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プロフィール
- 笹川堯とは
- 概要
- 人物
- 発言
- 家族
- 略歴
- 所属議員連盟
笹川堯(ささがわたかし、10月5日-)は、日本の政治家。衆議院議員(7期)、国務大臣、科学技術政策担当大臣、自由民主党総務会長などを歴任した。
概要
| 衆議院議員を7期務めた。 |
| 自由民主党に所属していたが、離党して無所属となり、改革の会や改新などの院内会派に属していた。 |
| その後、新進党の結党に参加するも離党して無所属となり、のちに自由民主党に復党した。 |
| 自由民主党では平成研究会に所属し、自由民主党総務会長や自由民主党群馬県支部連合会会長を務めた。 |
| 公営競技の業務委託やトータリゼータシステム製造を主な業務とする日本トーターの設立に関わった。 |
人物
| 父の笹川良一も1942年から1946年まで国会議員であるため、笹川堯も二世議員である。 |
| しかし、議員職の親子世襲に40年空白期間が存在し、選挙区も大阪府と群馬県と異なるので、地盤を継いだわけではない。 |
| 2003年9月の自民党総裁選に立候補の意志を表明するが最終的に同じ派閥の藤井孝男に譲り出馬を辞退。 |
| 郵政族の有力者として知られ、1991年の郵政政務次官就任時には小泉純一郎郵政大臣と郵便貯金制度改革をめぐって激しく対立した。 |
| だが2005年の郵政国会では7月5日の衆議院本会議採決で郵政民営化法案に賛成票を投じた。 |
| その直後の解散総選挙では、小選挙区で当選するも民主党の石関貴史に僅差に詰め寄られる。 |
| 自民党の磐石の地盤である群馬県では異例のことであった。 |
| 国会議員の資産公開で堂々1位となり、記者会見の席上、「庶民の気持ちはわからないのでは?」と問われ、「そうでしょうなぁ」と率直に答えたことがある。 |
| しかし、2007年9月13日に報道ステーションに出演し、古舘伊知郎から「弱者の気持ちを考えながら政治活動をしているのか?」という旨の質問をされた際には、自身の経歴を披瀝しながら表情を荒らげて反論するという、資産公開の際の返答とは正反対の反応をした。 |
| 曰く、「母子家庭に育ち、大学を金銭的な問題から1年足らずで中退し、親からは1円の遺産も相続せず、政治活動も、実質的に世襲ではなく運転手からのスタートという、非常な苦労を強いられながら現在の地位まで登り詰めた」とのことである。 |
| なお、運転手とは競艇場での運送係のことである。 |
| 実際に遺産の相続は放棄している。 |
| 2006年10月26日、自民党の党紀委員長であった笹川は、自民党津島派の総会で、郵政造反組復党問題について、「落選した候補も見捨てない。 |
| 救済するときは一括して救済していくのが一番正しい道」と、無所属の衆院議員に落選組を加えた「一括復党」を認める意向を表明した(最終的に、12月4日に平沼赳夫を除く11人の無所属議員を復党させた)。 |
| また2007年参議院議員選挙で無所属で当選した藤井孝男を、欠員が生じて決議ができない党紀委員会の審査を経ずに、委員長の独断で仮復党を認めた(9月7日に党紀委員会で正式に復党が認められた)。 |
| 2007年12月、北朝鮮との国交正常化実現を目指す議員連盟、自民党朝鮮半島問題小委員会を立ち上げ、副委員長に就任した。 |
| 2008年1月11日、衆議院議会運営委員長として衆議院で可決され参議院で否決された補給支援特別措置法の再議決をする議事に携わった。 |
| 参議院で否決された衆議院可決法案が再可決されるのは1951年のモーターボート競走法案以来57年ぶり。 |
| モーターボート競走法成立で父笹川良一は競艇に携わることができたが、笹川親子二人が衆議院再議決条項の恩恵を受ける形になった。 |
| 2008年のガソリン国会では道路特定財源のための暫定税率廃止を掲げる民主党議員によって衆院理事会室に封鎖するピケ戦術を取られた際、笹川衆議院議運委員長と与党理事らは隣接する事務局の部屋に窓伝いに移って、ピケ戦術から脱出した。 |
| 2009年8月30日第45回衆議院議員総選挙に出馬したが、民主党公認の石関貴史に敗れ、落選し政界引退を表明した。 |
| 車好きで、フェラーリなどを所有。 |
| また、バイク愛好家としても知られておりハーレー・ダビッドソン製のバイクも所有している。 |
| 禁煙推進議員連盟所属。 |
発言
| 三ない運動には批判的で、「子どもからバイクを取り上げても事故は無くならない。 |
| 運転者教育こそが交通事故を減らすことができる。 |
| 2008年2月20日、自由民主党本部で記者団に対して、同年2月19日に発生した海上自衛隊のイージス艦衝突事故で行方不明中となった漁船乗組員2人について捜索が行われている最中に、「残念ながら、もう恐らく生存している可能性はありません。 |
| なぜないかと言えば、救命胴衣を着けていないから」と発言した(時事通信)。 |
| 2008年9月30日米下院による金融安定化法案の否決について国会内で記者団に「下院議長は女性で、ちょっと男性とはリードが違う気がする。 |
| それで破裂した」と述べた(日本経済新聞)。 |
| 2008年12月6日、自民党島根県連パーティーで、「小渕優子大臣は少子化担当大臣。 |
| 子供を産んだからだ」と発言した。 |
| また、「人口というのは努力しなきゃ増えない。 |
| 近ごろの若い人はどうも努力が足らん。 |
| 辛抱が足らない」とも述べた(時事通信)。 |
| 2009年2月24日、自民党参院議員の会合であいさつし、森内閣に当時入閣したことにふれ、「運悪くハワイ沖で潜水艦が日本の船にどーんと当たり、やむなく沈没した」と発言(時事通信)。 |
| 2009年3月6日、倉敷市で開かれたパーティーのあいさつで「戦後教育は、日教組の方々のおかげでめちゃくちゃになった」「万一、次の衆院選で自民党が負ければ、日教組出身の文部(科学)大臣が生まれる可能性が大いにある。 |
| そんなことをさせたら、国旗も国歌もなくなってしまう」と述べた。 |
| また、伊東香織倉敷市長を「大変素晴らしい女性の市長さん」と持ち上げた上で「国会議員もどんどん女性が出て来ると、いいんだけどね。 |
| やっぱり、ちょっとあまり上品ではないと思います」とも述べた。 |
| 2009年3月14日、大分市で開かれた党大分県連の大会にて教育問題を語る中で、教員がうつ病で休職するのは気が弱いからだという趣旨の発言をする(共同通信・毎日新聞)。 |
| 2009年3月24日、都内のホテルで開かれた塩谷立文部科学大臣の政治資金パーティーのあいさつで、閣僚の大規模パーティー自粛を定めた「大臣規範」について、「誰かおきてを破ってもらわないと、あとから続く人が困る」と述べた。 |
| また、「恐らく閣僚の中に『おれも是非やりたい』という人が出てくるかもしれない」とも語った。 |
| 「大臣規範」は、閣僚や副大臣、政務官を対象にし、パーティーについて、「国民の疑惑を招きかねないような大規模なものの開催は自粛する」と定めている。 |
| (時事通信・読売新聞)。 |
家族
| 衆議院議員・日本船舶振興会創設者の笹川良一の二男にあたる。 |
| 日本財団会長笹川陽平は弟。 |
| ちなみに父や弟は姓の読みを「ささかわ」としているが、自身は「ささがわ」と濁らせている。 |
略歴
| 1935年10月5日:東京都文京区出身、群馬県桐生市三吉町に在籍。 |
| 1954年6月全国モーターボート競走会勤務。 |
| 1956年3月明治大学法学部中退。 |
| 1956年7月桐生競艇施設(現関東開発)役員就任。 |
| 1972年12月衆議院議員総選挙に初出馬するも落選。 |
| 1982年5月桐生競艇施設の全役員を辞任、顧問相談役に就任。 |
| 1983年12月衆議院議員総選挙に出馬し落選。 |
| 1986年7月衆議院議員総選挙に出馬し初当選、以後連続7期当選。 |
| 1991年11月郵政政務次官に就任。 |
| 1993年12月自由民主党を離党。 |
| 1994年1月院内会派「改新」に参加。 |
| 1994年12月新進党結成に参加。 |
| 1996年11月新進党を離党。 |
| 1997年4月自由民主党に復党。 |
| 2000年12月5日第2次森改造内閣で国務大臣(無任所大臣)に就任。 |
| 2001年1月6日省庁再編に伴い科学技術政策担当大臣に就任。 |
| 2003年11月衆議院予算委員長に就任。 |
| 2007年9月衆議院議院運営委員長に就任。 |
| 2008年8月自由民主党総務会長に就任。 |
| 2009年8月第45回衆議院議員総選挙に出馬し落選、麻生太郎総裁に総務会長辞任の意向を伝える。 |
| 2009年9月フジテレビの番組「新報道2001」に出演し、「選挙に出ることはないと思う」「後援会にはまだ話をしていないが、私も74歳になる。 |
| 党として若い人を育てないといけない」と述べ、政界から引退する意向を表明。 |
所属議員連盟
| 高速道路建設推進議員連盟。 |
| 自民党トラック輸送振興議員連盟。 |
| 自民党朝鮮半島問題小委員会副委員長。 |
| 選択的夫婦別姓制度の導入に賛同しており、例外的に夫婦の別姓を実現させる会の会長を務める笹川たかし後援会「 |
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2006年
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自民党の党紀委員長であった笹川は、自民党津... |
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2007年
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報道ステーションに出演し、古舘伊知郎から「... |
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