| かつて、「大学の卒業式の日は戦隊のロケ現場である光が丘公園で、ポパイ弁当を食べていた」とコメントを寄せていたことがある『宇宙船』号数不明(朝日ソノラマ)。 |
| イラストが得意で、助監督時代は数々の作品で竹本のイラストが採用されていた。 |
| 『高速戦隊ターボレンジャー』第40話「歩け!四国の子」に登場する絵本、『鳥人戦隊ジェットマン』第10話「カップめん」の「陽気なアコちゃん」などがあり、特に後者ではスタッフロールで特別に「イラスト竹本のぼる」とクレジットされている。 |
| 監督に昇進してからも自信が演出する回で、『カーレンジャー』の第45話「ホントの恋の出発点」にて怪人により操られたベンチに浮き出てきた顔のイラストや『特捜戦隊デカレンジャー』の第6話「グリーン・ミステリー」で劇中に登場する冷凍食品のピラフのパッケージのデザインを描いている。 |
| また『天装戦隊ゴセイジャー』に出演しているさとう里香に、ホワイトデーのお返しでさとうを描いたイラストをプレゼントしたというエピソードもある。 |
| 同じ年の渡辺勝也とは先輩後輩の間柄だが、それ以上に盟友ともいえる関係。 |
| 竹本のスーパー戦隊シリーズ復帰は、渡辺演出の『救急戦隊ゴーゴーファイブ激突!新たなる超戦士』であった。 |
| 渡辺以外にも他の監督や役者陣との現場の外での交流もあるようで、『魔法戦隊マジレンジャー』に出演した別府あゆみのブログによると、別府とともに後輩監督の中澤祥次郎宅に訪れて鍋を囲んだことがある。 |
| その際の竹本は、鍋奉行であったとのこと |
| 『デカレンジャー』最終回の試写が行われたとき、プロデューサーの塚田英明は歓喜のあまりに号泣した。 |
| しかし後席の方で塚田よりも派手に声を上げて号泣している者がいたため、「ああ、他にも泣いている人がいる」と塚田は安堵した。 |
| 試写が終わった後に塚田が後ろを振り返ると、顔をくしゃくしゃにして涙を流す竹本の姿があった。 |
| 「普段はクールな竹本監督が…」と塚田は驚いたという。 |
| 『魔法戦隊マジレンジャーTHEMOVIEインフェルシアの花嫁』で当初決定したゲストの出演が不可になった際、代役のゲスト出演として曽我町子を塚田英明プロデューサーに推薦した。 |
| 竹本と曽我は『恐竜戦隊ジュウレンジャー』の現場で面識があった。 |
| 竹本は「曽我町子に演技指導する監督」としての立場に緊張の連続であったと後に述懐している。 |
| また、曽我にとっては竹本は「カワイイ人」であったとのこと。 |
| 『轟轟戦隊ボウケンジャー』第28話では脚本の都合上ロボやメカが大量に登場するため、プロデューサーの宇都宮孝明は物語が煩雑になる可能性を懸念した。 |
| この回は竹本が演出を担当したが、チーフプロデューサーの日笠淳とともに完成作品の試写を見終わった宇都宮は、その纏まった出来に圧倒されたという。 |
| また宇都宮に日笠は、「竹本監督だからこういう風に撮れるんだよ」と耳打ちしたという。 |
| 日笠が竹本の特性をどのように把握しているかが窺えるエピソードとして実に興味深い『轟轟戦隊ボウケンジャーPRECIOUS!』(2006年、朝日ソノラマ)。 |
| 宇都宮は竹本を「巨大戦の達人」と評し |
| ちなみに『シンケンジャー』第43話に登場したサムライハオーが恐竜折神を武装するというアイディアは、竹本が台本作りの際に考案したとのことである『侍戦隊シンケンジャー公式読本真剣勝負!』(2010年、グライドメディア)。 |
| 『炎神戦隊ゴーオンジャーBUNBUN!BANBAN!劇場BANG!!』の撮影の際、主演の古原靖久は監督の竹本が何度OKを出しても自身の演技に納得できず苦悩していたが、そのとき竹本が「監督の俺がオッケーを出しているんだ、俺を信じろ!」と励ましたという。 |
| その後は迷いを断ち切り吹っ切ることが出来たとインタビューにて語っている。 |
| 『シンケンジャー』は、全ての担当回に挿入歌をかけるという野望を初めて達成できたシリーズであるという『侍戦隊シンケンジャー公式読本真剣勝負!』(2010年、グライドメディア)。 |
| 声優の岸祐二との仕事の機会が多い。 |
| 岸とは、1年に1度は仕事をする約束を交わしているという『特捜戦隊デカレンジャーコンプリートブック』(2005年、双葉社)。 |
| 戦隊シリーズの大先輩である竹本弘一監督と同姓だが、縁故関係はない。 |
| 『炎神戦隊ゴーオンジャー』の第5・6話担当を以て竹本昇の演出本数は80本(オリジナルビデオ、劇場版を含む)となり、竹本弘一の演出本数79本を抜くことになった。 |
| 年現在シリーズ監督本数は117本で、史上歴代単独5位である。 |
| また『特捜戦隊デカレンジャー』から『天装戦隊ゴセイジャー』までの7年連続で第5・6話を担当、これはある意味前人未到の珍しい記録といえる。 |
| この件について本人は「パイロットでもなく、第3・4話でもなく、万年三番手が僕の定められたポジションかもしれませんね」と2011年発売の『宇宙船』インタビューにて語っていたが、この記録も2011年で途切れた。 |