| 2002年のドラフトで國學院大學から6巡目指名で読売ジャイアンツに入団。 |
| 不動のセンターだった松井秀喜のFA移籍のため、ルーキーイヤーの2003年からキャンプに帯同。 |
| オープン戦では4順目の長田昌浩とともにヒットを放つが、ペナントでは活躍できず。 |
| 2004年にプロ入り初ヒット・初ホームランを記録、2005年のシーズンは主に2番打者として85試合、主に右翼手・中堅手として出場。 |
| 打率2割8分、7本塁打の成績を残し、飛躍の年となった。 |
| 7本塁打のうち4本を横浜ベイスターズの土肥義弘から打ったことで土肥キラーとして話題になった。 |
| 2003年のシーズン終了後に結婚し、2005年の抱負(球団公式サイトの |
| 2006年は、4月終了時点でセ・リーグの打率ランキングで2位に付け、秋季キャンプで課題となっていたスローイングも補正され、ランナーを刺す場面も多くなり、とくに高橋由伸のセンターコンバートで空いた右翼手の守備に適性を見せる。 |
| 6月12日に左足小指の骨折が判明し、登録を抹消される。 |
| 7月11日の札幌ドーム対横浜ベイスターズ戦で1軍復帰スタメン出場。 |
| 7月16日の対東京ヤクルトスワローズ戦で高津臣吾から決勝点となるシーズン第6号ホームランを放ち、試合後のお立ち台では「この勢いで甲子園(対阪神タイガース3連戦)でも3つ取って来ます!」と話した(なお、同3連戦の結果は雨天中止・雨天中止・敗戦だった)。 |
| その後は故障の影響などもあり徐々に成績が下降したが、11盗塁、18二塁打と機動力がある事もアピールした。 |
| シーズン終了後には秋季キャンプを辞退し、ボルト除去手術を受けた。 |
| 2007年は成績次第ではライバルにもなるとも思われた高橋由伸の初球開幕本塁打、谷佳知の完全復活により代打起用でシーズンを迎える。 |
| 開幕13試合目にスタメン起用されるとようやく初ヒットを放ち、以後徐々に復調すると、中堅手としてデーモン・ホリンズや鈴木尚広と併用されたが、矢野がセンター守備に不慣れな面を見せたことから、「(原辰徳監督曰く)攻撃と守備のバランスが取れた」ホリンズがスタメン起用され、矢野が代打中心に起用されることになる。 |
| しかし、これがこの年の矢野に数々のエピソード(後述)を残すこととなった。 |
| 終盤戦で不調の谷に替わり数試合スタメン出場したものの、(いわゆる1打席に集中した「代打のバッティング」に特化していたのか)19打席ノーヒット。 |
| 再び代打に戻るも、代打成績も落ちこむという悪循環に陥ってしまい、クライマックスシリーズでも目立った活躍もなくスタメンを奪取するには及ばず。 |
| めぐり合わせの悪い1年となってしまったが、シーズンわずか46安打で二塁打14、三塁打2、本塁打7を記録。 |
| 序盤と終盤の不振もあったものの、シーズン出塁率.354、長打率.538という主軸打者に匹敵する数字を残した。 |
| 秋季キャンプでは脇谷亮太と共に強化選手に選ばれ、2008年オフは仁志敏久にスローイングなど外野守備を師事。 |
| さらに大学の先輩である渡辺俊介らと行った初の海外(グアム)での自主トレでは、1日10時間トレを実行しており、いかに外野のレギュラーを奪取したいかが現れていた。 |
| 2008年シーズン開幕前に右ひじ関節の炎症と診断されたが、何日経っても痛みがひかないため数日後再検査に行ったところ、右ひじの疲労骨折と診断された。 |
| 6月に1軍昇格するが、故障が再発し数日で2軍降格。 |
| 9月に2軍戦復帰するが、フェニックスリーグで左膝を負傷し、その後手術に踏み切る。 |
| ケガに泣いた1年となった。 |
| この年は3試合の出場にとどまり5打数で0安打だった。 |
| 2009年、前年の膝の手術の影響(リハビリ)で、7月までは試合には未出場だったが、8月6日のイースタン公式戦(東京ドーム)で、4番指名打者で実戦復帰し、復帰初打席でしぶとくレフト前にタイムリーヒットを放ち、復帰後初打席初安打初打点を記録した。 |
| その後は、8月11日のイースタン公式戦で、復帰後初ホームランを放つなど、活躍している。 |
| 原監督は「後半戦は矢野がキーマン。 |
| 矢野が上がってくれれば心強い」と話し、2軍監督の岡崎監督は8月6日の復帰戦で「もう矢野を壊したくないんだ」「これから10年は巨人を引っ張っていく選手」「あれだけのリハビリに耐えてきた」と、矢野に対する熱い思いを語った。 |
| 2軍成績は24試合に出場して58打数17安打1本塁打5打点、打率は.293。 |
| 1軍はジャイアンツのリーグ優勝後のシーズン終盤に昇格しただけで前年の3試合の出場に引き続き6試合の出場にとどまり9打数で1安打だった。 |
| 2010年5月9日の対横浜戦でスタメン出場を果たし、タイムリー二塁打を放ち、3年ぶりとなる打点を記録。 |
| 同年5月13日の対西武戦でもスタメン出場し、タイムリー二塁打を含む2安打2四球の4打席全出塁で勝利に貢献。 |
| 試合後のヒーローインタビューではインタビュアーのマイクを奪い取り「ただいま!」と絶叫し、ファンの喝采を浴びた。 |
| シーズン終盤に代打の切り札として1軍に昇格後は、ヒットを重ね代打のみならず2番でのスタメンなどとフル回転し、最終的に42試合で74打数と少ないながらも自身初のシーズン打率3割を達成した。 |