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プロフィール
- 石井琢朗とは
- 野手転向まで
- 野手転向後
- 成績の低迷、移籍へ
- 広島移籍後
- 人物
- 年度別打撃成績
- 年度別守備成績
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 関連サイト
石井琢朗(いしいたくろう、本名:石井忠徳(いしいただのり)、1970年8月25日-)は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手(内野手)。栃木県佐野市出身。日本プロ野球での遊撃手最多試合出場記録保持者(2010年現在)。
野手転向まで
| 小学校3年生から野球を始める。 |
| プロへ進むには強豪高に入って甲子園に出場することが近道と考え |
| 2年時に夏の甲子園に投手として出場。 |
| 3年時には投手としての自信をなくしプロ入りを諦めて東洋大学への進学を考えていたが、スカウトの江尻亮に見出されにドラフト外で横浜大洋ホエールズに入団した |
| 1年目の1989年4月13日、広島東洋カープ戦で一軍初登板。 |
| 同年10月10日のヤクルト戦で初先発初勝利を挙げる。 |
| その後二軍では好投するものの一軍で結果を残せず、また高校時代に行っていた打撃・走塁練習がプロでは投手のためできないこともあり、3年目のオフに須藤豊監督に野手転向を申し出、一度は拒絶されたものの最終的に認められた。 |
野手転向後
| 翌年のから内野手に転向し、同時に登録名を石井琢朗に変更。 |
| シーズン後半には転向1年目にして清水義之から三塁手の定位置を奪った。 |
| にチーム名が横浜ベイスターズに変更されたのを機に背番号を0に変更。 |
| 2番・三塁手として完全定着。 |
| 盗塁王とゴールデングラブ賞三塁手部門のタイトルを獲得した。 |
| には背番号を5に変更した。 |
| はオールスターゲーム初出場。 |
| オールスターにはその後、から5年連続出場することになった。 |
| は新監督に就任した大矢明彦の内野コンバートにより、進藤達哉との入れ替えで三塁手から遊撃手に転向した。 |
| は波留敏夫と入れ替わりで2番打者から1番に定着。 |
| 守備ではベストナイン遊撃手部門獲得。 |
| まで5年連続で獲得する事になる。 |
| はマシンガン打線の1番打者としてチーム38年ぶりのリーグ優勝、日本一に貢献。 |
| ペナントレースでは、初の最多安打と2度目の盗塁王を獲得し、4度目のゴールデングラブ賞を受賞。 |
| 同年の日本シリーズでは優秀選手に選ばれた。 |
| 103得点で松井秀喜と並んで最多得点を獲得(これは球団創設49年目にして球団初)。 |
| には通算1000本安打・1000試合達成・200盗塁達成。 |
| このうち、7月15日の阪神タイガース戦で記録した1000本安打は勝利投手の経験がある選手として史上10人目であった2000ベースボール・レコード・ブック。 |
| ベースボールマガジン社52頁「1999年度の主な記録と出来事」より。 |
| 7月22日の対ヤクルトスワローズ戦で、1試合最多得点のセ・リーグ新記録となる6得点を記録、自身初の一試合2本塁打も記録した。 |
| には2度目の最多安打を記録した。 |
成績の低迷、移籍へ
| 2008年11月29日、自費で横浜スタジアムを貸し切り、ファンへの感謝を表すイベントを開催した。 |
| 主催者発表によるとファン3500人が参加し、オークションではユニフォームが20万円以上の値で落札された。 |
| また本人は「これを区切りにして、広島で優勝できるよう頑張りたい」とコメントした。 |
広島移籍後
| 広島1年目のは開幕一軍でスタート。 |
| 本職の遊撃手の他に守備固めでの三塁手起用もされる。 |
| 7月4日対横浜7回戦にて、横浜スタジアムで通算100本塁打達成。 |
| 2202試合目での達成は出場試合数で史上最遅の記録従来の記録は東映・毒島章一の1773試合。 |
| またプロ在籍年数ではヤクルト・八重樫幸雄と並ぶ21年目で、最遅タイ。 |
| 7月17日の対横浜戦では、吉田義男(阪神)を抜き日本歴代最多となる遊撃手としての通算1731試合出場を達成。 |
| シーズン前半は梵英心、後半は小窪哲也と併用され出場機会と打撃成績は前年を下回ったが、一年を通して一軍でプレーした。 |
人物
| 登録名の琢朗は野手に転向する際に大成する字画を高校の先輩が考えて付けたもの。 |
| 字画を整えるため本来は正字の琢(旁部分に点が打たれている)を使うのが正しいが、パソコン等で表示されないため新字で代用されることが多い。 |
| 2006年の正月、当時のチームメイトだった古木克明から「石井豚朗」と書き間違えた年賀状を送られたという。 |
| また過去には、打席に立ったときに野次を飛ばすファンから「豚朗」と叫ばれ続けられたことに怒りが収まらず三振を喫したこともある。 |
| なお、母からは「たーちゃん」と呼ばれている。 |
| 1997年には同姓の石井義人がベイスターズに入団してきたため背ネーム表記がT.ISHII、報道やスコアボードでの表記が石井琢、アナウンスがフルネームとなり名前もよく知られるようになった。 |
| 2003年には石井義人が移籍したため報道などでは「石井」表記に戻ったが、その他はそのままとしており(2002年には石井浩郎もベイスターズに所属)、これは広島移籍後も続いている。 |
| ただし入団会見時は背ネーム表記が「ISHII」だった。 |
| ヒット1本につき1万円を積み立て、シーズン後に福祉関連先に寄付したり、横浜市内のこども医療センターに絵本を毎月寄贈したり、横浜スタジアムの石井琢朗シートを市社会福祉協議会へ寄付したりするなど、チャリティー活動にも積極的である。 |
| 2008年3月9日付朝日新聞に、出身地である栃木県佐野市の佐野松陽高校の生徒がいもフライをつかって町おこしに取り組んでるとの記事が紹介された。 |
| これに石井本人も一役買おうと意気込み、球団に働きかけた結果横浜スタジアム内レストランにて5月14日より販売が実現した。 |
| シーズン終了後にこのいもフライの売上金の一部が佐野市に寄付された。 |
| 広島に移籍後の2009年にはMAZDAZoom-Zoomスタジアムの売店にて石井琢朗プロデュースとして販売され人気を博している。 |
| 横浜時代の応援歌が親しみやすく人気があったため、横浜応援団の計らいもありカープへの移籍後も広島応援団が引き続き使用している。 |
| 移籍後の横浜スタジアムでの試合では、石井が打席に立つ際に横浜ファンも応援に参加し、球場全体から大声援が送られるという光景が見られた。 |
| 広島へ移籍後、横浜スタジアムでの対横浜戦にて通算100号本塁打を達成したが、この時は両スタンドから賞賛の拍手と歓声が送られた。 |
| 1996年にアイドルグループCoCoの元メンバー瀬能あづさと結婚したが、2000年に離婚。 |
| その後元フジテレビアナウンサーの荒瀬詩織と再婚し、2002年7月に長女、2005年8月に二女が誕生した。 |
| 前妻瀬能との間に子供はいない。 |
| 道具を大切に扱う(ミズノとアドバイザリー契約)。 |
| また、酒はほとんど飲めない。 |
年度別打撃成績
| 大洋(横浜大洋ホエールズ)は、1993年に横浜(横浜ベイスターズ)に球団名を変更。 |
タイトル
| 盗塁王:4回(1993年、1998年、1999年、2000年)。 |
| 最多安打:2回(1998年、2001年)。 |
表彰
| ベストナイン:5回(遊撃手部門=1997年-2001年)。 |
| ゴールデングラブ賞:4回(三塁手部門=1993年-1995年、遊撃手部門=1998年)。 |
| 日本シリーズ優秀選手賞:1回(1998年)。 |
記録
| 初登板:1989年4月13日、対広島東洋カープ3回戦(横浜スタジアム)、4回表に救援登板、1回1失点。 |
| 初奪三振:同上、4回表に白武佳久から。 |
| 初先発・初勝利:1989年10月10日、対ヤクルトスワローズ25回戦(明治神宮野球場)、8回1/3を3失点(自責点1)。 |
| 初出場:投手記録の初登板の項を参照。 |
| 初先発出場:投手記録の初先発の項を参照。 |
| 初安打:1989年10月10日、対ヤクルトスワローズ25回戦(明治神宮野球場)、3回表に加藤博人から中前安打。 |
| 初得点:1989年10月16日、対阪神タイガース26回戦(阪神甲子園球場)、3回表に記録。 |
| 初打点:1992年4月18日、対ヤクルトスワローズ2回戦(横浜スタジアム)、4回裏に高津臣吾から。 |
| 初盗塁:1992年5月10日、対読売ジャイアンツ8回戦(横浜スタジアム)、1回裏に二盗(投手:チャック・ケアリー、捕手:村田真一)。 |
| 初本塁打:1992年7月26日、対広島東洋カープ18回戦(横浜スタジアム)、1回裏に北別府学から。 |
| 1000本安打:1999年7月15日、対阪神タイガース16回戦(阪神甲子園球場)、2回表に山崎一玄から ※史上196人目。 |
| 1000試合出場:1999年10月15日、対ヤクルトスワローズ27回戦(横浜スタジアム)、1番・遊撃手として先発出場 ※史上354人目。 |
| 1500本安打:2002年8月22日、対読売ジャイアンツ21回戦(東京ドーム)、4回表に入来祐作からソロ ※史上83人目。 |
| 200犠打:2003年7月8日、対中日ドラゴンズ14回戦(ナゴヤドーム)、1回表に野口茂樹から ※史上24人目。 |
| 300盗塁:2003年8月6日、対読売ジャイアンツ22回戦(東京ドーム)、7回表に二盗(投手:コリー・ベイリー、捕手:阿部慎之助)。 |
| 1500試合出場:2003年8月27日、対広島東洋カープ20回戦(横浜スタジアム)、2番・遊撃手として先発出場 ※史上140人目。 |
| 1000得点:2005年4月5日、対読売ジャイアンツ1回戦(横浜スタジアム)、1回裏に金城龍彦の左前適時打で生還 ※史上31人目。 |
| 1000三振:2006年5月2日、対中日ドラゴンズ3回戦(ナゴヤドーム)、4回表に川上憲伸から ※史上38人目。 |
| 2000本安打:2006年5月11日、対東北楽天ゴールデンイーグルス3回戦(横浜スタジアム)、1回裏に愛敬尚史から中前安打 ※史上34人目。 |
| 350盗塁:2007年5月13日、対広島東洋カープ9回戦(横浜スタジアム)、1回裏に二盗(投手:黒田博樹、捕手:石原慶幸) ※史上15人目。 |
| 2000試合出場:2007年6月13日、対北海道日本ハムファイターズ2回戦(札幌ドーム)、8回裏に遊撃手として出場 ※史上38人目。 |
| 250犠打:2007年7月12日、対中日ドラゴンズ12回戦(横浜スタジアム)、9回裏にラファエル・クルスから ※史上11人目。 |
| 3000塁打:2008年5月14日、対読売ジャイアンツ7回戦(横浜スタジアム)、2回裏に金刃憲人から中前安打 ※史上42人目。 |
| 100本塁打:2009年7月4日、対横浜ベイスターズ7回戦(横浜スタジアム)、5回表に三浦大輔から右越ソロ ※史上256人目。 |
| 1試合6得点:1999年7月22日、対ヤクルトスワローズ17回戦(横浜スタジアム) ※日本タイ記録、セ・リーグ記録。 |
| 1試合4犠打:2003年7月8日、対中日ドラゴンズ14回戦(ナゴヤドーム) ※日本タイ記録。 |
| オールスターゲーム出場:6回(1995年、1997年-2001年)。 |
| 遊撃手通算最多試合出場:1731試合 2009年7月4日、対横浜ベイスターズ7回戦(横浜スタジアム)で達成(更新中)。 |
| 全球団から本塁打:2009年7月4日、対横浜戦にて達成※史上17人目。 |
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1970年
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石井 琢朗(いしい たくろう、本名:石井 忠... |
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1989年
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初登板:、対広島東洋カープ3回戦(横浜スタ... |
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