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プロフィール
- 畑正憲とは
- 概要
- 生い立ち
- 就職
- 作家デビュー
- ムツゴロウ王国
- 麻雀
- それ以外の趣味
- エッセイ
- 小説
- 天然記念物の動物たち
- 出演番組
- パチンコ台
- 関連サイト
畑正憲(はたまさのり、1935年4月17日-)は、日本の小説家、エッセイスト、ナチュラリスト、動物研究家。愛称は「ムツゴロウ」。日本エッセイスト・クラブ賞(1968年第16回)、 菊池寛賞(1977年第25回)受賞。
概要
| エッセイストとして世間に知られるようになり、ナチュラリストとしての活動で世間的な知名度を高めた。 |
| その他、特殊なジャンルでのタレントとしても活躍。 |
| 幼い頃より生き物に関心が深く、また文学への関心が高かったものの親の意向もあって東京大学理学部で動物学を学んだ。 |
| 卒業後は教育用の科学映画の作成に関わり、ここでも生き物との関係が深くなった。 |
| その後動物関連のエッセーなどで作家としてデビュー。 |
| 特にそのあだ名であるムツゴロウを冠したシリーズで人気を博す。 |
| 他にやはり生物学の色が濃い小説も著す。 |
| その後動物との共棲を目指して北海道に移住、後にこれが「ムツゴロウの動物王国」へと発展する。 |
| その他動物に造詣の深いキャラクターとして動物番組に登場し、あるいは麻雀など、他の趣味に関わってのテレビ出演もある(下記の趣味の項を参照)。 |
生い立ち
| 福岡県福岡市生まれ。 |
| その後医師の父が満州国に赴任したため、幼年時代を満蒙開拓団の村で育つ。 |
| 狼と犬のハーフ犬を飼ったり、水門でナマズを捕まえるなどの動物に絡んだエピソードはこの頃からある。 |
| 太平洋戦争のさなかに兄の受験に同行して帰国、中学、高校時代を父親の郷里である大分県日田市で過ごす。 |
| 大分県立日田高等学校から東京大学理科II類に現役で合格。 |
| 教養学部前期課程時代は駒場寮に住み、数匹の犬を飼っていたが、その犬が東大駒場寮寮生らにより勝手に学園祭で食用として食われてしまったとで告白したが、一方でその後そのような事実の存在を否定している |
| 駒場寮廃寮問題が持ち上がったとき、「あんな汚い物は、いち早く潰してしまうべき」と率先して廃寮に賛成した。 |
| 当時の理科II類は現在の理科III類の内容を含んでいたため、父からは医学部医学科への進学を望まれていたが、理学部動物学科に進学するか文学部哲学科に傍系進学するか悩み、結局父に無断で理学部動物学科を選択し、動物学を専攻。 |
| 学部卒業後に大学院理学系研究科修士課程に進学してアメーバの生理学的研究に携わる。 |
| この頃、日本における動物行動学の草分けである日高敏隆や、ピジョンミルクの研究で東大の研究室に出入りしていた常陸宮正仁親王とも親交を持つ。 |
| しかし、研究の途上で文学の世界で生きるか、研究者の世界で生きるか悩み、自殺寸前まで精神的に追い詰められ、突如研究室から姿を消した。 |
| 尚、本人は書類上修了になっているか未修了になっているのかを確認していない。 |
就職
| その後学習研究社(現・学研ホールディングス)の映像部門に就職し、理科関係を中心に学習映画などの作成に携わる「ムツゴロウ」という綽名は、学研時代、徹夜で仕事をしている姿が魚のムツゴロウに似ていたことから命名されたと言われていたが、実際はムツゴロウシリーズを出版する際出版社が名付けたと自著で告白。 |
| 学研時代の綽名は専ら「センセイ」であった。 |
| また1970年代後半~80年代、小学館と学習雑誌(小学1~6年生)の記事執筆で専属契約を結んでいた(当然「ムツゴロウシリーズ」や『子猫物語』も多く誌上で連載された)。 |
| 学習研究社の学年誌(1~6年の学習/科学)で、彼の作品掲載が小学館に比べて少ないのはこうした事情によるものである。 |
| しかし、社の成長による巨大企業化と、それによる社風の変質を嫌い、社長に直訴状を送って退職。 |
| 文筆業に専念することになる。 |
| 文壇では北杜夫に傾倒し、彼の作品を何度も肉筆で筆写して文体を修行した。 |
| のちに無人島に移住した際には、事前にわざわざ北杜夫に手紙を出して報告したとの逸話もある。 |
作家デビュー
| 1967年、『われら動物みな兄弟』を刊行して翌年、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。 |
| 69年、金の星社から子供向けSF『ゼロの怪物ヌル』、『天然記念物の動物たち』などを刊行。 |
| 70年には『ムツゴロウの博物志』を刊行。 |
| 以後、いわゆるノンフィクション作家となる。 |
ムツゴロウ王国
| 日田高校に通っていた頃に知り合った女性と結婚し、娘をもうける。 |
| 娘を生物に深く触れさせて育てたところ、魚の命を奪って食べることを拒絶するようになったことに衝撃を受け、もっと深く生の自然に触れさせて、表面的な生き物好きの精神の虚弱さを払拭させて育てることを決意した。 |
| 東京を離れ、北海道厚岸郡浜中町の嶮暮帰島に移住。 |
| さらに対岸の浜中町に移り「ムツゴロウ動物王国」を開園。 |
| その後標津郡中標津町にも広大な牧場やログハウスの自宅を有したムツ牧場を開園。 |
| ここで多くの動物を飼育しながら文筆生活を送るうちにヒグマとの生活を描いたエッセイや、天然記念物に指定された動物の保全の現状を追跡したルポなどで文壇での成功をおさめる。 |
| その後、彼のエッセイに共鳴してこの共同生活に加わる若者が増えた。 |
| この共同体の姿がテレビ番組としてシリーズ放映されて人気番組となった。 |
| 「ムツゴロウ動物王国」は原則非公開だったため、北海道で培ったノウハウを生かし、「都会の人々に動物にふれあってもらう」というコンセプトで、2004年7月28日、東京都あきる野市の東京サマーランド内の約9万m²の敷地に観光施設としての「東京ムツゴロウ動物王国」を開園。 |
| 北海道には一部のスタッフや動物が残留するのみとなった。 |
| 東京ムツゴロウ動物王国は集客が伸びず、2006年10月14日、「ムツゴロウ動物王国」の運営会社だったグローカル21が破綻し、負債総額8億円に上ることが明らかとなった。 |
| その後運営主体を畑正憲のプロダクション「ムツプロ」に暫定的に移すも、2007年10月17日、東京都あきる野市の「東京ムツゴロウ動物王国」が2007年11月25日で閉園、活動発祥の地である北海道へ戻ることが発表された。 |
| 2008年5月16日、従業員への給与2007年6~8月分を、各月の支払日に支払わなかったとして、労働基準法違反の疑いで書類送検された「ムツゴロウさん書類送検」産経新聞2008年5月17日付朝刊25面。 |
麻雀
| 日本プロ麻雀連盟の相談役も務める。 |
| 連盟に於ける段位は九段。 |
| 麻雀の腕は相当のもので、2010年現在も存在するタイトル戦「十段位戦」は、あるプロ雀士が「連盟の最高位は九段だが、ムツゴロウさんは十段の実力の持ち主」と評したことにちなんで創設された。 |
| 畑自身は「入団テストを実施するよう提案したとき、自分もそれを受けて九段の人間に圧勝し、九段と認定された。 |
| 翌年に九段の人間の誰が一番強いのか決めようということで十段を作った」と語っている |
| ちなみにこの大会には自ら出場し3回優勝している。 |
| 徹夜を厭わない性格から、徹夜麻雀が非常に得意であり、ムツゴロウ王国では誰かがぶっ倒れるまで麻雀を打つことがしばしばあった。 |
| これをコンセプトとして、不眠不休で半荘50回を打ち続ける「雀魔王戦」というタイトル戦が日刊ゲンダイの主催で行われていたこともある。 |
| この大会にも自ら出場し第1回・第2回と連覇している。 |
| 後に本人が語ったところでは「39歳の時に胃がんになって胃を全摘出し、いつ再発するかもしれないという不安に悩まされていた際に、僕を救ってくれたのが麻雀だった」とのことで、当時は「10日間不眠不休で麻雀を打ち続けた」こともあるという。 |
| 伝統のタイトル戦「最高位戦」は、畑の提唱により創設された。 |
| 昭和麻雀十傑の一人にも選ばれた。 |
| このような雀豪ぶりから雀聖・阿佐田哲也は自著・『ぎゃんぶる百華』にて雀鬼ベストテンにランクインさせ、「北海の雄」と称し、麻雀漫画家の片山まさゆきは彼を「ウツゴロウ」と評したぎゅわんぶらあ自己中心派。 |
| また、アーケードゲーム『麻雀格闘倶楽部5』以降では、プロ雀士の1人としてゲームに参加している。 |
| このように有名人かつ強豪雀士でありながら、いわゆるテレビマッチ(テレビの麻雀対局番組)への出演は長年避けてきた畑だったが、2009年には『第4回麻雀格闘倶楽部』(MONDO21)のエキシビションマッチに出場し、約30年ぶりにテレビマッチ出演を果たした(対局相手は小島武夫・灘麻太郎・荒正義)。 |
| 同年の日本プロ麻雀連盟主催第一回麻雀トライアスロン・雀豪決定戦でも決勝卓に残り、一部の局でTV放映された(対局相手は小島武夫・先崎学・滝沢和典)。 |
| また小島武夫のDVD『ミスター麻雀小島武夫五番勝負』(2008年)にも対局相手の一人として登場している。 |
| 役満貫をよく和了するらしく、デイリースポーツに連載されている「マージャン灘麻太郎の定石打法」によると「私と一緒に打っている時だけでも十回以上アガっている」という。 |
| また、地和で国士無双を和了したことがあるという(3139回分)。 |
それ以外の趣味
| 囲碁はアマチュア五段の腕前。 |
| 50歳頃から絵も描き始め、年に1回のペースで個展を開催している。 |
| 競馬も好きだが、それを話すと世間のムツゴロウのイメージとのギャップに驚かれるらしい。 |
| 大麻栽培許可証を持ち、大麻専門雑誌「HighTimes」が主催して毎年行われるアムステルダムの大麻品評会であるカナビス・カップで準優勝するほどの良品ムツゴールド(正式名称十勝ゴールド)を栽培した。 |
| 元西鉄ライオンズ投手の畑隆幸は従弟である。 |
| 西鉄が東京に遠征に来た時には、彼は球場によく足を運んでいた。 |
| また珍しい食べ物が大好きなことでも知られる。 |
| 『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』内で、ツクシの胞子を集めそれで和菓子を作るシーンが公開された事がある。 |
| 自著「われら動物みな兄弟」より。 |
| ではミミズやアメーバなどを集めて料理して食べてみた事があるとの記述があり、テレビ番組ではアメリカに生息する巨大ナメクジをまるごと食べたこともある。 |
エッセイ
| われら動物みな兄弟愛と生命の科学共同企画出版部,1967のち角川文庫。 |
| 生きるアメーバから人まで筑摩書房ちくま少年図書館1970のち文庫。 |
| ムツゴロウの博物志正・続・続々毎日新聞社,1970のち文春文庫。 |
| もの言わぬスターたち記録映画と動物と経済往来社,1970のち中公文庫。 |
| ムツゴロウの青春記文藝春秋、1971のち文庫。 |
| ムツゴロウの無人島記正続毎日新聞社、1972のち文春文庫。 |
| ムツゴロウの絵本1~4毎日新聞社1972-75のち文春文庫。 |
| ムツゴロウの結婚記文藝春秋、1972のち文庫。 |
| ムツゴロウの大勝負同、1972のち文庫。 |
| ムツゴロウの獣医修業毎日新聞社、1973のち文春文庫。 |
| ムツゴロウの動物巷談同、1973のち文庫。 |
| ムツゴロウの動物王国正続毎日新聞社、1973のち文春文庫。 |
小説
| 海からきたチフス(ISBN4797491957、『ゼロの怪物ヌル』改題)金の星社,1969ジュブナイルSF小説現在、新風舎文庫。 |
天然記念物の動物たち
| (天然記念物に指定された動物の置かれた現状を鋭く描写したルポルタージュシリーズ)。 |
出演番組
| ムツゴロウとゆかいな仲間たち(フジテレビ系)。 |
| 放送枠は「火曜ワイドスペシャル」や「火・曜・特・番」・「金曜エンタテイメント」などのゴールデンタイム、チャンネルα,土曜と日曜の昼の再放送枠など変動が多い。 |
| ウッチャンナンチャンのウリナリ!!(日本テレビ系)「ナンゴロウとゆかいな仲間たち」。 |
| コントコーナー「ライブランキングキャラクターライブ」で、南原清隆・天野ひろゆき・勝俣州和の3人によるパロディコントがあった。 |
| 2009年9月6日放送分(第57話)のタイトルが「ムシゴロウの昆虫王国だコロン!」であり、「ムシゴロウ」という話し方がそっくりなキャラクターが登場した(声:田坂秀樹)。 |
| 御座敷動物園「動物天国」を開園する(親子共々「重体」になったこともあり)が、極度の経営難のため、飢餓状態で発見されたり、ホームレス同然の「極貧生活」を送ったり、「業務提携」と称してかなりの悪事を取ったりする。 |
パチンコ台
| 2007年1月に三洋物産からパチンコ台「CRムツゴロウの動物王国」がリリースされ、全国のパチンコ店に設置されている。 |
ムツゴロウ動物王国
吉田豪によるインタビュー
- 雑誌「テレビチョップ」での吉田豪の連続インタビュー「男気万字固め」のうちの一つ。アナーキーな内容の質問ばかりで、インタビュー時は畑はノリノリであったが、単行本には収録されなかった。
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1935年
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畑 正憲(はた まさのり)は、日本の小説家、... |
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1967年
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『われら動物みな兄弟』を刊行して翌年、日本... |
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