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プロフィール
- 石破茂とは
- 生い立ち
- 学生時代〜銀行員時代
- 政治家として
- 防衛
- 農政
- 外交
- 教育
- 皇室
- 総裁候補
- 発言
- 趣味・嗜好など
- その他
- 家族・親族
- 系譜
- 関連サイト
石破茂(いしばしげる、2月4日-)は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(8期)。自由民主党政務調査会長(第52代)。防衛庁長官(第68・69代)、 防衛大臣(第4代)、 農林水産大臣(第49代)などを歴任した。父親は建設事務次官、鳥取県知事、自治大臣兼 国家公安委員会委員長などを歴任した 石破二朗。
生い立ち
| 鳥取県八頭郡郡家町大字殿(現八頭町郡家殿)出身。 |
| 幼少の頃、父・二朗は鳥取県知事を務めていた『国防』p.76。 |
学生時代〜銀行員時代
| 鳥取大学教育学部附属小学校、鳥取大学教育学部附属中学校、慶應義塾高等学校を経て1979年、慶應義塾大学法学部卒業。 |
| 大学卒業後は三井銀行に勤務した。 |
政治家として
| 1981年、父・二朗が死去し、一周忌が済んだ頃、二朗の友人だった田中角栄に呼ばれ、田中から「おまえがあとに出ろ」と強く薦められたことが政界入りのきっかけである「国防」p.77。 |
| 1986年7月の衆院選で鳥取全県区で立候補をして初当選し、中曽根派に所属。 |
| 以後連続当選8回。 |
| 93年に政治改革法案をめぐって自民党から役職停止処分を受けて離党。 |
| 改革の会、自由改革連合を経て新進党結党に参加するも、小沢一郎の安全保障政策に失望し、新進党を離党。 |
| 1997年に自民党に復党する。 |
| もともとは農水族として地歩を築いたが、自身が「国防がライフワーク」と語るとおり、「新国防族」などと呼ばれる安保通として頭角を現し、防衛政務次官、防衛副長官、拉致議連の会長などを務めた。 |
| その後、有事法制の制定に尽力し、防衛庁長官在任中にイラク戦争が勃発すると自衛隊イラク派遣を決定した。 |
| 防衛庁長官の在任期間は、坂田道太に次ぐ歴代第2位。 |
| 2007年、福田康夫内閣で防衛大臣に就任し、2度目の入閣を果たす。 |
| 翌2008年、福田康夫首相の電撃辞任を受けて実施された自民党総裁選に出馬するも麻生太郎が圧勝し、石破は最下位の5位に終わった。 |
| 続いて成立した麻生内閣では、前任者たちの多くが不祥事に見舞われ、「鬼門」とされていた農林水産大臣に就任する事となった。 |
| 2009年9月29日、前日に自由民主党総裁に選出された谷垣禎一の下で、政調会長に就任党鳥取県連によると、県選出国会議員からの党三役就任は初めて{{citenews。 |
| }}。 |
| 2010年4月14日、会見でたちあがれ日本について、「私自身、新党「たちあがれ日本」に参加した与謝野馨と園田博之とは、政策的に非常に近いスタンスだ。 |
| 2人は、自民党で中心的な政策の立案をしてきており、共闘していくのは当然だ」「たちあがれ日本とは、「民主党の過半数を阻止しなければならない」という思いは共通しており、今後、政策面で共同歩調をとることは多々ある」{{citenews。 |
| }}と述べ、たちあがれ日本と共闘する可能性を示唆し、講演でも「ともに民主党を倒すという思いなら、罵詈雑言や裏切り者などという前に、どうやって共闘するか考えるのが大事だ{{citenews。 |
| }}」と述べ、たちあがれ日本と協力する可能性に言及した。 |
| 2010年9月、自民党政調会長に再任。 |
| 当初、谷垣は石破を退任させ、参院政策審議会長(政調会長代理)の林芳正参院議員を昇格させる人事を構想したが、党内の反対論を受け、石破を政調会長に留任させた。 |
| 党役員人事後にが設置された自由民主党シャドウ・キャビネット(影の内閣)では、「影の内閣官房長官」に就任した。 |
| 自民党が下野した後は、予算委員会などで質問に立つことが多く、首相をはじめとする閣僚に「文民統制が有効に成立する条件とは何か」など様々な質問を行っている。 |
| 答弁の不十分な点や認識の甘さを指摘しつつ、教え諭すように持論を展開する姿から、「まるで大学の講義のようだ」とインターネットの動画投稿サイトなどを中心に話題となり、新聞・テレビなどのメディアにも取り上げられたJ-CASTニュース2010/8/3菅首相防衛論議に「しどろもどろ」質疑というより「石破教室」http://www.j-cast.com/2010/08/03072623.html?p=all。 |
防衛
| 自民党きっての防衛政策通として知られる。 |
| また、「軍事マニア」『軍事を知らずして平和を語るな』(『KKベストセラーズ』)より「防衛オタク」『神道時事問題研究』2010年2月1日などと呼ばれる。 |
| 2003年3月に情報収集機関の調査隊を改組し、防衛庁長官直轄部隊として情報保全隊を組織した。 |
| この隊は同月に勃発したイラク戦争に関する世論動向(主に市民団体)の調査をおこなっていたとされる。 |
| 徴兵制度の利点を認める発言をしているが、現在の軍隊にはそぐわない制度だとして実際に採用することについては否定している。 |
| 自民党の憲法改正草案で当初「徴兵制度の禁止」を謳った条文が想定されていたが、石破などの「国家のために生命を懸けることができないような国家を、果たして国家と呼べるのか?」という批判で消滅した。 |
| 一方で徴兵制導入への反対を主張している『CIRCUS』(KKベストセラーズ)より。 |
| のは、ハイテク兵器が活用される現代の戦争において、兵器の扱いに慣れない素人の一般国民を戦闘員として参加させた場合、デメリットの方がはるかに大きいという理由による。 |
| 防衛問題を扱った著書『国防』で、。 |
| ただし、京都府職員労働組合は機関紙『京都府職新聞号外』2005年6月3日において、京都府船井郡丹波町(現・京丹波町)で発生した浅田農産鳥インフルエンザ事件における自衛隊出動についての記述が事実と異なると主張している。 |
| 『太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。 |
| 』(日本テレビ)では、しばしば太田光と激しい論争を繰り広げつつ、専門的知見を噛み砕いて解説を行っている。 |
| 国防政策において太田によく噛み付かれており、番組内では山本一太と共に「天敵」と呼ばれたこともある。 |
| 太田を特集した『情熱大陸』(2010年5月23日、毎日放送)には、太田を評するコメントを行った。 |
| この番組では、国家の安全保障について考える際はあらゆる非常事態を想定せねばならないと発言している。 |
| 日本と米国が戦争状態に突入したらどうするか、との太田からの質問に対しては「それはありえない」と回答し、日米間の戦争は起こらないと想定している事を示している。 |
| また、アメリカの原爆投下については、「日本も原爆を開発する計画があった」「仮に本土決戦が行われていたら相当の犠牲が出ていた」と米国側の認識に一定の理解を示しながらも、2発目(長崎への投下)については「許容範囲を超えている」として米国を批判している。 |
| 石破は『太田光の私が総理大臣~』の「アメリカに原爆被害の賠償金を請求します」では原爆被爆者に補償反対だった。 |
| 『丸』(潮書房)を愛読し、国防関連の知識を吸収している。 |
| 『週刊アサ秘ジャーナル』(TBSテレビ)で『丸』から引用した問題を出題されると次々に正解した。 |
| 「災害派遣時に自衛隊が実弾を発射した相手とは何か」の一問だけは解答できなかったが(正解は海獣海獣(正確にはトド類)の被害に悩む地元漁協からの要請を受け、海棲哺乳類である動物からの被害のため自然災害であるとの論理で、自衛隊が災害派遣名目で実弾を発射し、これを駆除した(詳細はトド#人間との関わりを参照)。 |
| 、つまりトド駆除、石破は知らなかったため不正解となった。 |
| 石破は当初初耳だったため、出題文に衝撃を受け、何度も「災派で撃った!?」と確認し、正解を聞いて驚いていた。 |
| 2008年の自民党総裁選で候補者として演説に立った石破は、観衆に向かって「動乱が起き、北朝鮮の国民が逃げなきゃいけない時でも自衛隊は(国内法の制約で)助けに行けない。 |
| そんな国でいいのか」と述べた{{Citenews。 |
| 2010年5月23日、テレビ番組で「将来的に日本のような島国に海兵隊が無いのはおかしなことだと思っている」と述べ、日本も海兵隊を持つべきだと主張した。 |
| また、日本が海兵隊を持った場合、日本の海兵隊がアメリカ海兵隊と共同で動くことがある可能性にも言及した{{Citenews。 |
農政
| 初入閣は防衛庁長官であり、後に防衛大臣も務め、政調会長就任後も予算委員会では主に外交・安全保障を中心に質疑を行っているため国防・安全保障の政策通としての顔が有名だが、元々は農水族であり、農水政務次官を2度務めている。 |
| そのため、麻生内閣での農林水産大臣就任は満を持してのものだったという。 |
| 「農家から防衛しか知らないと思っていたと言われた、農林水産問題を語ってもメディアが報じてくれない」と語ったこともある |
外交
| 外交問題では硬軟織り交ぜた主張をとっており、「タカ派」というわけではない。 |
| 朝日新聞社の論壇誌『論座』にも寄稿して保守強硬派を批判している。 |
| 『論座』2006年8月号においても、北朝鮮への単独制裁に対して疑問を呈している。 |
| 内閣総理大臣の靖国神社への参拝にも反対を表明し{{citenews。 |
| 1992年に「見ないで批判するのはいかんだろう」という理由で、自民党・日本社会党・公明党合同の訪朝議員団に参加した。 |
教育
| 『論座』において、教育基本法に愛国心を明文化することに反対の姿勢を示した。 |
皇室
| 2009年12月の天皇特例会見問題では、石破が委員長を務める「天皇陛下の政治利用検証緊急特命委員会」は民主党政権のとった行動を「陛下の政治利用にあたる」と指摘{{Citenews。 |
| }}に関し、官房長官の平野博文(当時)が記者会見で「本来、憲法で言っている概念からいくと、天皇は国政に関する権能を有しないので、政治利用が存在することはあり得ない」と述べ、天皇の政治利用はそもそも存在しないとしたことに対し、石破は「ルールはいらないというなら、憲法の趣旨や陛下の立場を無視した考えられない見解だ」と述べた{{citenews。 |
総裁候補
| 2006年の自民党総裁選挙では麻生太郎を支持したが、最後まで地元の鳥取県に地理的に近い山口県出身の安倍晋三を推薦するか迷っていたようである『報道ステーション』(2007年8月、テレビ朝日)で発言。 |
発言
| 2010年11月18日に参議院予算委員会にて内閣官房長官・仙谷由人が「暴力装置でもある自衛隊」と述べたことから審議が紛糾して発言の撤回・謝罪に追い込まれた件に関連し、2009年3月30日に当時の現職の農林水産大臣であった石破も民間のシンポジウムにて「国家の定義というのは、警察と軍隊という暴力装置を合法的に所有するというのが国家の1つの定義」と述べていたことが指摘されたこのシンポジウムには、当時の民主党の副代表であり、仙谷の「暴力装置」発言の時点における幹事長である岡田克也ら複数のパネリストも参加していたが、石破が警察や軍隊を「暴力装置」と表現した点について、特に誰からも問題視されなかった。 |
趣味・嗜好など
| 現在でも鳥取と東京の往復に寝台特急「サンライズ出雲・瀬戸」と特急「スーパーいなば」を利用する姿がたびたび報じられている。 |
その他
| 2004年から2005年にかけて、『ULTRAMAN』、『戦国自衛隊1549』、『亡国のイージス』など自衛隊の大規模な協力を得て撮影された映画が公開されたが、これは防衛庁長官を務めていた彼の映画産業への理解が深かったことが大きい。 |
家族・親族
| 両親の苦労に報いるべく苦学に苦学を重ねた彼は、東大法学部を卒業後、内務省、建設省等、あらゆる重要なポストを歴任後、鳥取県知事に立候補したのである『回想録石破二朗追想篇』87頁」という。 |
系譜
| 二朗は市造について、「若い時から物好きだったと見えまして、他にさきがけて、山を拓いて二十世紀梨を作ったり、御所柿を植えたり、蚕種の製造をやったりなどしておりましたが、どれも成功とまではいかず随分母を困らせていたようでありました。 |
| 父・二朗は東京帝国大学法学部を卒業し内務官僚となり、昭和30年(1955年)11月建設官僚トップの建設事務次官に就任、退官後鳥取県知事を4期務め、昭和49年(1974年)7月参議院議員に当選、昭和55年(1980年)7月自治大臣兼国家公安委員会委員長に就任した。 |
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1979年
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慶應義塾大学法学部卒業 |
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1981年
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父・二朗が死去し、一周忌が済んだ頃、二朗の... |
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