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プロフィール
- 立浪和義とは
- プロ入り前
- プロ入り後
- 引退後
- 人物
- 年度別打撃成績
- 背番号
- タイトル・表彰
- 個人記録
- 著書
- 関連書籍・DVD
- 出演番組
- 関連項目
- 関連サイト
立浪和義(たつなみかずよし、1969年8月19日-)は、大阪府摂津市出身の元プロ野球選手(内野手)。現在はフリーの野球解説者、および中日スポーツ、東京中日スポーツの野球評論家。 板東英二が社長を務める芸能事務所オフィスメイ・ワークに所属している。
プロ入り前
| 大阪府吹田市生まれ。 |
| 王貞治に憧れ小学4年から茨木ナニワボーイズ加入し野球に打ち込んだ。 |
| 1987年のドラフト会議で地元大阪の杉浦忠監督率いる南海ホークスと星野仙一監督率いる中日ドラゴンズが1位で競合し、(前年の近藤真一同様に)星野監督が引き当て、中日に入団する。 |
プロ入り後
| 開幕戦でもスタメンでフル出場(高卒新人としては球団史上唯一)。 |
| {{要出典範囲|date=2011年7月|開幕戦先発出場のセ・リーグ高卒新人は、阪神の並木輝男、巨人の王貞治以来29年ぶり3人目。 |
| パリーグを含めても、近鉄の飯田幸夫以来22年ぶり}}。 |
| 大洋の欠端光則から6回裏の第3打席に初安打となる二塁打を放ち(通算二塁打487本の1本目)、4番・落合博満のタイムリーヒットで生還し初得点も記録した。 |
| 当時の応援歌は光GENJIの「ガラスの十代」の替え歌。 |
| 同年のオールスターゲームには遊撃手部門でファン投票選出され、全セ監督の王から3試合連続で出場機会を与えられた。 |
| 西宮球場での第1戦では8回表代打で津野浩からオールスターゲーム初打席初安打、ナゴヤ球場での第2戦では2番・遊撃手でスタメン出場したが3打数無安打に終わった。 |
| 東京ドームでの第3戦3回表2死まで打者8人をパーフェクトに抑えていた先発西崎幸広に三振を喫した。 |
| レギュラーシーズン110試合出場し打率.223ながら、22盗塁、21犠打を記録し、中日のリーグ優勝に貢献、同年の日本シリーズには全試合先発出場した。 |
| 守備・走塁技術を高く評価されて新人王を受賞。 |
| また、高卒新人としては初のゴールデングラブ賞を受賞した。 |
| 日本赤十字社のイメージキャラクター就任。 |
| 10月6日中日の逆転優勝の可能性が残るナゴヤ球場最後の公式戦では、9回裏2死から川口和久に三振を喫し最後の打者となり巨人の優勝が決まった(メークドラマ)。 |
| 自己最高となるシーズン打率.323を記録(リーグ3位)、ベストナインに選出される。 |
| その後も10月4日の対阪神最終戦(甲子園球場)や、10月11日のヤクルトとのレギュラーシーズン最終戦(明治神宮野球場)で代打出場して凡退した。 |
| 4日は桧山進次郎から、11日は宮本慎也から、花束が贈呈された。 |
| レギュラーシーズンでの現役最終打席は9回表2死無走者の場面で押本健彦から二飛を打った。 |
| また10月24日の東京ドームでのクライマックスシリーズ第4戦9回表、7番・藤井淳志の代打として出場が最終打席となり、マーク・クルーンに左飛に仕留められた。 |
| ドラゴンズファンの間で「背番号3を永久欠番に」という運動が沸き起こり、署名活動も行われたが、2010年からは森野将彦が受け継ぐことが球団から一旦発表された。 |
| しかし、森野の要望により2010年は欠番扱いとなった |
| なお、この「背番号3」は2011年から高校の後輩である吉川大幾がつける。 |
引退後
| 2010年1月6日、ナゴヤドームで「立浪選手に感謝する会」が開催された。 |
| 2月27日にロッテとのオープン戦で引退記念試合を行った。 |
| 2010年1月26日、同じく前年限りで現役引退した赤星憲広・清水崇行と共に日本テレビのプロ野球中継解説者となることが発表された主に中日戦。 |
| ただし、中京テレビは中日主管試合の放映権なし。 |
| 日テレ製作の巨人戦でも中日に絡まない数試合に出演する。 |
| ゲスト解説者としてCBCのテレビ・ラジオ、東海テレビ、テレビ愛知の中継にも不定期出演する。 |
| また、片岡篤史の後任として北海道文化放送の「スポーツワイドFの炎」のレギュラー解説者にも起用された。 |
| 2011年4月より、フジテレビ『すぽると!』のレギュラー野球解説者を務めることが決定した。 |
人物
| 早期にレギュラーとして定着し、16年連続規定打席到達を記録。 |
| チームの中心として活躍し続けた「ミスタードラゴンズ」。 |
| 代打での出場が多くなった2007年以降でも、代打の準備にネクストバッターズサークルに現れただけで大歓声を受けた。 |
| 打席に向かう時の歓声は「代打・立浪」のコールが聞こえなくなる事も有る程だった。 |
| プロ1年目から最終年まで、本塁打のなかったシーズンは一度もない。 |
| 前述のとおり日本プロ野球記録である二塁打の日本記録487を持ち、プロ初安打もプロ最終安打も二塁打であることから、「ミスター二塁打」の異名もある |
| 立浪本人も「ツーベースに縁があった」と振り返っている。 |
| 名球会会員の中で、前田智徳や駒田徳広や清原和博と同様、盗塁王と打撃タイトルを獲っておらず、最多二塁打(タイトルとしては存在しない)に輝いたこともない。 |
| プロ入り以降遊撃手→二塁手→左翼手→二塁手→三塁手→左翼手→三塁手とメインの守備位置を変えつつ、現役晩年は代打に役割が変わっても、与えられたその役割を全うした。 |
| 当時小学生だった福留孝介が高校時代の立浪に憧れ、小学生時代の福留が中日のキャンプを訪れたときにサインをしたことは有名。 |
| かつて同僚だったタイロン・ウッズと生年月日が同じであり、共に誕生日を祝うことがあった。 |
| 下戸であり、酒が飲めない。 |
| TV番組の罰ゲームでマムシ酒を飲まされた際も、山本昌に心配されていた。 |
| プロ入り数年目の時、大学生だった同級生の片岡に小遣いをあげたことがある。 |
| 本人いわく「片岡が遊びに来たが、試合後で疲れていてそれどころじゃなかったから小遣いを渡した」ガンバレ日本プロ野球!?出演時の本人の発言。 |
年度別打撃成績
| 各年度の太字はリーグ最高、はNPBにおける歴代最高。 |
タイトル・表彰
| 新人王(1988年)。 |
| ベストナイン:2回(1996年=二塁手、2004年=三塁手)。 |
| ゴールデングラブ賞:5回(1988年=遊撃手、1995年-1997年=二塁手、2003年=三塁手)※3ポジションでの受賞は最多。 |
| 月間MVP:3回(2002年6月、2004年5月・6月)。 |
個人記録
| シーズン30二塁打以上:7度。 |
| 初出場・初先発出場:1988年4月8日、対横浜大洋ホエールズ1回戦(ナゴヤ球場)、2番・遊撃手として先発出場。 |
| 初安打:同上、6回裏に欠端光則から右翼へ二塁打。 |
| 初本塁打・初打点:1988年4月17日、対読売ジャイアンツ3回戦(ナゴヤ球場)、6回裏に加藤初から。 |
| 初盗塁:1988年5月8日、対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)。 |
| 1000本安打:1996年6月2日、対読売ジャイアンツ7回戦(東京ドーム)、斎藤雅樹から左前安打。 |
| 1000試合:1996年9月21日、対読売ジャイアンツ24回戦(東京ドーム)、3番・二塁手として先発出場(338人目)。 |
| 100本塁打:1998年8月19日、対ヤクルトスワローズ19回戦(明治神宮野球場)、3回表に北川哲也から右越ソロ。 |
| 300二塁打:2000年4月7日、対横浜ベイスターズ1回戦(横浜スタジアム)、7回表に河原隆一から左中間へ二塁打※史上36人目。 |
| 1500本安打:2000年4月13日、対広島東洋カープ3回戦(ナゴヤドーム)、8回裏に高橋建から中前安打※史上80人目。 |
| 1500試合:2000年8月29日、対広島東洋カープ20回戦(広島市民球場)、5番・二塁手として先発出場※史上128人目。 |
| 350二塁打:2001年9月2日、対横浜ベイスターズ23回戦(ナゴヤドーム)、6回裏に川村丈夫から※史上22人目。 |
| 400二塁打:2003年6月26日、対ヤクルトスワローズ15回戦(明治神宮野球場)、1回表にジェイソン・ベバリンから※史上9人目。 |
| 2000本安打:2003年7月5日、対読売ジャイアンツ16回戦(東京ドーム)、8回表に林昌範から右前安打※史上30人目。 |
| 2000試合:2004年6月29日、対広島東洋カープ13回戦(福井県営球場)、3番・三塁手として先発出場※史上34人目。 |
| 150本塁打:2003年9月30日、対広島東洋カープ27回戦(広島市民球場)、7回表に酒井大輔から右越ソロ※史上130人目。 |
| 450二塁打:2005年5月19日、対北海道日本ハムファイターズ3回戦(札幌ドーム)、3回表に金村曉から※史上初。 |
| 1000四球:2005年6月22日、対阪神タイガース8回戦(大阪ドーム)、7回表に橋本健太郎から※史上11人目。 |
| 1000打点:2007年8月24日、対阪神タイガース17回戦(ナゴヤドーム)、5回裏に渡辺亮から右前適時打※史上32人目。 |
| 2500試合:2008年9月16日、対阪神タイガース22回戦(ナゴヤドーム)、7回裏にチェン・ウェインの代打として出場※史上7人目。 |
| 1000三振:2008年10月5日、対読売ジャイアンツ24回戦(東京ドーム)、8回表に豊田清から※史上43人目。 |
| 10000打席:2009年8月1日、対東京ヤクルトスワローズ14回戦(明治神宮野球場)、7回表に代打で※史上7人目。 |
| オールスターゲーム出場:11回(1988年、1991年、1994年-1998年、2000年、2002年-2004年)。 |
| サイクル安打:1997年8月22日、対阪神タイガース21回戦(ナゴヤドーム)。 |
著書
| 『負けん気』(文芸社、2010/2、ISBN978-4286088532)。 |
| 『立浪和義超打撃術名手に学ぶプロフェッショナル野球論』(ベースボールマガジン社、2011/2、ISBN978-4583103341)。 |
関連書籍・DVD
| 『PL学園OBはなぜプロ野球で成功するのか?』(橋本清(著)、ぴあ、2009/3、橋本清が第3章で立浪を取材、ISBN978-4835617282)。 |
| 『日刊スポ-ツグラフ立浪和義さらばミスタ-ドラゴンズ』(日刊スポーツ出版社、2009/11、ISBN978-4817254665)。 |
| 『立浪和義引退記念DVDミスタードラゴンズ22年間の軌跡』(コロムビアミュージックエンタテインメント、2009/12)。 |
| 『立浪和義の野球塾プロへの道標通算2480安打の巧打者が贈るバッティング理論 |
出演番組
| DramaticGame1844(日本テレビ、中京テレビ解説者=主に中日戦だが、中日に絡まない試合も数試合担当)。 |
| BANGBANGBASEBALL(CBCテレビ=ゲスト解説)。 |
| BASEBALLSPECIAL〜野球道〜(フジテレビ、東海テレビ=ゲスト解説)。 |
| テレビ愛知ドラゴンズ戦中継もっと!LIVE2011(テレビ愛知=ゲスト解説)。 |
| CBCドラゴンズナイター・サタデー・サンデー(CBCラジオ=ゲスト解説)。 |
| サンデードラゴンズ(CBCテレビテレビ=不定期)コメンテーターとして出演。 |
| すぽると!(フジテレビ)2011年4月よりレギュラー野球解説者。 |
| pluspo(東海テレビ放送=不定期)コメンテーターとして出演。 |
| ニッポン放送ショウアップナイター(ニッポン放送=2010年4月22日の巨人対横浜戦でゲスト解説)。 |
| 世界ふしぎ発見!(2010年4月17日、TBS系)ゲスト解答者。 |
| 探偵!ナイトスクープ(2010年6月4日、朝日放送)板東とともにゲスト出演。 |
| 中井正広のブラックバラエティ(2010年―月―日、日本テレビ系)ゲスト出演。 |
関連項目
| 元気を日本に日本プロ野球(日本テレビ放送網・中京テレビ放送解説担当)。 |
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1969年
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立浪 和義(たつなみ かずよし)は、大阪府摂... |
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1988年
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初出場・初先発出場:、対横浜大洋ホエールズ... |
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