26134
26389
299884
%E7%94%B0%E5%B4%8E%E8%8D%89%E9%9B%B2
%E7%94%B0%E5%B4%8E%E8%8D%89%E9%9B%B2
%E7%94%B0%E5%B4%8E%E8%8D%89%E9%9B%B2
%E7%94%B0%E5%B4%8E%E8%8D%89%E9%9B%B2
%E7%94%B0%E5%B4%8E%E8%8D%89%E9%9B%B2
0
|
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
プロフィール
田崎草雲(たざきそううん、1815年11月15日(文化12年10月15日)-1898年(明治31年)9月1日))は日本の南画画家。名は芸(うん)。字は草雲。弟子に 小室翠雲がいる。 司馬遼太郎の短編「喧嘩草雲」のモデル。
略歴
| 1815年江戸小川町(現在の千代田区)足利藩江戸藩邸に足軽二人扶持の祐筆、田崎恒蔵の長子として生まれる。 |
| 幼少より絵に長じて縁戚の金井烏洲、次いで谷文晁(1763~1840)門下となる。 |
| 1835年家督を継母の連れ子に譲るため、足利藩を脱藩。 |
| 放浪の後、江戸の加藤梅翁の門下となり号を梅渓とする。 |
| 1840年谷文晁没す。 |
| 1843年独立して浅草山谷堀の裏店に家を借りるが絵はまったく売れず。 |
| 南宋の盛茂燁の山水画に傾倒、研究を重ねる。 |
| この前後、松浦武四郎、小野胡山らの紹介により玉池吟社の梁川星厳に謁し、感化されるところが多く画論の研究を進める。 |
| また尊王思想についても共感するところがあった。 |
| 1850年この頃、禅学に傾倒、草雲の号を使う。 |
| 周囲の評価も高まる。 |
| 1855年妻の菊子が狂死。 |
| 翌年、草雲は江戸を去り足利へ帰郷。 |
| 藩へ絵師として復帰する。 |
| 1858年尊王志士と交わり幕府の嫌疑を受ける。 |
| 安政の大獄の難を遊歴をすることで避ける。 |
| 1868年藩主以下重臣に説き藩論を尊王に統一させる。 |
| 藩内の百姓を徴兵した「誠心隊」差図役として足利山麗会議にも出席。 |
| 藩の防衛に努めた。 |
| 一方、実子の格太郎は妻と自殺する。 |
| 1876年第1回内国勧業博覧会へ画を出品し、高評を得る。 |
| 1878年蓮岱寺山(現足利公園内に草庵の白石山房をたてる。 |
| 足利では多く弟子をとり絵画を教えた。 |
| ただし、単に絵を欲しがるだけの人物は軽くあしらうことが多かったという。 |
| 足利の酒屋は草雲から金をとらず、かわりに絵を描いてもらうことが多かった。 |
| 1890年皇居の杉戸図を描く。 |
| 帝室技芸員を拝命。 |
| 墓は足利の西宮長林寺。 |
| 1968年鈴木栄太郎が私費で草雲美術館を建設し、足利市に寄付。 |
人物
| 前半生においては、南画の師である谷文晁や先輩の渡辺崋山亡き後、書画会における草雲の評価は低かったとされる。 |
| 草雲は文晁を畏敬はしたが、真似る事を恐れておりこれが巨星なきあとの画壇の風潮と合わなかったと見る事ができる。 |
| また、周囲の南画の技術革新も進まなかったのが不遇時代を長くさせる要因となった。 |
| しかし、この時期に写実のため本草学も学ぶという熱心さが彼のプロ意識の高さを物語っている。 |
| 凧の絵や浮世絵を書いたりして世渡りをする一方で、本分においては己の節は曲げないという江戸っ子としての「意地」の部分が草雲を大成させたと言える。 |
| 大島萬世によれば、草雲が出品した展覧会で、金牌なしで銀牌2名(うち1名が草雲)となることが立て続けに起き、これを、地方在住者である自身へのあてつけと考え、以後、中央画壇と断絶した。 |
| しかし、白石山房を訪れる人物を、会わずに追い返すことは決してしなかった。 |
| (借金取りなど、一度会ったことのある人物に対し居留守を使うことはあった)もっとも、白石山房には、常に「草雲は不在」という札が掲げられていたため、事情を知る知人や出入りの商人以外はあまり出入りしなかった。 |
| 帝室技芸員を拝命する際も、当初、地方在住者であるという理由で固辞し、担当者が必死に説得したという。 |
| これについては、帝室技芸員になると、東京に通勤しなければならないと草雲が勘違いしていたためという説もある。 |
備考
| 草雲という字名は、本名の芸(うん)を二字に分けたものといわれる。 |
| 幼少より絵と同様に武術も好み、6尺(約180cm)近い草雲は剣術や柔術に巧みであったという。 |
| 書画会においては、己の絵を貶す相手には拳骨で殴りつけて「あばれ梅渓」のあだ名をもらったとされる。 |
| 郡司信夫の「ボクシング100年」や加来耕三「日本格闘技おもしろ史話」の記述によれば1854年、横浜に遊んだときにボクシングを使うアメリカ軍水兵と喧嘩になり体落としで相手を倒しているが、記録に残っている限りで、これが近代日本における異種格闘技戦の第1号とされる(同じ1854年に伊豆戸田でヘダ号の造船を待っていた旧ディアナ号の船員が村相撲に参加しているが異種格闘技かどうかは不明)。 |
| この事件は富田常雄の「姿三四郎」における柔道とボクシングの格闘場面のモデルとされているが、原典の記述は草雲の通称や柔術の流派が通説と大きく食い違うとされ、疑問を呈する研究者もいる。 |
| また、山水画の研究のために旅行を繰り返した。 |
| 国定忠治と会ったことのある人物による唯一の肖像画は、草雲のものである。 |
| ただし、この肖像画は、忠治の没後に草雲が思い出しながら描いたものであるとされる(作家の丸谷才一はこの動機を「ファン心理」と分析している)。 |
| 剣客・博徒との交際も深く中山道の大親分の信濃屋喜兵衛留書によると、甲州では博徒の竹居安五郎宅に宿泊するなど「亦諸国貸元親分衆に詳しきもの」とされる。 |
文献
| 『田崎草雲先生の生涯』小室翠雲(1930年)。 |
| 『画聖田崎草雲』荒川敏雄(1972年)。 |
| 『慶應四年の田崎草雲』菊地卓(2002年)。 |
|
1815年
|
田崎 草雲(たざき そううん、(文化12年10月... |
|
1854年
|
横浜に遊んだときにボクシングを使うアメリカ... |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
小室翠雲
日本画家、南画家。本名は貞次郎(ていじろう)。父は日本画家・小室桂邨。文展開設にあたって正派同志会副委員長として文展新派に対抗した。文展審査員・帝... |
|
|
谷文晁
江戸時代後期の日本の画家。江戸南画の大成者であり、その画業は上方の円山応挙、狩野探幽とともに「徳川時代の三大家」に数えられる。名は正安。はじめ号は... |
|
|
足利学
彼のザビエルをして、「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と形容されるも、惜しいことではあるが、明治5年に伝統の灯は途絶えてしまっている。現... |
|
|
金井烏洲
金井烏洲(かないうじゅう、寛政8年(1796年)-安政4年1月14日(1857年2月8日))は江戸時代後期の画家、勤皇家である。通称は左仲太のちに彦兵衛、字を子修... |
|
|
狩野芳崖
明治期の日本画家で近代日本画の父。幼名は幸太郎。名は延信(ながのぶ)、雅道(ただみち)。号は松隣、皐隣。橋本雅邦と共に、江戸時代と明治時代を橋渡し... |
|
|
相田みつを
日本の詩人・書家。平易な詩を独特の書体で書いた作品で知られる。「書の詩人」、「いのちの詩人」とも称される。 |
|
|
渡辺崋山
江戸時代後期の武士、画家。三河国田原藩(現在の愛知県田原市東部)の藩士であり、のち家老となった。通称は登(のぼり・ただし一部の絵には「のぼる」と揮... |
|
|
棟方志功
棟方志功(むなかたしこう、1903年(明治36年)9月5日-1975年(昭和50年)9月13日)は日本人の板画家。青森県出身。20世紀の美術を代表する世界的巨匠の一人... |
|
|
国定忠治
国定忠治を男にした女俠 朝日選書 菊池徳の一生 この本を 1 2 3 4 5 6 7 8 9 冊買う 10冊以上買う お困りの方 在庫切れ等により、手配できない場合が... |
|
|
山下清
日本の画家。日本中を放浪していたことで知られる。 |
|
|
荒木十畝
日本画家。長崎県大村生まれ。本名・朝長悌二郎。 |
|
|
高島北海
明治~大正期の日本画家。本名は、得三(とくぞう)。なお長女に映画女優の高島愛子がいる。父親の手ほどきもあり、幼少の頃から絵を描くことが好きであった... |
|
|
矢野橋村
矢野橋村 やの-きょうそん   1890-1965 大正-昭和時代の日本画家。 明治23年9月8日生まれ。矢野鉄山の叔父。永松春洋にまなぶ。日本南画院同人となり,大... |
|
|
田崎真也
日本のソムリエ、ワインタレント、料理評論家。有限会社サンティール代表取締役社長、有限会社インターソムリエ代表取締役社長、有限会社エルミタージュ代表... |
|
|
田崎真珠
兵庫県神戸市中央区に本社を置く宝石を加工、販売する企業。東京銀座にジュエリータワーTASAKI銀座店がある。 |
|
|
奥原晴湖
幕末から明治期の画家。野口小蘋とともに明治の女流南画家の双璧といわれ、また安田老山と関東南画壇の人気を二分した。本名は池田せつ(節)、通称せい子。... |
|
|
田崎草雲さんについてのひとこと紹介
|
|
|
|