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プロフィール
- 益川敏英とは
- 概要
- 研究
- ノーベル賞受賞
- 外国語
- 教育への苦言
- 平和運動
- 略歴
- 学会活動等
- 賞歴
- 栄典
- 出演テレビ番組
- 一般向け
- 論文
- 関連サイト
益川敏英(ますかわとしひで、1940年2月7日-)は、日本の理論物理学者。専門は素粒子理論。名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長・特別教授、京都大学名誉教授、京都産業大学益川塾塾頭。
概要
| 愛知県名古屋市中川区生まれ |
| 戦後は昭和区、西区で少年期を過ごす。 |
| 生家は戦前は家具製造業、戦後は砂糖問屋を営んでいた。 |
| 名古屋大学で坂田昌一研究室に所属し理学博士号を取得 |
| 博士論文のタイトルは「粒子と共鳴準位の混合効果について」(名古屋大学、1967年)。 |
| 京都大学理学部の助手であった1973年に、名古屋大学・坂田研究室の後輩である小林誠と共にウィーク・ボゾンとクォークの弱い相互作用に関するカビボ・小林・益川行列を導入した。 |
| この論文は、日本人物理学者の手による論文としては歴代でもっとも被引用回数の多い論文である。 |
| 京都大学より名誉教授の称号を授与され、現在は名古屋大学特別教授・素粒子宇宙起源研究機構長。 |
| 京都大学基礎物理学研究所所長、日本学術会議会員を歴任した。 |
| 2008年、「小林・益川理論」による物理学への貢献でノーベル物理学賞を受賞。 |
| コペンハーゲン学派の伝統を持ち帰った仁科芳雄の自由な学風を受け継ぐ坂田昌一のグループに属し、坂田が信奉する武谷三男の三段階説の影響を受けた、名大グループを代表する学者でもある。 |
研究
| 学生時代から「いちゃもんの益川」と呼ばれたほどの議論好きで、違った視点や仮説を提起して議論を活性化させていた。 |
| 当時京大名誉教授であった湯川秀樹にもいちゃもんをつけたが、湯川は平然と会議に消えたという。 |
| 益川の議論好きは生来のものだが、背景には、仁科芳雄から、武谷三男、坂田昌一にいたる研究環境素粒子論の発展南部陽一郎と、坂田モデルに始まる名大での活発な研究活動がある。 |
| ノーベル賞をもらったとき、NHKの番組で「坂田先生がノーベル賞をもらえなかったのは、弟子である私たちがだらしなかったからだ」と述べている。 |
| 大学では労働組合の活動に熱心に参加し、ノーベル物理学賞受賞理由となった小林・益川理論の研究をしていたときも、京都大学職員組合の書記長として多忙な組合業務をこなしていた。 |
| 朝の通勤途上の喫茶店で思索をした後、昼は組合業務を行い、その合間を縫って小林誠と議論をしながら研究をしていたという毎日新聞2003年8月30日号。 |
ノーベル賞受賞
| 受賞後は本人の信念で、記者に意図的にへそ曲がりな応対を続けていた。 |
| 取材記者に受賞の喜びのコメントを求められたが、「(受賞は)大してうれしくない」「36年前の過去の仕事ですから」「研究者仲間が理論を実験し、あれで正解だったよ、と言ってくれるのが1番うれしい」" |
| 「我々は科学をやっているのであってノーベル賞を目標にやってきたのではない」" |
| 「(ノーベル賞は)世俗的な物」など、受賞後にもかかわらず、研究者にとって純粋な学問の追求こそが目的であり、賞を得ることが目的ではない、という趣旨の発言が目立った。 |
| 同時に受賞した南部陽一郎を非常に尊敬しており、「南部先生に(ノーベル賞を)とっていただいたことが一番うれしい。 |
| アイデアマンで、我々に注意喚起してくれる。 |
| 大変尊敬している」とコメントした。 |
| 繰り返す取材中はさすがに嬉しさを隠せなくなったのか、笑顔で記者の前で万歳の格好をして「万歳なんて言わないよ」とおどけて見せた。 |
| その後に記者にとっては絵になるが全然うれしくないという気持ちは変わらないと述べている読売ウイークリー2008年10月11日号「ノーベル賞続々受賞 物理学賞の難解理論はリポート用紙6枚分」。 |
| 会見時に小林誠が記者に囲まれて困惑している様子を電話した際、「こっちも(記者が)いっぱいです。 |
| 年貢を納めなきゃいけない」と応じた。 |
| 日本の科学教育の現状を記者団より聞かれ、「科学にロマンを持つことが非常に重要。 |
| あこがれを持っていれば勉強しやすいが、受験勉強で弱くなっている」「(若い人が物理学に興味を持ってもらえるようなメッセージをと聞かれ)我々の仕事が多少なりとも役に立てば光栄なこと」と返答している" |
外国語
| 外国語は大の苦手で、大学院入試でドイツ語は完全白紙。 |
| 英語も散々な成績だったため、入試委員会で合格を認めるかどうか問題となった |
| 外国の学会への招待は多いが、英語を使うのが嫌なためにすべて断ってきており、もっぱら共同研究者の小林が海外での学会出席や講演を担当していた。 |
| 論文については英語で書かざるを得ない場合があるが、それについても非常にスペルミスが多いという。 |
| なお、英語で論文を発表する際は、名前をローマ字(ラテン文字)転写しなければならないが、訓令式或いはヘボン式の「Masukawa」ではなく、「Maskawa」という署名を好んで用い、国際的にも「ToshihideMaskawa」の名で知られている。 |
| 1978年には東京で開催された国際会議にて英語での発表を行ったことがあるが、大学院生が用意した英文を早口で読み上げた後、質疑応答の時間を設けることもなく降壇したため、参加者も呆気にとられたというエピソードがある |
| パスポートも取ったことがなく、2008年12月にストックホルムで行われたノーベル賞の授賞式への出席が、自身初の国外渡航になるが、その際の講演も日本語で行った。 |
| ノーベル賞授賞式の講演を日本語で行うのは異例である。 |
教育への苦言
| ノーベル物理学賞の受賞が決定した後の2008年10月10日に小林誠と共に文部科学大臣に面会した。 |
| 益川は大学受験などでは難しい問題は避け、易しいものを選ぶよう指導していると指摘し、これは考えない人間を作る「教育汚染」、親も「教育熱心」でなく「教育結果熱心」であると批判した読売新聞2008年10月10日夕刊記事要約。 |
| 2009年には「麻生内閣メールマガジン」に寄稿し、日本人ノーベル賞受賞者の増加について「近年受賞者が多数出ているからといって、現在の日本の科学の現状が万万歳ということにはならない」益川敏英「ノーベル賞を受賞して思う」『 |
| と述べ、現状の研究成果は数十年ほど経過して初めて評価されると指摘している。 |
| また、日本の基礎科学への研究費配分が不十分との懸念を示しており、「限られた資源のなかで、役に立つ科学・分かりやすい科学・大学の外で市場原理のもとで成り立つ科学などが研究費の餌場として雪崩れ込んでいる」と指摘し「大学の基礎科学が危ない」と警鐘を鳴らしている。 |
平和運動
| 1997年からは日本学術会議の会員に選任されるなど、公的団体や学術団体など多方面で活動している。 |
| 湯川秀樹、朝永振一郎らの影響と、家が米軍の焼夷弾の直撃を受けた名古屋大空襲の経験から平和運動にも意欲的に取り組んでおり、2005年には「九条科学者の会」(『九条の会』のアピールを広げる科学者・研究者の会)を結成し、呼掛人として参加した「平和運動にも積極参加」『日本経済新聞』2008年10月8日、38面。 |
| 湯川のラッセル・アインシュタイン宣言署名は反核に根差すと語り、「自分はより身近に、一人一人の今の生活を守りたい。 |
| 戦争はプラスかと問いたい。 |
| 殺されても戦争は嫌だ。 |
| もっと嫌なのは自分が殺す側に回る事」と話す毎日新聞2008年10月8日『ノーベル賞:物理学賞に日本人3氏 気骨の平和主義 「非主流」の逆転』。 |
略歴
| 1958年3月-名古屋市立向陽高等学校卒業 |
| 1962年3月-名古屋大学理学部卒業。 |
| 1967年3月-名古屋大学大学院理学研究科博士課程修了。 |
| 1967年4月-名古屋大学理学部教務職員。 |
| 1967年7月-名古屋大学理学部助手。 |
| 1970年5月-京都大学理学部助手。 |
| 1976年4月-東京大学原子核研究所助教授。 |
| 1980年4月-京都大学基礎物理学研究所教授。 |
| 1990年11月-京都大学理学部教授。 |
| 1995年4月-京都大学大学院理学研究科教授。 |
| 1997年1月-京都大学基礎物理学研究所教授(素粒子論研究部門担当)。 |
| 1997年4月-京都大学基礎物理学研究所所長(2003年3月まで)。 |
| 2003年4月-京都大学名誉教授大学卒業より京大名誉教授称号授与までの経歴は、「益川敏英名誉教授、伊藤清名誉教授が文化勲章を受章」『京大広報』NO.640 2008.12、京都大学総務部広報課、2788頁。 |
| 2003年4月-京都産業大学理学部教授(〜2009年5月)。 |
| 2004年10月-京都産業大学研究機構長。 |
| 2007年10月-名古屋大学特別招へい教授。 |
| 2009年2月-学校法人京都産業大学理事。 |
| 2009年3月-名古屋大学特別教授。 |
| 2010年4月-名古屋大学特別教授・素粒子宇宙起源研究機構長。 |
| 2010年12月-日本学士院会員。 |
賞歴
| 1979年12月-第25回仁科記念賞(1979年度)「基本粒子の模型に関する研究」。 |
| 1985年4月-第1回J.J.サクライ賞(1985年)。 |
| 1985年6月-第75回日本学士院賞(1985年度)「六元クオーク模型の提唱」。 |
| 1995年1月-朝日賞(1994年度)。 |
| 1995年5月-第48回中日文化賞(1995年度)。 |
| 2008年12月-ノーベル物理学賞(2008年度、南部陽一郎、小林誠と共同受賞)。 |
栄典
| 2001年11月-文化功労者。 |
| 2008年11月-文化勲章。 |
| 2009年2月-京都名誉市民。 |
出演テレビ番組
| 情熱大陸(毎日放送、2009年3月29日)-小林誠と共に。 |
| 徹子の部屋(テレビ朝日、2009年8月28日)。 |
| 日立世界・ふしぎ発見!(TBS、2010年1月30日)-ゲスト回答者として。 |
| 課外授業ようこそ先輩(NHK、2010年4月4日)。 |
| こころの遺伝子〜あなたがいたから〜(NHK、2010年4月19日)。 |
| こだわり人物伝(NHK、2011年3月2日~3月23日)-語り手として。 |
一般向け
| 『学問、楽しくなくちゃ』新日本出版社2009年10月ISBN9784406052818。 |
| 『僕がノーベル賞をとった本当の理由―子ども時代のすごしかた』フォーラムA2009年8月ISBN9784894285873。 |
| 『15歳の寺子屋「フラフラのすすめ」』講談社2009年7月16日第1刷発行ISBN9784062155861。 |
| 日本共産党中央委員会が発行する理論政治誌『前衛』に掲載された自然科学分野の第一人者の先生方の文章をまとめたもの。 |
論文
| 当時3つしか存在が知られていなかったクォークに関して(理論的には4つあると想定されていた)、それが6種類あると仮定(CKM行列)。 |
| M.Kobayashi,T.Maskawa |
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1940年
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益川 敏英(ますかわ としひで)は、日本の理... |
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1973年
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名古屋大学・坂田研究室の後輩である小林誠と... |
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