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プロフィール
- 真弓明信とは
- アマチュア時代
- 阪神時代
- 解説者・コーチ時代
- 監督時代
- プレースタイル
- 年度別打撃成績
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 過去の出演番組
- 出演CM
- 著書
- 書籍
- ディスコグラフィ
- 関連項目
- 外部リンク
- 関連サイト
真弓明信(まゆみあきのぶ、1953年7月12日-)は、福岡県大牟田市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。引退後は野球解説者、コーチを経て、2009年から阪神タイガースの監督を務めている。史上最強の一番打者と言われている。愛称は「ジョー」。アメリカに野球留学した際、アメリカ人にとって「Mayumi」は発音しづらいことから「Joe」が定着したという。『あしたのジョー』とは全く関係ないことを自著で述べている。
アマチュア時代
| 熊本県玉名郡南関町生まれだが、小学3年生の時に福岡県大牟田市へ転居。 |
| 小学6年生の時に、同じ社宅に暮らす原貢(後に読売ジャイアンツに入団する原辰徳の父)が監督を務める三池工業高校が夏の甲子園で優勝し、その優勝パレードに感動したことがきっかけで野球選手を志すようになったhttp://www.joe72.jp/profile/profile03.html。 |
| 柳川商業高校では若菜嘉晴と同期だった。 |
| 若菜は高卒で地元の福岡に本拠地を置く西鉄ライオンズに入団し、真弓は社会人野球の電電九州に進んだ。 |
| 1972年のドラフト会議で西鉄改め太平洋クラブに3位指名されプロ入りし、再び若菜とチームメイトになった。 |
阪神時代
| 1988年、個人事務所として「有限会社オフィス眞弓」を設立。 |
解説者・コーチ時代
| 現役引退後は朝日放送・サンテレビの野球解説者、日刊スポーツ野球評論家を務めた。 |
監督時代
| 就任1年目のに、盤石のリリーフ陣「JFK」の一角として活躍した久保田智之の先発転向、新井貴浩の一塁からのコンバート、今岡誠のファーストコンバート、ケビン・メンチの右翼手固定を行ったが、成績は上向かず、自身の誕生日でもある7月12日に自力優勝の可能性がなくなった。 |
| しかし、シーズン途中に入団したクレイグ・ブラゼルの活躍、後半戦は鳥谷敬、新井の復調などもあり、8カード連続で勝ち越すなど順調に勝ち星を重ね、東京ヤクルトスワローズの失速もあり猛烈な3位争いを繰り広げた。 |
| しかし結局、最終戦(10月9日)でヤクルトに敗れ4位となりクライマックスシリーズ出場はならなかった。 |
| ここぞと思う場面では惜しみなく代打や代走を起用する傾向がある。 |
| その反面、不測の事態が起こった場合の対応に苦心することもあった。 |
| 2010年9月9日の試合で、延長10回裏にブラゼルの退場処分によって野手を使い切ったために交代する野手がいないという緊急事態が起こり、投手の西村憲を外野手として起用。 |
| なんとか引き分けに抑えた。 |
| 投手采配はすべて投手コーチの久保康生に任せている。 |
プレースタイル
| 初球を打って本塁打・長打になることが多かった。 |
| 初回先頭打者本塁打を通算41本打っており、福本豊に次ぐ歴代2位の記録を持っている。 |
| 堅守・俊足の選手でもあり、史上初めて3つの異なるポジション(遊撃手・二塁手・外野手)でベストナインを受賞している。 |
| また、ライトゴロも記録している。 |
| また、三塁や一塁の守備経験もあることから、ユーティリティプレイヤーの素質も兼ね備えていた。 |
| プロ入り当初は主に守備固めとして、全盛期は中軸打者、後年は代打の切り札と様々な出場条件にもかかわらず、その全てで結果を出せる実力と人気を兼ね備えた選手であった。 |
| しかし怪我もやや多く、ライオンズ時代の1978年から11年連続規定打席に達していたが、欠場が一桁にとどまったシーズンは4シーズンだった。 |
| ヒッティングマーチ(応援歌)の原曲は「ミッキーマウスマーチ」で、代打の時は、1度しかない打席でファンがヒッティングマーチで楽しんでほしいという意図から、真弓はコールされてから打席に入るまでの時間を遅くし、初球にも手を出さなかった。 |
| 1980年代後半頃は、真弓の打席で外野スタンドのファンがこの曲に合わせて「真弓、真弓、ホームラン」と歌いながら1列になって左右に移動する光景が見られた。 |
| この動きは真弓ダンスと呼ばれたが、このダンスで甲子園の外野スタンド自体がわずかながら揺れていることが明らかになり、スタンドが老朽化していたこともあってこのダンスは自粛されることになった。 |
| なお、同時期に中日ドラゴンズに在籍したケン・モッカの応援歌にもこの曲が使用されていた。 |
年度別打撃成績
| 各年度の太字はリーグ最高。 |
| 太平洋(太平洋クラブライオンズ)は、1977年にクラウン(クラウンライターライオンズ)に球団名を変更。 |
表彰
| ベストナイン:3回(1978年、1983年、1985年)。 |
| 日本シリーズ優秀選手賞:1回(1985年)。 |
| 月間MVP:1回(1985年9月)。 |
記録
| サイクルヒット:1回(1979年5月20日、対中日ドラゴンズ戦、ナゴヤ球場)※史上31人目。 |
| 通算初回先頭打者本塁打:41本(表24本、裏17本)※歴代2位。 |
| セ・リーグ通算初回先頭打者本塁打:38本(表21本、裏17本)※セ・リーグ記録。 |
| 5試合連続本塁打:2回(1980年6月25日-7月6日、1986年7月1日-7月6日)。 |
| シーズン代打打点:30(1994年)※日本記録。 |
| オールスターゲーム出場:9回(1978年、1980年-1982年、1985年-1988年、1991年)。 |
| 通算1,000試合出場:1984年6月28日(247人目)。 |
背番号
| 2(1973年)。 |
| 42(1974年-1978年)。 |
| 7(1979年-1995年)。 |
| 75(2000年-2004年)。 |
| 72(2009年-)。 |
過去の出演番組
| スーパーベースボール(ABCテレビ・テレビ朝日系列)。 |
| 探偵!ナイトスクープ(ABCテレビ、顧問として)。 |
| 忍者返し水の城宇都宮釣り天井の謎(テレビ朝日、俳優として出演、1996年4月30日)。 |
| おはよう朝日です(ABCテレビ、木曜スポーツコーナー担当、木曜6:45-7:58 2008年1月-10月)。 |
| 以前は「おはよう朝日土曜日です(土曜版)」のスポーツコメンテーターも担当していた。 |
| 元気イチバン!!ぶっちぎりプレイボール(ABCラジオ、水曜17:30-17:55 2008年4月-10月)。 |
| ABCフレッシュアップベースボール(ABCラジオ)。 |
| 真弓明信の思いっきりゴルフ(サンテレビ)。 |
| 江連忠のGRADE.GOLF(サンテレビ):プロゴルファー江連忠と共演。 |
| 熱血!!タイガース党(サンテレビ):1999年の党首=総合司会を担当。 |
| サンテレビボックス席(サンテレビ)。 |
出演CM
| ;現在の出演CM。 |
| 阪神電気鉄道:阪神なんば線。 |
| ;過去の出演CM。 |
| 東光リミー・ドルチェマルガリータ(ゴルフウェア)。 |
| オートバックス(掛布雅之と共演、阪神選手時代)。 |
| ヤマトインターナショナル「クロコダイルウェア」(当時の阪神主力選手たちと共演)。 |
著書
| 『熱球悲願“ジョー”の野球讃歌』(恒文社、1983年)ISBN4770405189。 |
| 『猛虎は死なず』(ベースボール・マガジン社、1991年)ISBN4583029497。 |
| 『タイガースに捧ぐ』(ザ・マサダ、1996年)ISBN4915977242。 |
| 『新装版猛虎は死なず』(ベースボール・マガジン社、2009年)ISBN9784583101590。 |
書籍
| 本多史泰著『Goodbye!真弓明信:1995年のピリオド.』(一番出版、1996年)ISBN4795216371。 |
ディスコグラフィ
| 男の夢(1985年)。 |
| 愛はふたたび(1985年、村尾亜紀とデュエット)。 |
関連項目
| 福岡県出身の人物一覧。 |
| 埼玉西武ライオンズの選手一覧。 |
| 日本人のマイナーリーグ選手一覧。 |
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1953年
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真弓 明信(まゆみ あきのぶ)は、福岡県大牟... |
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1979年
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サイクルヒット:1回(対中日ドラゴンズ戦、... |
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