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プロフィール
- 福西崇史とは
- 来歴
- 特徴・評価
- エピソード
- 個人成績
- 出場大会など
- 試合数
- 個人タイトル
- 現在出演している番組
- DVD
福西崇史(ふくにしたかし、1976年9月1日-)は、愛媛県新居浜市出身の元サッカー選手。ポジションはMFで、主にボランチを務めた。現役引退後は、サッカー解説のほかにテレビ・雑誌などでタレント活動も行っている。事務所はSOMEDAYに所属。2009年5月14日、JFAアンバサダーに選出された。 元日本代表。
来歴
| 神郷小学校4年のとき、地元のサッカー教室でサッカーを始めた。 |
| 川東中学校を経て、新居浜工業高校へ進学。 |
| 高校時代までのポジションはフォワードだった。 |
| プロサッカー選手になるきっかけとなったのは、新居浜工業高校在学中、対戦チームの選手を目当てに来ていた当時ジュビロ磐田の石井知幸スカウト(現磐田ヘッドコーチ)が、福西に目を留めたことだった。 |
| 1995年、同校卒業後ジュビロ磐田に入団。 |
| 当時の柳下正明コーチにサテライトでボランチにコンバートされる。 |
| 同ポジションのドゥンガの熱血指導を受けつつ、同年8月には早くもトップデビューする。 |
| 以後、磐田の主軸選手として、チームの心臓部を担った。 |
| 2000年に就任したギョキッツァ・ハジェヴスキー監督は、福西をリベロに配置した。 |
| 残りのディフェンスを置き去りにして勝手に前に出て行くことが多く、守備システムのバランスを崩してしまったが、福西自身の守備のセンスはこのポジションの経験によって磨かれた。 |
| 2002年、日韓ワールドカップのメンバー選出され、第2戦のロシア戦に初出場した。 |
| ジーコ監督率いる日本代表チームでは、稲本潤一の離脱により若手有望選手が多数ひしめき、激戦区となっていたボランチのレギュラーを勝ち取り、重用され活躍した。 |
| 2006年、2度目となるドイツワールドカップでは3試合中の2試合にスターティングメンバーとして出場した。 |
| 2006年シーズン終了後、翌シーズンに向けてクラブとの契約交渉に臨んだ際、ワールドカップへの出場はあったが、若返りを図る磐田において若手をまとめるリーダー的な活躍を期待されたにも関わらずリーダーとしては足りえなかったというフロントの評価を受け、金額はダウン提示であった |
| 更に黄金期の磐田のポゼッションサッカーを理想とし「リアクションではないサッカーがしたい」 |
| 東京では梶山陽平との併用もあってボランチだけでなくトップ下で起用されることもあった |
| しかし、年間を通してチームが低迷した事と、FC東京の日本人選手では最高額であった高年俸がネックとなり、1シーズン限りでFC東京を退団。 |
| 2008年シーズンからは東京ヴェルディへ完全移籍。 |
| ここでも主力として起用されたが、クラブの経営悪化の影響によりまたもや契約非更新が発表され、地元のクラブである愛媛FCからオファーがあったが、2009年1月30日に現役引退を表明した。 |
| 2009年はスカパーなどに解説者として出演し、NHKのJリーグタイムにもゲスト解説者扱いでたびたび出演した。 |
| 2010年元日のNHKの天皇杯中継に出演し、2010年よりNHKの解説者として活動することが発表された(2010年から横浜F・マリノスの監督に就任する木村和司の後任として)。 |
| 2010FIFAワールドカップにはNHKの解説者として南アフリカから出演した。 |
特徴・評価
| 守備的ポジションにも関わらず、セットプレーでの空中戦や混戦での得点能力に秀でている。 |
| 同ポジションによく見られる運動量を武器にした選手とは異なり、身体能力で相手を止めてしまう「動きの少なさ」も特徴の一つである。 |
| ただ動かないのは本人が「正直運動量を求められるとつらいです」と吐露するなど、元々持久力などには欠けているためでもあり(日本代表での持久力テストでは下位の常連である)、ピンチでも歩いていたり、劣勢の試合では攻撃に参加したまま自陣に戻ってこないことも多々ある。 |
| かつて磐田の指揮官だった柳下正明には「集中力が足りない」と苦言を呈されたこともあった。 |
| 名波浩は雑誌のインタビューで「彼にアドバイスすることはもうないが、敢えて言うなら『動け』」「福西は『動かないボランチ』像を確立した」と冗談交じりに語っている。 |
| 一方でラフプレー、トリックプレーが非常に多く、「福西は汚い」と評されることもある。 |
エピソード
| 新人時代のセレッソ大阪の大久保嘉人と鈴木秀人が試合中に口論となった際に、大久保を羽交い絞めにし、鈴木秀人の頭突きを援護した。 |
| しかし福西本人には何の警告もなかった。 |
| 2001年のチャンピオンシップ対鹿島アントラーズ戦では、ペナルティエリア内で鈴木隆行の首を掴んで投げ倒した形になっていたが、主審の岡田正義は鈴木のハンドを取り2枚目の警告で退場させ、福西本人には何の警告もなかった。 |
| ジュビロ磐田所属時にはゴールを決めたあと、元体操選手であった事をうかがわせる美しいバック宙を披露した事もある。 |
| ストレッチなどでも器械体操系の動きを自然としてしまう癖があるという。 |
| 家族をとても大切にしており、本人も「趣味は家族サービス」と言い切るほどである。 |
| 2004年以降代表での活躍が著しく、端正な顔立ちから女性ファンからの黄色い声援が絶えなかったが、福西は「自分が既婚者で、子供もいることが知られてないのでは?」と語ったことがあった。 |
| 代表では孤高の存在だった中田英寿にも臆することなく意見を言えたのは福西と三都主アレサンドロだけだった。 |
| 磐田時代の同僚である奥大介と仲がよく、2人とも磐田から移籍した後の2007年6月にも週刊サッカーマガジン誌上で一緒にインタビュー取材を受け、様々なエピソードを語った。 |
| 視力が悪くコンタクトレンズを使用している。 |
| その為、試合中にコンタクトが外れピッチの外へ出てコンタクトをはめ直す場面もたまに見受けられる。 |
| 横浜F・マリノスに相性が良く、しばしば得点を上げている。 |
| 磐田時代には手で押し込んだ「神の手ゴール」が決勝点になったこともある(意図的ではなかったと判断されたため)。 |
| この福西に大変有利な判定が物議をかもした「神の手ゴール」の際のレフェリーは岡田正義主審だったが、2008年J1最終節・東京ヴェルディ対川崎フロンターレ戦において、福西に対して大変厳しい判定小倉隆史・セルジオ越後などがテレビ出演時に発言。 |
| 前半26分川崎側のコーナーキックのこぼれ玉をクリアした福西が寺田周平に腕を当てたことで退場となり、川崎にPKが与えられた判定。 |
| ボールを蹴る際に寺田の鳩尾に手刀打ちをしたと見做されたでレッドカードを提示したのも岡田であった。 |
| 2008年、東京Vから戦力外通告された際、地元である愛媛FCから正式にオファーがあった。 |
| 福西は愛媛で最も有名なサッカー選手であるため、加入を心待ちにしているファンも多かったが条件面、またヘルニアを患っていると言うこともあり、一致せず現役引退した。 |
個人成績
| スーパーカップ1試合0得点。 |
| Jリーグチャンピオンシップ2試合0得点。 |
| Jリーグチャンピオンシップ2試合0得点。 |
| スーパーカップ1試合1得点。 |
| Jリーグチャンピオンシップ2試合0得点。 |
| スーパーカップ1試合0得点。 |
| スーパーカップ1試合1得点。 |
| その他の国際公式戦。 |
| A3チャンピオンズカップ3試合0得点。 |
出場大会など
| 1999年コパ・アメリカパラグアイ大会。 |
| 2002年FIFAワールドカップ韓国・日本大会。 |
| 2003年東アジア選手権日本大会。 |
| 2004年AFCアジアカップ中国大会。 |
| 2005年FIFAコンフェデレーションズカップ ドイツ大会。 |
| 2005年東アジア選手権韓国大会。 |
| 2006年FIFAワールドカップドイツ大会。 |
試合数
| 国際Aマッチ64試合7得点(1999-2006)。 |
個人タイトル
| ベストイレブン:1999年、2001年、2002年、2003年。 |
現在出演している番組
| Jリーグ中継(NHK衛星第1テレビ、スカパー!の全国中継を中心に、随時古巣・磐田のある静岡県各局でも出演)。 |
| Foot!(JSPORTS)。 |
DVD
| 福西崇史DVDバイオグラフィー(2006年5月26日)。 |
| 23ボランチ(2010年10月24日)。 |
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1976年
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福西 崇史(ふくにし たかし)は、愛媛県新居... |
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1995年
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同校卒業後ジュビロ磐田に入団 |
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