石苞(せきほう、?-272年)は、三国時代の軍人。魏・晋に仕えた。字は仲容。石越・石喬・石統・石浚・石儁・石崇の父、石超・石熙・石順の祖父。冀州渤海南皮の人。学問に優れ、容姿も人並み以上であった。当初は地元の県の小役人であり、御者の仕事や鄴の市場での鉄売りの仕事に従事していた。御者の仕事をしたとき、
鄧艾と共にその仕事を行った。『世語』によると、
鄧艾と同い年で12歳から13歳ぐらいであったという。やがて郭玄信(郭誕の子)や許允といった名士に認められ、中央に出て立身出世するようになる。なお『世語』においては、青龍年間に長安で鉄売りをしていた際に、