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プロフィール
- 竹下景子とは
- 略歴
- 名古屋(愛知県)出身の芸能人として
- 『クイズダービー』の出演
- 受賞
- テレビドラマ
- ラジオ
略歴
| 愛知県名古屋市生まれ。 |
| 南山中学校・高等学校女子部、東京女子大学文理学部社会学科卒業。 |
| 中学校、高校で演劇部に所属。 |
| 父は長崎県出身で裕福ではない家庭に生まれ、成績優秀のため篤志家の援助で名古屋高等商業学校に進み卒業後満州国の官吏となったが満州国は崩壊、シベリア抑留を経て帰国、名古屋国税局に勤めながら税務訴訟専門の弁護士となった人物。 |
| 高校1年生の時、ラジオの深夜番組『ミッドナイト東海』のイベントに一般リスナーとして参加した際、パーソナリティを務めていた俳優の天野鎮雄にNHKの『中学生群像』(『中学生日記』の前身)を紹介され、ドラマデビューを果たす。 |
| その後、高校在学中にドラマロケで名古屋を訪れていた夏木陽介にスカウトされ、大学進学で上京すると、当時夏木が在籍していた三船プロに所属して本格的に女優として活動を始める。 |
| その頃『秘密戦隊ゴレンジャー』のモモレンジャーのキャスティングは、当初竹下で内定しており本人もやる気だったが、当時竹下が契約していたお菓子のスポンサー会社が番組のスポンサーと別会社であったため、その話が流れたというエピソードもある(番組プロデューサーの東映・吉川進が2010年に開催されたトークショーにてその秘話を明かしている)。 |
| 竹下を映画スターに育てようと、名乗りをあげたのは三船プロの親筋にあたる東宝。 |
| 用意されたのは、アイドル用のプログラムピクチャーではなく、監督岡本喜八と脚本倉本聡の両鬼才初顔合わせに仲代達矢以下のオールスターを並べたSF大作『ブルークリスマス』の主演だった。 |
| 同時に同じ勝野洋とのコンビで日本テレビから『姿三四郎』も東宝製作で放映された。 |
| 映画の方は世界同時大虐殺で終わるショッキングな政治SFであり、まったくの不入りに終わった。 |
| 作品評価も当時は芳しくなかったことから映画女優・竹下景子の歩みは頓挫する。 |
| 1979年以降は、こうした非日常路線は軌道修正される。 |
| 岡本監督『英霊たちの応援歌』への連続出演などを経て、松竹の山田洋次監督のもとで、ようやく身近な世界で優しく可憐な持ち味を発揮。 |
| 『男はつらいよ』シリーズに唯一人、別々の役で三度マドンナ起用される。 |
| また『ブルークリスマス』の脚本を書いた倉本聡の『北の国から』へも起用された。 |
| 岡本、山田、倉本といった巨匠に連続指名を受けたことで、女優業はひとつの軌道に乗った形となる。 |
| また、『黄金の日日』の脚本家、市川森一との協業も続く。 |
| 出世作である『祭りの準備』でヌードになっているにも拘らず清純派と称され、「お嫁さんにしたい女性No.1」とも言われた。 |
| これは、{{要出典範囲|TV番組で同席した政治家荒舩清十郎の言葉(つまり、本来は息子や孫の嫁というニュアンス)が広まったものとされる。 |
| この呼称はその後何人もの女優に冠せられたが、元祖である竹下ほど人口に膾炙した例はいない|date=2011年5月}}。 |
| この他にもドラマや雑誌グラビアでヌードを披露するも、その後も清純なイメージを失わなかった。 |
| 1984年、15歳年上の写真家関口照生と結婚、2男をもうけた。 |
| 熱烈な中日ドラゴンズファンとしても知られ、2005年のナゴヤドームでの横浜ベイスターズとの開幕戦では始球式を務めた。 |
| 2009年1月17日、神戸市で行われた、阪神大震災の追悼イベントに来賓として招かれて出席し、詩を朗読するなどしていたが、その最中に、開催場所の『神戸情報文化ビル』で、不審火と見られる火災が発生し、来場者と共にビル外へ避難する騒動に巻き込まれた。 |
| 2011年1月26日、2年の任期で京都国立博物館の初代文化大使に就任した。 |
名古屋(愛知県)出身の芸能人として
| 1990年代頃まで、名古屋(愛知県)出身の芸能人は出身地をあまり表に出さずに活動する人が多かったが、その中で竹下は名古屋出身であることを早い時期から公言していた。 |
| レギュラー解答者時代の『クイズダービー』では、司会の大橋巨泉から名古屋ネタをよく振られたり、『クイズダービー』以外のバラエティー番組に出演する際にも、度々流暢な名古屋弁でのトークを披露したりするなど、竹下のパーソナリティの1つとして広く認知されてきた。 |
| また、2005年に開催された日本国際博覧会(愛・地球博)では、長久手日本館の総館長を務めた。 |
| 名古屋ネタを扱った本の中には、竹下に関する記述を載せたものも多く(筆者と竹下の名古屋に関する対談を載せた本もある)、今でも名古屋出身芸能人の代表格とされている。 |
『クイズダービー』の出演
| 竹下は女子大生時代の頃から、『クイズダービー』の3代目4枠レギュラー解答者として出演、その後約16年間務め、3枠のはらたいらに次ぐ正解率だった(厳密に言えば2位は、はらの前の3枠レギュラーだった黒鉄ヒロシの6割6分2厘)。 |
| 特に三択問題での正解率がはら以上に高かったため、司会の大橋巨泉からは「三択の女王」と呼ばれた。 |
| ただ、竹下が二人の子息の出産時の1986年3・4月に宮崎美子(6代目2枠レギュラー)と市毛良枝が、1988年10月に原日出子がそれぞれ竹下の産休代役として4枠の席に座っている。 |
| また同番組の本番中、最終問題で竹下は出場者(ギャンブラー席)全3チームに賭けられたものの、答えられず出場者全員が0点となった時、責任を感じた竹下は思わず泣き出してしまったことがあった(1987年に刊行された『クイズダービーベスト500』の竹下の寄稿文によれば、その問題は「幕の内弁当には『三種の神器』と呼ばれるものがある。 |
| かまぼこ、卵焼きとあと一つは何か」であったとのこと。 |
| ちなみに正解は魚。 |
| その本番終了後、同じくレギュラー解答者の篠沢秀夫やはら達に慰めてもらった、というエピソードもある。 |
| 『クイズダービー』で竹下に表示される倍率は、得意の三択問題では2倍、一般・歌詞問題では3倍がほとんどであるが、たまに三択で3倍、一般・歌詞で2・4倍などの表示もあった。 |
| なお、竹下の故郷である愛知県名古屋市にちなんだ問題が出た時などは、まれに1倍がついていた。 |
| また、竹下がレギュラーになって間もない頃や、レギュラー定着後も特に5問目の難しい問題や6問目の歌詞問題で、5-10倍の高い倍率が表示されることもあった。 |
| そして最終問題では、はらよりも比較的倍率が高いので指名されることが多かったはらは2の倍数の4倍がほとんどだった。 |
| 竹下は4の倍数の8倍がメインであるが、他にもまれに2・3・5の倍数の4・6・10倍の表示もあった。 |
| 出場者は7問目までで1万点を超えるケースは多いが、2万点を超えたことはあまり無かったからである。 |
| 他にも10万点に届かなくても賞金を持って帰りたい場合に指名されることもある(ごくたまに第714回の様に全チーム2万点を越えていても竹下に指名して正解させたケースもあり)。 |
| 全チームから指名されて的中させたこともあるが(第719回、第773回、第804回など)、不正解で全チーム0点になったことも多かった(第651回、第783回など)。 |
| 稀にだが、はらたいらも正解できない最終問題を単独で正解させて、10万点に達したこともあった(第660回、第700回、第733回など)。 |
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受賞
| 1978年-エランドール新人賞。 |
| 1982年-芸術祭優秀賞(『モモ子シリーズI12年の嘘』)。 |
| 1993年-第17回日本アカデミー賞 優秀助演女優賞(『学校』)。 |
| 1993年-第6回日刊スポーツ映画大賞 助演女優賞(『学校』、『望郷』)。 |
| 2000年-アジアTV祭主演女優賞(『夫の宿題』)。 |
テレビドラマ
| 中学生群像(1969年、NHK)-生徒。 |
| 明智探偵事務所(1972年、NHK)。 |
| おんな組アクション控第12話(1972年、12ch)。 |
| 太陽にほえろ!(NTV・東宝)。 |
| 第18話「つかみそこねた夢」(1972年)-藤滝薫。 |
| 青葉繁れる(1974年、TBS)第187話「愛」(1976年)。 |
| 銭形平次(CX・東映)。 |
| 第392話「泥に咲いたまごころ」(1973年)-お春。 |
| 第467話「瓦版騒動記」(1975年)-お吉(お艶)。 |
| 少年ドラマシリーズ/けんかえれじい(1973年、NHK)-道子。 |
| 白い影(1973年、TBS)-宇野かおる。 |
| 月形半平太(1973年、NET)。 |
| 旅人異三郎第15話「八木節に娘心が踊った」(1973年、12ch・三船プロ)。 |
| 旗本退屈男(1973年、NET・東映)-菊路。 |
| 銀河テレビ小説(NHK)。 |
| 「波の塔」(1973年)。 |
| ふるさとシリーズ1「夏の故郷」(1976年)。 |
| 昭和の青春シリーズ3「春の谷間」(1977年)。 |
| 「女の遺産」(1979年)-照子。 |
| 「もず」(1980年)。 |
| 新・荒野の素浪人(NET)。 |
| 第2シリーズ第1話「風塵の剣」(1973年)-お吉。 |
| 第2シリーズ第6話「影を斬る」(1973年)-ぬい。 |
| 荒野の用心棒第14話「黒豹は死の追跡を狙って…」(1973年、NET・三船プロ)-およう。 |
| ライオン奥様劇場「朱鷺の墓」(1973年、CX)。 |
| 木曽街道いそぎ旅(1973年-1974年、CX)。 |
| 銀座わが町(1973年-1974年、NHK)。 |
| 風の中のあいつ(1973年-1974年、TBS)。 |
| ぶらり信兵衛道場破り第49話「いもうと」(1974年、CX)-おさよ。 |
| 大江戸捜査網(12ch・三船プロ)。 |
| 雑居時代第23話「末は大物?」(1974年、NTV・ユニオン映画)。 |
| 若い!先生第4話「ふたりだけの道どこまでも」(1974年、TBS・国際放映)-加藤陽子。 |
| 走れ!ケー100第49話「助けて!紋太さんの幽霊だ」(1974年、TBS・C.A.L)。 |
| 高校教師第22話「転落・ある少女の場合」(1974年、12ch・東宝)-山口マリ子。 |
| われら青春!第18話「男のガッツと女のハート」(1974年、NTV・東宝)-風間みどり。 |
| 事件狩り第3話「恋に生きよう!若者よ」(1974年、TBS・大映テレビ)。 |
| ふりむくな鶴吉(1974年-1975年、NHK)-やよい。 |
| 右門捕物帖 第2話「燃える男」(1974年、NET・東映-お吉。 |
| 非情のライセンス第2シリーズ第19話「兇悪の十字架」(1975年、NET・東映)-坂崎圭子。 |
| 破れ傘刀舟悪人狩り(NET・三船プロ)。 |
| 必殺仕置屋稼業(1975年、ABC・松竹)。 |
| 横溝正史シリーズII/不死蝶(1978年、MBS)-鮎川マリ。 |
ラジオ
| 明日への伝言板(2005年10月-2006年3月、2006年10月2日-2007年3月23日、2007年10月5日-2008年3月21日、RKBラジオ・KBCラジオ・CROSSFM)-金曜日担当。 |
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1953年
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竹下 景子(たけした けいこ)は、日本の女優... |
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1975年
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第6部 第4話「わしは天下の大泥棒 -八代-」お夕 |
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