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プロフィール
- 筋肉少女帯とは
- 結成~インディーズ期
- メジャーデビュー~バンドブームの盛衰
- 活動凍結~それぞれの道へ
- 仲直り~活動再開
- 正規メンバー(2011年現在)
- サポートメンバー
- 過去在籍メンバー
- 特徴
- ネーミング
- 関連項目
- 関連サイト
筋肉少女帯(きんにくしょうじょたい)は、1980年代後半から1990年代後半にかけて活躍し、2006年に活動を本格再開した日本のロックバンド。通称は「筋少」(きんしょう)で、アルファベットでは「King-Show」(初期は「KIN-SHOW」)と記す。
結成~インディーズ期
| 1979年に当時中学生だった大槻ケンヂと内田雄一郎が組んだバンド「ザ・ドテチンズ」別名ドンズ。 |
| 当時の大槻のあだ名より命名が始まり。 |
| 大槻は健康青竹踏みを打ち鳴らし、内田はエレクトーンを掻き鳴らした。 |
| ドンズが解散した後の1982年2月、二人は高校進学を期に再びバンド「筋肉少年少女隊」を結成。 |
| 大槻は「JAGATARA」のようなファンクバンドを志向していたものの、練習スタジオでファンクが上手く説明できず、結局「ディープ・パープル」の様な曲調になったそうである(このやりとりによって生まれたのが代表曲のひとつ「釈迦」)。 |
| 同4月6日のライブハウス新宿JAM「伝染病解散ライブ」にてライブデビュー。 |
| 1984年、バンド名を「筋肉少女帯」に改める。 |
| とはいえ、まだまだこの頃のライブでは大槻がうどん粉で顔面白塗りの上、裸体に包帯を幾重にも巻きつけて歌唱するなど、「当時は学園祭バンドみたいなノリで、完全にキワモノ」(大槻談)であった。 |
| 同じ頃、後に第22期筋肉少女帯メンバーとなる5人がそれぞれのバンド(大槻・内田は筋少、本城は筋少・有頂天・エッグレイヤー、太田はYTJ、橘高はSLEAZYLUSTER)でYAMAHAのコンテストに出場。 |
| たびたび顔を合わせる旧知の仲だった。 |
| 筋少はパフォーマンス賞を受賞。 |
| 橘高、太田はそれぞれベストギタリスト賞、ベストドラマー賞を取るなど、対照的な成績を残している。 |
| 1985年に三柴江戸蔵が参加当初はサポート。 |
| 1986年3月正式加入。 |
| 1987年、ナゴムレコードより発売の自主制作EP『高木ブー伝説』が話題を呼ぶ。 |
| 冗談画報、11PMなどに出演。 |
| その際演奏した高木ブー伝説、ドリフターといった楽曲の歌詞が問題となったりもした。 |
| そのためドリフターズ所属の事務所を名乗る者から苦情の電話が寄せられ、『高木ブー伝説』は結局自主回収という形で販売中止となる。 |
| しかし、その電話は後に悪戯と発覚する。 |
| 大槻によれば、この一件で筋肉少女帯は一時解散の危機に立たされたが、他ならぬ高木ブーの擁護によって事なきを得たという。 |
メジャーデビュー~バンドブームの盛衰
| 様々なメンバーが加入と脱退を繰り返す中で活動を続け、1988年6月、トイズファクトリーよりアルバム『仏陀L』・シングル『釈迦』でメジャーデビュー(第18期メンバー)。 |
| しかし、その後もメンバーが定着することはなく、半年後に発売された2ndアルバムは21期メンバーで録音された。 |
| 1989年2月の三柴脱退を受け、橘高文彦の加入・本城聡章の復帰が「大槻ケンヂのオールナイトニッポン」にて発表される(第22期)。 |
| 筋少のオリジナル音源への参加に先駆け、「オールナイトニッポン」の企画から派生した「まんが道」(大槻と内田による変名ユニット)の『ボヨヨンロック』において非公式ながら初のレコーディング。 |
| その後、さらに同メンバーで録音された3rdアルバム以降ついにメンバーが定着し、以後10年間メンバー交代が行われることはなかった。 |
| アルバム収録曲『日本印度化計画』が話題となり、続くシングル『元祖高木ブー伝説』(『高木ブー伝説』のリメイク)が一躍大ヒット。 |
| 大槻がオールナイトニッポンのパーソナリティを務めたことも相まって、一躍有名バンドへとのし上がっていく。 |
| 「筋肉少女帯の深夜改造計画」という看板TV番組まで持っていた。 |
| 一方で、『ボヨヨンロック』、『日本印度化計画』、『元祖高木ブー伝説』と笑いの側面の強い曲が立て続けにヒットしたこともあり、はからずも世間にはコミックバンドという認知が俄かに定着しつつあった。 |
| 大槻自身、この三作をまとめて「ボヨヨン・カレー・ブー」=「B・C・B」と呼び、度々自虐的に当時の状況をネタにしている。 |
| 1990年2月7日には単独では初となる武道館LIVE。 |
| 以後1994年まで通算4度、単独での武道館LIVEを敢行する。 |
| 1992年発売のベストアルバム『筋少の大車輪』には、かつてのメンバーが一堂に集結。 |
| 新録音曲「大釈迦」が収録された。 |
| バンドブームが去った1993年暮れには事務所からの解雇、レコード会社との契約打ち切りも経験する。 |
| 1994年に橘高が、翌1995年に大槻がソロデビューするなど、メンバー各自での活動も多くなっていった。 |
活動凍結~それぞれの道へ
| 22期メンバーでの活動に行き詰まり感を覚えていた大槻が、内田及び、三柴らかつてのメンバーと期間限定で「80年代の筋肉少女帯」を結成。 |
| LIVEツアーも行う(後にインディーズよりビデオ発売)。 |
| この頃活動初期の新鮮さも消え去りバンドメンバーの妻や恋人等が楽屋に入り浸り、ライブもルーティーンで倦怠感漂う状態と化していた現状に大槻はバンドとしての活動限界を感じるようになる。 |
| バンドブーム衰退後も独自のスタンスを保ちメジャーシーンで活躍しつづけたが、1998年7月の渋谷公会堂ライブを最後に太田が脱退。 |
| 更に1999年5月には大槻がバンドのテコ入れを想定したメンバーの交代を示唆し、後に橘高が脱退を表明。 |
| この事態が大槻の独断による橘高外しと受け取ったファンの反発を招き、大槻が運営、管理するサイト上で事態収拾を行うべく弁明の書き込みをするも逆に火に油を注ぐ形となり大槻の人格攻撃にまで及ぶにまでに至る。 |
| この抗議を受けて精神的に疲弊した大槻は翌6月に脱退を表明。 |
| 内田雄一郎と本城聡章の2人のみとなった筋肉少女帯は事実上解散状態となる。 |
| しかし2人は筋肉少女帯の名を守りつづけることを決意。 |
| 大槻も「プロレスラーやイーグルスも引退や解散を表明しながら、幾度にも渡り復帰や再結成を行っている」とし、「解散」ではなくバンドとしての活動「凍結」を宣言した。 |
| その後、大槻は文筆活動と併行して「特撮」を結成し、様々なコネクションを通じ対バン勝負を呼びかけて個人名義での活動も行う。 |
| 橘高は脱退と前後する形で結成していた「X.Y.Z.→A」に専念。 |
| 太田は相川七瀬らのサポートの傍らドラム教室を開催。 |
| 内田と本城は他アーティストのサポートやプロデュース活動の他、「筋肉少女帯」(KING-SHOW)としてサントラ製作やライブアルバム監修、イベント主宰などを行っていった。 |
仲直り~活動再開
| 活動休止前後にはメンバー間で行き違いもあり、特に盟友関係と言っても良かった大槻と内田は、その後「特撮」内で対立して内田が脱退するなど一時絶縁に近い状態となってしまう。 |
| 大槻と橘高の所属バンド同士が競演する。 |
| 内田と本城の主催イベントに橘高が参加し、「一夜限りの復帰」と銘打ってセッションを実施。 |
| 大槻・内田双方と交友があった元アンジーの水戸華之介が大槻のイベントにゲスト出演した際に内田を登場させて仲直りの場を設けたもともとは大槻が水戸に内田への出演交渉を依頼。 |
| 水戸は辛うじて内田の電話での出演を取り付けた形にしておいて、当日電話しながら内田が登場するというサプライズを演出。 |
| など、徐々に関係を修復していった。 |
| 共演の際に筋肉少女帯の曲が演奏されることもあり、大槻と内田に至っては「仲直り」自体をイベントのネタとして使用するまでになる。 |
| 2006年にはかつて大槻がケラ、内田と結成していたユニット空手バカボンが突如復活しライブを行った。 |
| さらに大槻と橘高が三柴らのサポートを受けて「大槻ケンヂと橘高文彦」と称するコンビを組み、筋少ファンを公言する滝本竜彦原作・大岩ケンヂ作画のテレビアニメ『N・H・Kにようこそ!』に楽曲を提供。 |
| 大槻、橘高参加時の往年の「90年代の筋少」サウンドを髣髴とさせる楽曲となった(シングル盤には筋少時代の楽曲「踊るダメ人間」のセルフカヴァーも収録されている)。 |
| 同年4月から7月にかけて『週刊アスキー』誌上において大槻が『筋肉少女帯物語』第1部を連載。 |
| 大槻本人が明記しているようにフィクションのキャラクターも登場する「小説」なのだが、当時のメンバーらの許可の元に、バンドブームに巻き込まれ、急激に人気バンドになってしまった彼らを取り巻いていた状況なども語られている。 |
| そして小説第1部の最終回掲載直前の7月22日。 |
| 恵比寿で行われた「大槻ケンヂと橘高文彦」のライブに、サプライズゲストとして内田と本城が登場。 |
| 大槻と橘高の筋肉少女帯再加入と、4人で同年12月28日に筋肉少女帯のライブを行うことが発表され、凍結状態であったバンドは8年ぶりに復活を果たした(小説第1部のラストでも、大槻が復活を宣言)。 |
| 2007年9月にはおよそ10年ぶりのオリジナルアルバムとなる「新人」を発売。 |
| 2008年9月21日に14年ぶり、単独では5度目となる武道館公演を行った。 |
| 活動再開から2010年現在までに計三枚のオリジナルアルバムをリリースしている。 |
正規メンバー(2011年現在)
| ;大槻ケンヂ(おおつきけんぢ、1966年2月6日-)ボーカル。 |
| 東京都中野区出身(在籍期間1982年-1999年,2006年-)。 |
| 結成時よりのオリジナルメンバー。 |
| 当初の名義は「モヨコ」、「おーつきモヨコ」、あるいは「大槻モヨコ」等。 |
| 結成当初はボーカル&ベースだったが、歌いながらだとベースが弾けないことが発覚。 |
| ほとんどの作詞を手がけ、独自の幻想的・自虐的世界観を作り出すことに成功する。 |
| 楽器が出来ないながらも作曲もある程度手がけ、ハードコア、ファンク、テクノ・ポップやボサ・ノヴァなど広い振れ幅ながらも比較的シンプルな構成の楽曲を生み出した。 |
| バンドの知名度アップに大きく寄与したが、自身も認める通りそれが色物的扱いを受ける要因にもなった。 |
| ;内田雄一郎(うちだゆういちろう、1966年2月8日-)ベース。 |
| 結成当時はキーボードを担当していたが、大槻がベースができなくなったために急遽ポジションチェンジ。 |
| 後述のようにプログレやYMO、野口五郎を好み、「月とテブクロ」「アメリカン・ショートヘアーの少年」「何処へでも行ける切手」、近年では「ゴッドアングルPart2」といったプログレ色の濃い楽曲はたいてい彼の手による。 |
| 大槻とは中学からの同級生であり、ドテチンズ、空手バカボン、まんが道などで共に活動。 |
| 特撮にも結成当初在籍した。 |
| ゲームファンであり、週刊ファミ通に連載を持っていた事がある。 |
| ;本城聡章(ほんじょうとしあき、1964年9月10日-)ギター。 |
| 1982年、ケラと共に有頂天に参加、同4月6日のライブで筋少と共にインディーズデビューを飾る。 |
| 1989年の再々加入後(1984年にも数ヶ月ほど脱退していた時期がある)、1992年のアルバム「エリーゼのために」より作曲を手がけ始め、ニュー・ミュージックやニュー・ウェイヴに影響を受けた音楽性で筋少のPOPな一面を引き出す立役者となる。 |
| ;橘高文彦(きつたかふみひこ、1965年12月27日-)ギター。 |
| 大阪府枚方市出身(在籍期間1989年-1999年,2006年-)。 |
サポートメンバー
| ;三柴理(みしばさとし、1965年1月15日-)キーボード。 |
| クラシックやジャズの高い素養を活かしたピアノで筋少の音楽的な発展に大きく寄与する一方で、大槻以上の強烈なパフォーマンスを展開した人物であり、演奏中に激しいアクションをとってみせるのみならず、全裸でピアノを弾いた、演奏後観客席にダイブした、出番の少ない楽曲でステージを練り歩く・走り回るなどナゴム人らしい逸話あり。 |
| 大槻らとの交友はその後も続き、「80年代の筋肉少女帯」「特撮」に正規メンバーとして参加した他、大槻のソロ活動や「大槻ケンヂと橘高文彦」などでもサポートを担当。 |
| 録音作品におけるサポートには、THE ALFEEの専属サポートやCube-rayとして活動した長谷川浩二、DEADEND以降名うてのセッション・プレイヤーと知られた湊雅史、矢野一成が参加。 |
| ライブでのサポートについても先述の長谷川をメインとして、熱心な筋少ファンであり五人一首とのセッションでコピーバンドを経験した事もある元陰陽座の河塚篤史、かつてはLUNA SEAのメンバーとして対バンしたこともある真矢、accessやいきものがかりのサポートを担当していた原治武(後に大槻のソロ活動「大槻ケンヂス」へも参加)、橘高とX.Y.Z.→Aで活動しているファンキー末吉らが歴任。 |
過去在籍メンバー
| ;太田明(おおたあきら、1965年6月30日-)ドラムス。 |
| ;美濃介(みのすけ、1965年4月25日-)ドラムス。 |
| 1998年には「80年代の筋肉少女帯」のメインギタリストを務めた他、大槻のソロ活動にサポートで参加した後、大槻・佐藤研二・小畑ポンプと共にバンド「電車」を結成。 |
特徴
| 三柴脱退後、新たな方向性を模索していた筋少は、オーディションで洋楽受容者でヘヴィ・メタルのギタリストである橘高が加入すると、彼と本城のツインギターによりハードロック系の音楽性を前面に押し出していくこととなる(大槻は一般的にメジャーなこの時代の筋少を指して「'90年代筋少」と呼んでいる)。 |
ネーミング
| 「当初は、筋肉少年隊とするはずであったが、少年隊が所属するジャニーズ事務所よりクレームがついた為、名前を変えた」という俗説があるが、先述のようにインディーズの無名時代からすでに「筋肉少女帯」と名乗っている。 |
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1964年
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; 本城聡章(ほんじょう としあき、 -)ギタ... |
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1965年
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; 三柴理(みしば さとし、 -)キーボード。... |
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