| 9月に相馬家の三人兄弟の末っ子として生まれる。 |
| 中学時代にバンドのボーカルとして参加する。 |
| 東海女子高等学校(現・東海学園高等学校)へ進学。 |
| 漫画研究会に所属していた。 |
| 高校卒業後の進路で両親と衝突する。 |
| 高校卒業後は地元のライブハウスで、ボーカリストとして活動を始める。 |
| 生活が苦しいアマチュア時代が始まるが、実家へは仕送りをする。 |
| 『NewPepSoundAudition』で表現力を評価され、デビューの足がかりを作る。 |
| ザ・バードコーポレーションに所属し、祐天寺駅付近で数年過ごす事になる。 |
| 4月、KBS京都が当時東京から発信していた『KBS京都はいぱぁナイト水曜日』のアシスタントに抜擢され、のほほんとしたキャラクターで人気を集める。 |
| 6月、ソニー・レコードTrefortレーベル(のちのキューンレコード)から作品をリリースし、デビューする。 |
| アルバム制作でアイルランドを訪れ、レコーディング中に相馬本人が大ファンであるアイルランドの代表的シンガー・メアリー・ブラックとの出会いを果たす。 |
| またアイルランドでは自動車事故に遭遇するものの、奇跡的に無傷であった(『相馬図鑑』で当時の映像が公開された)。 |
| 1st.シングル「未来を描く鳥」が水野真紀の出演する日本テレビ系テレビドラマ『パパっ子ちゃん』の主題歌に起用される。 |
| ドラマには相馬本人も居酒屋シーンで「ほっけください」と注文する客役で出演している。 |
| TVKで放映された『ガールポップ'94』で加藤いづみ等とメインパーソナリティを務める。 |
| 4th.アルバム『愛が教えてくれたもの』から「東京の空」がヒットし、プロモーションビデオがテレビ音楽番組で放映される。 |
| スローテンポが持ち味ながら、アップテンポの曲であったため、注目された。 |
| 12月末、一身上の都合で所属事務所とレコード会社を辞める。 |
| 芸能活動の「充電期間」としてパソコン雑誌で挿絵などを書くイラストレーター的活動を行い、イラストデザインが郵便局のキャラクターに採用されたことがある。 |
| 10月に研音と契約する。 |
| ポリグラムから発売された「星に願いを」は江角マキコ等が出演するフジテレビ系テレビドラマ『こんな私に誰がした』の主題歌に起用される。 |
| ラジオ番組『相馬裕子のCHEERS!!』をスタートさせ、番組内で企画された相馬本人自筆の新聞『週刊HIROKO』はFAXボードで全国で取り寄せられるものであった。 |
| このサービスが画期的だったため、地方FMからの発信にも関わらず全国的な人気を博し、次第に相馬の活動を支える軸となった。 |
| 沢田聖子が所属するSMC(ShokoMusicCompany)に移籍(事務代行が目的で、「客分」としての扱い)。 |
| SKYPerfecTV!のテレビドラマ『進歩と調和』で、病気がちな妻・泉ヒロコを好演。 |
| 女優としての一面も見せる。 |
| 3月に公式ホームページを公開する。 |
| 自主的に立ち上げたレーベルWoodよりアルバム『delight』を発売し、今までの作品に無い独自の世界を表現。 |
| 『相馬裕子のCHEERS!!』の296回目の放送では、相馬本人が虫垂炎手術のため、今野登茂子が代役を務めた。 |
| 10月に『相馬裕子のCHEERS!!』の10周年イベントを開催する。 |
| 11月にホームページをリニューアルする。 |
| 1月にK-MIXで本人編集の「月刊HIROKO」がポッドキャスティングでスタートし、同時にデビュー15周年のアルバム『Adam』を制作する。 |
| また、発表した全アルバムを月毎で歌い尽くすライブ『相馬図鑑』も名古屋・関西・東京で始める。 |
| 4月から『相馬裕子のCHEERS!!』がポッドキャスティングに登場した。 |
| 5月からSKYPerfecTV!のテレビ番組『I'mHere』のナビゲーターを担当する。 |