野球部及び学校当局が、田口を阪神に行かせたくないために言わせたものだといわれるが、この行為については当時の野球部監督により叱責を受け、田口も「野球以外の事で怒られたのは初めてだった」と語っている(監督の叱責については当時の「週刊ベースボール」に記載)。 |
| プロデビュー戦はの開幕戦(千葉マリンスタジアムでの対ロッテ戦)。 |
| 9番・遊撃手で新人開幕戦先発出場(前年のベストナイン遊撃手でオールスターゲームにも出場した小川博文を差し置いての開幕戦先発)であったが、1回裏の守備機会からゴロを捌いた際に一塁手への高い送球になってしまう(記録は一塁手がジャンプで好捕したのでアウト)。 |
| デビュー当時の土井正三監督の厳しい指導からスローイング障害(イップス)、ストレスから突発性難聴に陥り、守備では失策を続けた。 |
| しかし、「強肩病」とイチローが絶賛していた強肩を生かして、に外野手に転向。 |
| 最多補殺、ゴールデングラブ賞などの常連になる程、好守の外野手としてレギュラーに定着する。 |
| イチロー、本西厚博(後に谷佳知)との外野手トリオは、当時球界一の守備力と言われた。 |
| シュアなバッティングと堅実な外野守備でオリックスのシーズンの連覇に貢献。 |
| 打順は主に1番打者や3番打者を務め、1996年は後半戦からイチローと入れ替わる形で1番に固定された。 |
| には1番打者として135試合全出場を果たし、打率.294、10本塁打、56打点、得点圏打率.339という自己最高の成績を残した。 |
| 同年は主に左翼手を務めたのにもかかわらず、刺殺302という中堅手以外では突出した数値を残し、他にも補殺17、失策1の守備率.997、RRF1.229という好成績を収めている。 |
セントルイス・カージナルス
| 2002年は開幕ロースターからは外れたものの、6月10日のシアトル・マリナーズ戦でメジャーデビュー。 |
| 4試合の出場で無安打に終わりマイナーに降格したが、9月7日に再昇格。 |
| その日のシカゴ・カブス戦の2回にメジャー初安打を記録し以降15試合に出場。 |
| 計2回昇格したメジャーでは19試合の出場で15打数6安打を放った。 |
日本球界復帰
| 2010年は、主に代打や左投手先発時にスタメンとして起用された。 |
| 5月30日に行われた「がんばろう神戸デー」では1995年の優勝を経験した唯一の現役選手として、同日に復刻したブルーウェーブのユニフォームに袖を通した。 |
| 9月7日の対ロッテ戦では代打逆転2ラン本塁打を放ち、9年ぶりに古巣のお立ち台に上がった。 |
| 4月21日に左太もも痛で登録抹消、その後も不振や体調不調があり7月17日に再び抹消されるなど、シーズン通しての出場は53試合に留まったが、実直な練習態度や周囲へのアドバイスなど、精神的支柱としての面が評価され、翌年も契約することが決まった。 |
プレースタイル
| もともと内野手だが、俊足と強肩を生かしたオリックス時代の左翼守備は球界随一の呼び声が高かった。 |
| オリックス時代の盗塁数はそれほど多くないが「足の速さだけはイチローに勝てる」と語り、イチローも「足の速さは田口さんにはかなわない」と言っている。 |
| また、強肩もイチローと肩を並べるもので、オリックスが守備に入るときにはレフト定位置の田口とライト定位置のイチローとでノーバウンドのキャッチボールを披露し、「これだけでも金払って見る価値がある」とファンを喜ばせた。 |
| 通算打率はそれほど高くないが、日本では通算67本塁打のうち満塁本塁打が6本あり、11.1本に1本の割合は通算満塁本塁打が6本以上の選手の中では歴代1位である。 |
| また、犠打などの小技も利き、リードオフマンからクリーンナップ、下位打線までこなした。 |
| 土井監督時代だけでなく仰木彬監督時代もチーム事情から外野だけでなく内野を守ることも多かった(本西厚博も同様)。 |
| カージナルス移籍後もレギュラーの休みの穴を埋める「スーパー・サブ」「10人目のスターター」のユーティリティープレイヤーとして活躍し、ポストシーズンでトレバー・ホフマンやビリー・ワグナーから本塁打を放つなど、大一番での打撃も目立った。 |
| 勝負強さが持ち味のクラッチヒッターでもあり、2005年にはリーグトップの得点圏打率.407、OPS.936を記録した。 |
| メジャー通算でも打率.279、OPS.717に対して得点圏では打率.331、OPS.835という数字を残している。 |
| 2009年に地元紙セントルイス・ポスト・ディスパッチ電子版が2000年代のカージナルスベストナインを読者投票で選出し、田口は「ベストなベンチ要員」で断トツのトップに立った。 |
| 同紙は「移籍してもスタンディングオベーションで迎えられるなど、今でもファンに愛されている」と田口の人柄も評価した。 |
| このようにファンからの支持が高い傾向にあり、マイナー時代に地元ファン用に田口の個人グッズの販売がされていたこともある。 |
人物
| 誠実かつ実直な性格でオリックス時代から人望も厚く、選手会長を務めていたこともある。 |
| シドニーオリンピックでは、イチローの出場を欲する代表チームに対し、「オリンピックはアマチュア選手の晴れ舞台」と出場を渋るイチローの心境を慮り、イチロー選出回避の嘆願を申し出、自らが代役としてオリンピックに出場した。 |
| 野球以外の活動としては、自身のwebサイトで公開中の日記を編集した「何苦楚(なにくそ)日記」(主婦の友社、2004年)を執筆。 |
| webサイトの日記は文章構成がプロ並の出来と評判が高い。 |
| カージナルスの傘下チームで活動していたころは「日記しか書けないマイナーリーガー」と言われていたが、近年では「日記も書けるメジャーリーガー」と呼ばれるようになった。 |
| アメリカ合衆国に移って1年半が過ぎた2003年の秋にイエス・キリストを信じ、クリスチャンになった。 |
| 「自分の心に響きました。 |
| 理解でき、実感することができました。 |
| これが本物だってわかったんです…妻との関係や、人生が困難に陥った時に助けてくれるのはイエス・キリストだと、今では思ってます」と語った。 |
| カージナルスにはジョン・ロドリゲス、ブレイデン・ルーパー、アルバート・プホルスなど信仰心の厚さで知られる選手もいる。 |
| 田口は、「プホルスはとても優しくしてくれますね。 |
| 彼は、言語を理解できないつらさをわかってくれるし、信仰の手本となるクリスチャンでもある。 |
| みんなとても親切にしてくれますね」とコメントしている。 |
| カージナルス内では古参の部類に入るほど長く在籍していたため、地元人気が高い選手だったが、球団ホームページの彼のプロフィールにある出身大学名は「KansaiGakuin,Osaka」(※「かんせいがくいん(アルファベット表記・KwanseiGakuin)」は兵庫県の大学)のままで全く訂正されずじまいだった。 |
| 2008年にはフィリーズ、09年にはカブスでのキャリアをスタートさせたものの、やはり直っていない |
| 低反発マットレス「トゥルースリーパープレミアム」を愛用。 |
| 同製品のCMにも出演し、遠征先のホテルにも持参していると語っている。 |
年度別打撃成績
| 2010年度シーズン終了時。 |
| 各年度の太字はリーグ最高。 |
表彰
| ベストナイン:1回(1996年)。 |
| ゴールデングラブ賞:5回(1995年-1997年、2000年-2001年)。 |
| 月間MVP:1回(1998年9月)。 |
| ハート&ハッスル賞(2007年)※チーム内での受賞。 |
| 30球団から1人の最終受賞者には選出されず。 |
記録
| 初出場・初先発出場:1992年4月4日、対千葉ロッテマリーンズ1回戦(千葉マリンスタジアム)、9番・遊撃手として先発出場。 |
| 初安打:1992年4月11日、対近鉄バファローズ1回戦(グリーンスタジアム神戸)、5回裏に高柳出己から左翼線二塁打。 |
| 初盗塁:1992年5月1日、対日本ハムファイターズ3回戦(グリーンスタジアム神戸)、8回裏に二盗(投手:金石昭人、捕手:田村藤夫)。 |
| 初打点:1992年9月8日、対福岡ダイエーホークス23回戦(北九州市民球場)、8回表に池田親興から。 |
| 初本塁打:1992年9月23日、対近鉄バファローズ25回戦(グリーンスタジアム神戸)、3回裏に高柳出己から先制決勝ソロ。 |
| 1000本安打:2000年10月6日、対西武ライオンズ26回戦(グリーンスタジアム神戸)、4回裏に西口文也から ※史上203人目。 |
| 1000試合:2001年4月28日、対日本ハムファイターズ7回戦(グリーンスタジアム神戸)、6番・左翼手として先発出場 ※史上367人目。 |
| オールスターゲーム出場:4回(1995年-1997年、2001年)。 |
| シーズン得点圏打率1位:.407(2005年)。 |
背番号
| 6(1992年-2001年)。 |
| 99(2002年-2009年)。 |
| 33(2010年-)。 |
関連項目
| 兵庫県出身の人物一覧。 |
| 日本人メジャーリーグ選手一覧。 |
| 日本人のマイナーリーグ選手一覧。 |
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1969年
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田口 壮(たぐち そう)は、福岡県生まれ、兵... |
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1992年
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初出場・初先発出場:、対千葉ロッテマリーン... |
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井口資仁
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香川恵美子
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香川恵美子(かがわえみこ、本名:田口恵美子、たぐちえみこ(旧姓:香川)、1965年10月18日-)は元TBSアナウンサー、香川県高松市出身。夫はプロ野球選手の... |
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