| 2000年7月、全日本集団離脱からプロレスリング・ノアへ移籍。 |
| 旗揚げ戦初戦のメインで小橋とタッグを組み、1本目を三沢から、2本目を田上から取る。 |
| 翌日のメインでの小橋とのシングルでも勝利を収める快挙を見せるなど、以降は団体の中心選手として活躍。 |
| そして2001年7月27日、日本武道館で三沢を破りGHCヘビー級王座を獲得、念願のシングル王座初戴冠を果たしている。 |
| 2002年9月には、齋藤彰俊とのタッグでGHCタッグ王座も獲得した。 |
| 2004年3月には、団体の管理する正式ベルトの名称である『GHC』を模した白GHC(グローバル・ハードコア・クラウン)ベルトを創設している。 |
| 一方、ノア旗揚げ頃から、小橋の長期離脱や団体を引っ張らなければならない責任感などのストレスで自律神経失調症に悩まされるが、必死の努力で克服。 |
| リーダーを務めるユニット「STERNNESS(スターネス)」には、橋誠(出稽古中)、金丸義信、青木篤志が所属しており、彼等の育成(おちょくり)にも心血を注ぐ。 |
| 全日本プロレス所属中はイメージカラーを青としており、ブルーのショートタイツを身に着けていたが、ノア移籍後は白を主体としている。 |
| 2005年4月1日に自身が社長を務める会社を立ち上げ、9月からは「+波動水」という天然水の販売を行う(その後商品名を「みんなの潤水」へ変更し販売中)。 |
| 2006年1月8日、田上明とのGHCヘビー級選手権試合の前哨戦で、開始早々のエクスプロイダー・ジャンピングニーからのエビ固めで、0分12秒で田上明からフォール勝ちをした(この試合は再試合になり、15分00秒で志賀賢太郎が菊地毅から後方回転エビ固めでフォール勝ちしている)。 |
| なお、この試合は特別に秋山が勝った試合を通常通りの第8試合、志賀が勝った再試合を追加試合の第9試合とされた。 |
| 2006年1月22日、GHCヘビー級選手権者・田上明を後頭部へのロージャンピングニーで下し、3年9か月ぶりにGHCヘビー級選手権者(第9代)へ返り咲いた。 |
| 2004年からは「週刊プロレス」(ベースボール・マガジン社)でコラム「NOAHがわかる、NOAHがかわる」を連載(当初は毎週だったが、2005年から隔週となる)。 |
| ノア所属選手の裏話や次期シリーズの見所などを紹介していたが、2006年からはタイトルを「クロブタノート」と変更、泉田を主役としながらも秋山も「ブタ番」として、ノア番(ノア担当の番記者)とのトークや泉田のお見合い企画に参加した。 |
| 「クロブタノート」が5回で終了した後は「NOAHがわかる、NOAHがかわる」が復活した。 |
| しかし77回で終了することを予告しており、その通りに終了した(秋山はコラム内で「次回からは爽やかなコラムが始まります」と予告しており、DRAGONGATE所属のCIMAが後を引き継いでいる)。 |
| 2006年3月に日本公開された映画「力道山」では、遠藤幸吉役を演じた。 |
| 2006年9月9日、GHCヘビー級選手権にて挑戦者丸藤正道に完璧首固めで敗れ(27分29秒)、王座から陥落した。 |
| 試合前に菊地毅と負けたら前座に戻ると約束していたため、翌月のシリーズでは6年3か月ぶりに青タイツで登場した。 |
| 2008年7月、秋山は東京スポーツ紙上で、森嶋猛に力皇猛が挑戦するGHCヘビー級選手権でタッグパートナーの力皇が勝てなければ坊主にすると公約してしまった(自分がうっかり言ってしまったことを記者によって記事にされてしまう)。 |
| 試合で力皇は王座獲得に失敗、8月のシリーズ開幕前に公約を守って坊主頭にした。 |
| 2009年3月、佐々木健介が保持していたGHCヘビー級王座に挑戦し、勝利。 |
| 約2年半ぶりに王座に返り咲いた。 |
| 翌月、潮崎豪と防衛戦を行ない、勝利。 |
| また、5月17日にはKENTAと初のGHCシングル王者同士の一騎打ちを行い"元祖"スターネスダストαを解禁し、勝利した。 |
| 2009年6月14日、ヘルニアのため同王座を返上、以降の大会を欠場すると発表された。 |
| 同年12月23日の丸藤正道プロデュース興行(ディファ有明)において橋誠戦でリングに復帰。 |
| リストクラッチ式エクスプロイダーで勝利した。 |
| 橋は同年末付でノアとの契約が満了しフリーとなっており、師匠である秋山からのはなむけの師弟対決となった。 |
| 2010年3月-5月、ノア初のシングルリーグ戦となるグローバル・リーグ戦に出場。 |
| Aブロック公式戦初戦の佐々木健介戦に敗れ黒星発進となるが、その後佐野巧真、バイソン・スミス、力皇猛を破り、最終公式戦の日本武道館(5月2日)で現GHCヘビー級王者の杉浦貴を変型スターネスダストで撃破し、Aブロック1位となる。 |
| 同日続けて実施の決勝戦での相手となった高山善廣とはノアでの初のシングル対決であったが、エベレストジャーマン・スープレックス・ホールドに敗れ準優勝となった。 |
| 2011年春にチャンピオン・カーニバルに出場。 |
| 秋山にとって11年ぶりの全日の登場となった。 |