4827
4953
66943
%E7%9B%9B%E7%94%B0%E6%98%AD%E5%A4%AB
%E7%9B%9B%E7%94%B0%E6%98%AD%E5%A4%AB
%E7%9B%9B%E7%94%B0%E6%98%AD%E5%A4%AB
%E7%9B%9B%E7%94%B0%E6%98%AD%E5%A4%AB
%E7%9B%9B%E7%94%B0%E6%98%AD%E5%A4%AB
0
|
他の画像検索結果
他人の画像が選択されている・混じっている場合
画像候補は人物名で顔画像を検索したものです。
人物として適切でない画像も含まれてしまう可能性があります。
適切な画像になるよう 盛田昭夫の画像検索結果ページで修正できます
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
プロフィール
- 盛田昭夫とは
- 経歴
- 人物
- 系譜
- 主な著作書籍
- 参考文献
- 関連項目
- 関連サイト
盛田昭夫(もりたあきお、1921年1月26日-1999年10月3日)は、日本の技術者、実業家。 井深大とともにソニー創業者の一人。1992年(平成4年)、名誉大英帝国 勲章を受勲。
経歴
| 愛知県名古屋市 |
| 生家は代々続いた造り酒屋で父・久左衛門は盛田家第14代当主。 |
| 母・収子は元大垣共立銀行頭取戸田鋭之助の娘であり、元仙台市長・早川智寛の姪、会社再建の神様といわれた早川種三の従兄弟にあたる。 |
| また、三省堂創業家・亀井家とも姻戚関係にある。 |
| 愛知県第一師範学校付属小学校(現・愛知教育大学附属名古屋小学校)、旧制愛知県第一中学校(現・愛知県立旭丘高等学校)、第八高等学校(現・名古屋大学)、大阪帝国大学理学部物理学科卒。 |
| 太平洋戦争中、海軍技術中尉時代に戦時科学技術研究会で井深大と知り合う。 |
| 終戦後、1946年(昭和21年)に井深大らとソニーの前身である東京通信工業株式会社を設立し、取締役に就任。 |
| 1950年(昭和25年)日本初のテープレコーダー「G型」を発売。 |
| 1951年(昭和26年)三省堂社長令嬢亀井良子と結婚。 |
| 1955年(昭和30年)日本初のトランジスタラジオ「TR-55」を発売。 |
| 1959年(昭和34年)にソニー副社長、1971年(昭和46年)に社長、1976年(昭和51年)に会長就任。 |
| 1960年(昭和35年)米国にソニー・コーポレーション・オブ・アメリカを設立し、取締役社長に就任。 |
| 1979年(昭和54年)ウォークマン発売。 |
| 1986年(昭和61年)経団連副会長。 |
| 1991年(平成3年)、勲一等瑞宝章受章。 |
| 1992年(平成4年)、英国王室から名誉大英勲章およびナイト爵の称号を受ける。 |
| 1993年(平成5年)11月、テニスのプレー中脳内出血に倒れ、その後会長の座を退き、ハワイで静養した。 |
| 1999年(平成11年)10月3日午前10時25分、肺炎のため東京都港区の東京都済生会中央病院で死去した。 |
| 戒名は盛昭院天涯敬道上座。 |
| 正三位 勲一等旭日大綬章。 |
人物
| 井深大とともにソニーを世界企業に育て上げ、井深の技術的発想を実現すると共にソニーの発展を第一として活動、技術者出身ながら営業の第一線にあり、トランジスタラジオ、ウォークマン等を世界に売り込んだ。 |
| また、あまり知られてはいないが、盛田の最大の能力は、資金調達にこそ見られる。 |
| 松下などに比べ、その規模で、はるかに劣る当時のソニーが、技術開発の資金を調達することは、並大抵の努力では出来なかったことは想像に難くない。 |
| しかし盛田は見事にそれをやりぬき、トリニトロンの商品化を実現する。 |
| 私人としては、社交性に富み、非常に親しみやすい、と言われる反面、十数代続く造り酒屋の跡取りとして、厳格な一家の家長であったと言われている。 |
| ただし子息に自己の思考を押し付けたり特定の学校への進学等を指図する事はなかったという。 |
| ソニー創業期の社員の給与は、盛田の実家の酒屋(盛田)から出ていたという逸話がある。 |
| それほど創業期は資金面において苦しかった模様である。 |
| また、銭形平次の原作者である野村胡堂(レコード評論家「野村あらえびす」としても有名)より出資を受けている。 |
| 「日本は福祉国家ではない。 |
| 」が持論で大きな政府に否定的な立場であったとされる。 |
| 1989年(平成元年)に政治家の石原慎太郎と『「NO」と言える日本──新日米関係の方策』を発表しミリオンセラーとなった。 |
| 同著では対米関係の見直しを直言するなど論客としても知られたが派手な言動は人により評価が分かれ、ともに日米経済人会議の議長に擬された経団連副会長の佐波正一(東芝)と好対照と視る向きもある。 |
| 建築家の岡田新一とは次男が岡田の娘と結婚したため姻戚関係にあった。 |
系譜
| ┏長子 岩間和夫。 |
| ┗戸田鋭之助━━収子 ┏菊子。 |
| ┃ ┃。 |
| ┃ ┣盛田正明。 |
| ┣━━━┫。 |
| ┃ ┣盛田和昭。 |
| ┃ ┃。 |
| 盛田久左衛門 ┗盛田昭夫。 |
| ┃ ┏盛田英夫。 |
| ┣━━━┫。 |
| ┃ ┗盛田昌夫。 |
| 亀井豊治━━━━良子。 |
主な著作書籍
| 『学歴無用論』(朝日新聞社ISBN978-4022604156)。 |
| 『新実力主義』(文藝春秋)。 |
| 『MADEINJAPAN』(朝日新聞社、下村満子、E・M・ラインゴールドと共著、ISBN978-4022605825)-発行部数45万部。 |
| 『「No」と言える日本』(光文社、石原慎太郎と共著、ISBN978-4334051587)-発行部数125万部。 |
| 『21世紀に向けて』(読売新聞社、デイヴィッド・ロックフェラーとの共著、ISBN978-4643921182)。 |
| 『21世紀へ』(ワック、論文集、ISBN978-4898310205)。 |
| 『盛田昭夫語録—世界が舞台の永遠青年』(ソニーマガジンズ、ソニー・マガジンズビジネスブック編集部編集による語録、ISBN978-4789711012)。 |
| 『盛田昭夫語録』(小学館、盛田昭夫研究会編集による語録、ISBN978-4094162929)。 |
参考文献
| 早川隆 『日本の上流社会と閨閥』 角川書店 1983年 116-120頁。 |
関連項目
| 愛知県出身の人物一覧。 |
| アナハイム大学アキオ・モリタスクールオブビジネス-盛田の名を冠した経営大学院。 |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
関連商品
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
井深大
日本の電子技術者および実業家。盛田昭夫とともにソニーの創業者の一人。 |
|
|
本田宗一郎
日本の実業家、技術者。本田技研工業(通称:「ホンダ」)の創業者。 |
|
|
黒木靖夫
宮崎県西都市出身、日本の工業デザイナー。株式会社黒木靖夫事務所代表。ソニー株式会社元取締役。東京出版創業者黒木正憲は実兄。 |
|
|
大賀典雄
日本の実業家、指揮者、声楽家。勲等は勲一等。ソニー株式会社相談役、財団法人東京フィルハーモニー交響楽団会長・理事長、東京文化会館館長。CBS・ソニーレ... |
|
|
稲盛和夫
日本の実業家。京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者。現在は、日本航空株式会社の会長。 |
|
|
大下英治
政界、財界、芸能界などのルポルタージュや小説を執筆する作家。広島県安芸郡府中町生まれ。 |
|
|
盛田良子
ソニーの会長夫人だった 盛田良子さんのエッセーです。 ★ 妻・良子が語る 人間「盛田昭夫」の素顔から マイケル・ジャクソンとの想い出 ニーナさんの本でもそ... |
|
|
小倉昌男
日本の実業家。東京都出身。ヤマト運輸の『クロネコヤマトの宅急便』の生みの親である。 |
|
|
竹村健一
日本のジャーナリスト、政治評論家である。 |
|
|
藤沢武夫
藤沢武夫(ふじさわたけお、1910年11月10日-1988年12月30日)は実業家。東京市出身(本籍は父の出身地である茨城県結城市)。本田宗一郎と共に本田技研工業(... |
|
|
土光敏夫
土光敏夫(どこうとしお、9月15日-8月4日)は昭和時代の日本のエンジニア、実業家。第4代経済団体連合会(以下「経団連」)会長。位階勲等は従二位勲一等(勲... |
|
|
渋沢栄一
幕末から大正初期に活躍した日本の武士(幕臣)、官僚、実業家。第一国立銀行や東京証券取引所などといった多種多様な企業の設立・経営に関わり、日本資本主... |
|
|
出井伸之
日本の実業家。称号は名誉博士(法学)(早稲田大学・2002年)。クオンタムリープ株式会社代表取締役、ソニー株式会社アドバイザリーボード議長。ソニー株式... |
|
|
城山三郎
日本の小説家。本名は、杉浦英一(すぎうらえいいち)。経済小説の開拓者であり、伝記小説、歴史小説も多く出している。 |
|
|
宇野康秀
大阪府出身の実業家。株式会社USENグループ会長。 |
|
|
盛田昭夫さんについてのひとこと紹介
|
|
|
|