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プロフィール
- 真島昌利とは
- 概要
- 来歴
- シングル
- アルバム
- ビデオ
- DVD
- 楽曲提供
- ソロでのTV出演
概要
| ギター演奏はチャック・ベリーやローリング・ストーンズのキース・リチャーズに影響を受け、ソングライターとして相棒の甲本ヒロトと共に多くのヒット曲を手がけている。 |
| 特に詞に関しては、シンプルな言葉を使いながら、奥の深い表現を醸し出し、独特の世界観を表現している。 |
| 「チェインギャング」に代表されるメランコリーな世界と、ソロ・デビュー・アルバム、『夏のぬけがら』に代表されるノスタルジーな世界が、真島の世界観を構成している。 |
| THE HIGH-LOWS以降は、シュールな歌詞が多くなっている。 |
| また、放送禁止用語が歌詞の中に含まれていることがあり、『終わらない歌』では歌詞が一部削除され、歌詞を聴き取りにくくするよう処理されている。 |
| 「ガタガタゴー」でも同じく歌詞を削除され、該当部分にはノイズが入っている(ただしライヴ盤では無修正)。 |
| ブルーハーツ、ハイロウズで作詞・作曲を手がけた主な曲には、「ハンマー」や「チェインギャング」「TRAIN-TRAIN」「未来は僕等の手の中」「青空」「夢」「1000のバイオリン」「相談天国」「青春」などがある。 |
| また、自分の趣味や好物、育った地域がモチーフになった曲も多い。 |
| 野球が好き→「ホームラン」「夏の朝にキャッチボールを」、カレーが好き→「カレーライスにゃかなわない」「カレーうどん」、夏が好き→「夏が来て僕等」「夏なんだな」、バイクが好き→「風のオートバイ」「オートバイ」「オートバイと皮ジャンパーとカレー」、多摩地区が好き→「花小金井ブレイクタウン」「真夜中過ぎの中央線」「多摩川ビール」など。 |
| バンドではギターだけでなくヴォーカルを担当することもある(THE BLUE HEARTSの頃は一つのアルバムに大抵1曲、多くて2曲ほど収録されていたが、THE HIGH-LOWSではアルバムに入っているかいないかくらいであり、クロマニヨンズでは2011年現在1曲もない)。 |
| ソロではサックス、オートハープをこなすなどギター以外の楽器もこなすが、口笛は苦手である。 |
| 「荒野はるかに」のイントロで口笛を吹くというアイディアを提案し実行するが、いくら吹いてもスースーと音を立てるのみに終わり結局、甲本ヒロトが担当した。 |
| ピッキングスタイルは、中指と親指でピックを持って弾く。 |
| 現在「GRETSCHG6138ボ・ディドリーシグネイチャーモデルエレキギター」を愛用しているが、詳細は不明。 |
| 他のギターも使用している。 |
| トレードマークともいえるバンダナは、キースに影響を受けたものである。 |
| ブルーハーツを結成して間もない頃、汗が垂れてこないようにと巻き始めた。 |
| ちなみに、ブレイカーズ時代の髪型はオールバック。 |
| ハイロウズ活動休止発表後の一時期、モヒカンにしていたこともある。 |
| ブルーハーツのメジャーデビュー直後に良く着用していた夕刊フジのエルビス・プレスリー死亡時の1面記事、中原中也の「宿酔」の詩の一部がプリントされたTシャツは、特注で作成してもらったもの。 |
| ただし真島は、雑誌のインタビューで「(作成した)友達が金に困ってて原宿の店とかに卸しちゃった。 |
| 」と語っており、一般に出回った可能性もあるとのこと。 |
| 「ダウンタウンのごっつええ感じ」「笑う犬の生活」に出演したことがある。 |
| かつては喫煙者で、雑誌のインタビューの写真、楽屋や移動時の映像等では煙草を咥えてることが多かったが、{{要出典範囲|date=2010年9月|現在は禁煙している。 |
来歴
| 1965年、それまで住んでいた池袋から花小金井に引っ越す。 |
| 1974年、友達の家でビートルズのレコードを初めて聴いたのがきっかけで、ギターを始める。 |
| モーリスの1万円のフォークギターを購入。 |
| 1975年4月13日、秋葉原で初めてエレキギター(グレコEG480レスポール・モデル)を購入。 |
| 日付まで覚えている理由は、ギターを買いにいく際、友人を誘うと「今日はキャロルの解散コンサートに行くからダメだ」と断られ、結局父親に付き合って貰ったというエピソードから、ちなみに秋葉原でエレキギターを購入したのは、エレキギター=電気製品、電気製品=秋葉原という考えがあったからとのこと。 |
| 1976年、中学校の文化祭で、人前で初めて演奏。 |
| 池袋の西武百貨店が開催したアマチュア・バンド・コンテストに、ジョニー&スリー・クール・キャッツというバンドを組んで出場。 |
| 真島は、ボーカル&リズムギターを担当。 |
| コピーを2曲演奏したが、バンドはこの日のライブ1回のみで解散する。 |
| 1980年、東京都立久留米西高等学校を卒業後(同級生に宙也がいた)、地元でバンド、THE BREAKERSを結成。 |
| 1985年1月25日、THE BREAKERSを解散。 |
| 1985年2月、ほぼ同時期にザ・コーツを解散していた甲本の楽曲やパフォーマンスに、後に「僕、ヒロトのファンだった」と語るほど衝撃を受けていた真島は、当時、甲本が住んでいた笹塚の廃屋(工場跡)でのパーティーの際、バンド結成をもちかけ、1985年にTHE BLUE HEARTSを結成した。 |
| その後、真島もギターと家財道具を持って工場跡に引っ越す。 |
| なお、ブレイカーズ時代、原宿の歩行者天国で甲本と河口純之助とでセッション・バンド(ラモーンズのコピー)をやったことがあり、面識は以前からあった。 |
| 1987年に、「リンダリンダ」でTHE BLUE HEARTSはメジャー・デビュー。 |
| その後も、「TRAIN-TRAIN」「情熱の薔薇」などがヒットし、日本を代表するバンドの中心メンバーとして人気を集める。 |
| 1989年、ソロ・デビュー。 |
| 1994年までの間に、計4作のソロ・アルバムをリリースする。 |
| 1995年のTHE BLUE HEARTSの解散後、同年、甲本と新バンド、THE HIGH-LOWSを結成。 |
| 2005年に、THE HIGH-LOWSの活動休止を発表。 |
| その後、甲本のソロ・シングル製作に参加。 |
| 2006年、再び甲本と共に新バンド、ザ・クロマニヨンズを立ち上げる。 |
| 現在も精力的な活動を行っている。 |
シングル
| アンダルシアに憧れてc/wドクターペッパーの夢1989/10/21。 |
| オーロラの夜c/w真夜中過ぎの中央線1991/03/21。 |
| 夜空の星くずc/wバラ色の人生/うな重1991/08/21。 |
| GO!GO!ヘドロマンc/w踊り踊れば1992/10/01。 |
| 俺は政治家だc/wIFOUGHTTHELAW1993/01/21。 |
| カレーライスにゃかなわないc/w空席(version2)1994/10/21。 |
アルバム
| 夏のぬけがら1989/11/21。 |
| HAPPYSONGS1991/04/10。 |
| RAWLIFE1992/11/01。 |
| タイトル曲『RAWLIFE』間奏部分のあえぎ声は、AV女優・野坂なつみのもの。 |
| 人にはそれぞれ事情がある1994/10/21。 |
| リリース直前まで「月のウサギ,太陽のカラス」というアルバムタイトルだった。 |
| RAWLIFE-Revisited-2007/04/25。 |
ビデオ
| 真島昌利LIVEAnotherSummer1991/11/21。 |
| RAWLIVE1993/06/21。 |
| 2ndRated1995/09/01※ビデオ・クリップ集。 |
DVD
| RAWLIVE/2ndRated2007/04/25。 |
| LiveAnotherSummer2007/05/23。 |
楽曲提供
| :小山卓治「煙突のある街」-作詞・作曲(自身もセルフカヴァーしている)。 |
| :桑田りん「まぼろし」「素敵なBEATTIME」「ぼくら」「100年たっても」「世界中の時計を止めてしまいたい夜」「踊ってよスマイリー」「ANGEL」-作詞・作曲。 |
| :近藤真彦「アンダルシアに憧れて」-作詞・作曲(ブレイカーズ時代の曲のちにソロでセルフカヴァー)。 |
| :PEACEBIRDSALL-STARS「正義の味方」-作詞のみ(HIROSHIMA'89のテーマ曲)。 |
| :小山卓治「DANCEを踊ろうSha-La-La-La」-作詞・作曲。 |
| :川村かおり「夏の朝にキャッチボールを」-作詞・作曲(ザ・ハイロウズでセルフカヴァーしている)。 |
| :江口洋介「お金」「LOVEMAN」-作詞・作曲。 |
| :ロンドンブーツ1号2号「岬」-作詞・作曲。 |
| :三宅伸治プロジェクト「☆ロックンロール・プラネット☆」-作詞のみ。 |
| :間寛平「天国野郎」「コスモス」-作詞・作曲(歌詞・題名を変え、ザ・ハイロウズでセルフカヴァー)。 |
| :NOPLAN「大丈夫」-作詞・作曲。 |
| :AAA「ハリケーン・リリ、ボストン・マリ」-作詞・作曲。 |
| :松たか子「ずっと」-作詞・作曲。 |
| :ザ・コレクターズ「スタールースター」-作詞・作曲。 |
| :中ノ森BAND「雪」-作詞・作曲。 |
| :柳田久美子「アゲハチョウ」-作詞・作曲。 |
| :PUFFY「はやいクルマ」「はさんじゃうぜ」-作詞・作曲(「はさんじゃうぜ」はクロマニヨンズでセルフカバー)。 |
| :つるの剛士「死ぬまで夢を見る男」-作詞・作曲。 |
ソロでのTV出演
| 「アンダルシアに憧れて」「夜空の星くず」-小室等のアコギな奏談。 |
| 「俺は政治家だ」-ミュージックステーション。 |
| 「GO!GO!ヘドロマン」-スーパージョッキー。 |
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1962年
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真島 昌利(ましま まさとし)は、ロックバン... |
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1965年
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それまで住んでいた池袋から花小金井に引っ越す |
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投票数
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つながりの強いひと
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甲本ヒロト
岡山県岡山市出身のロックミュージシャンである。身長174cm。血液型はO型。俳優の甲本雅裕は実弟。HAPPYSONG副社長。既婚。 |
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ザ・クロマニヨンズ
甲本ヒロト、真島昌利を中心に2006年7月に結成したロックバンド。当初はバンド名以外ベールに包まれていたが、同月に行われたFM802MEETTHEWORLDBEAT2006で出... |
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佐久間正英
東京都出身のミュージシャン、音楽プロデューサー。アレンジャー、ギタリスト、キーボーディスト、ベーシスト。東京都立杉並高等学校を経て和光大学人文学部... |
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河口純之助
日本のミュージシャンであり音楽プロデューサー。幸福実現党宣伝局長代理。元THE BLUE HEARTSのベーシスト。東京都世田谷区出身。東京都立桜町高等学校卒。既... |
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小林勝
東京都出身のベーシスト。血液型O型。既婚。:SOYSAUCESONIX~SADS~tower~nil・ザ・クロマニヨンズ現在nilとザ・クロマニヨンズに所属しベースを担当。愛称... |
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桐田勝治
大阪府大阪市出身のドラマー。血液型はA型。1987年にGargoyleに加入。アニメタル、VOLCANO、2006年からザ・クロマニヨンズでサポートメンバーを兼ね、ドラム... |
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篠原太郎
一部のファンから「ダンシング篠原」と呼ばれている。 ブレイカーズ解散後の85年、ブルーハーツのオープニングアクトとして、真島と二人でホリー・バーバリ... |
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小山卓治
作品提供
日本の歌手。熊本県出身。1983年にCBSソニーからデビュー。その後もソニーに所属していたが1995年のアルバム『Rocks!』以降インディーズとして活動している。... |
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梶原徹也
福岡県福岡市出身のドラマーであり音楽プロデューサー。通称「梶くん」大分県立大分上野丘高等学校、高千穂商科大学卒業。既婚。 |
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川村かおり
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川村かおり(かわむら かおり)
誕生日: 1971年1月23日
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身長: cm
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スリーサイズ(B/W/H): //
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出身地:
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家... |
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ザ・ブルーハーツ
TOP > ザ・ブルーハーツ > プロフィール 個人情報保護方針 THE BLUE HEARTS / ザ・ブルーハーツ THE BLUE HEARTS
●甲本ヒロト(ボーカル)
1963年3月1... |
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白井幹夫
日本初のダイブキーボード奏者。ロックバンドめんたんぴんに在籍し、浅川マキ、南正人&RIVERのバックメンバーとしても参加。その後、THE BLUE HEARTSのサ... |
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浅川マキ
日本の歌手、作詞家、作曲家、編曲家。淺川マキと綴られることもある。 |
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チェインギャング
作品提供
Chain☆Gang(チェインギャング) [ インディーズで解散 ] [ 削除候補 ] [ バンド/未整理 ] リンク オフィシャルサイト オフィシャルサイト(旧) 情... |
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三宅伸治
日本のミュージシャン、ギタリスト、ボーカリスト。宮崎県出身。様々なブルースマンに影響を受け、音楽活動を開始。スリーピースバンドMOJO CLUBでデビュー後... |
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真島昌利さんについてのひとこと紹介
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