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プロフィール
納富昌子さん RKB毎日放送株式会社 メディア事業局専門局長 メディアを通して、いきいきと活躍 駆け出しの頃の“我慢”がのちの糧に 学生の頃からアナウンサーに憧れ、放送部やアナ研に身を置いていた納富さん。大学4年生のときにはすでに、NHK福岡の地域番組に出ていた。 1976(昭和51)年にRKB毎日放送に入社。夢がかなったかに見えたが、「アナウンサーではなく、女性初のニュースキャスターとして育てる」という会社の意向から、入社して半年後に報道部に配属。福岡県警記者クラブの一員となった。 当時、記者は“男性の聖域”で、記者クラブにいる女性は納富さん1人だった。現場に出る事はなく電話番ばかりさせられ、「お嬢ちゃん、こんな所にいるとお嫁にいけなくなるよ」と冷やかしの言葉をかけられた。「なんでこんなに毎日仕事が回ってこないんだろう」と苦悶の日々が続いた。 「放送局に入って、いろ ... もっと見る
納富昌子さん RKB毎日放送株式会社 メディア事業局専門局長 メディアを通して、いきいきと活躍 駆け出しの頃の“我慢”がのちの糧に 学生の頃からアナウンサーに憧れ、放送部やアナ研に身を置いていた納富さん。大学4年生のときにはすでに、NHK福岡の地域番組に出ていた。 1976(昭和51)年にRKB毎日放送に入社。夢がかなったかに見えたが、「アナウンサーではなく、女性初のニュースキャスターとして育てる」という会社の意向から、入社して半年後に報道部に配属。福岡県警記者クラブの一員となった。 当時、記者は“男性の聖域”で、記者クラブにいる女性は納富さん1人だった。現場に出る事はなく電話番ばかりさせられ、「お嬢ちゃん、こんな所にいるとお嫁にいけなくなるよ」と冷やかしの言葉をかけられた。「なんでこんなに毎日仕事が回ってこないんだろう」と苦悶の日々が続いた。 「放送局に入って、いろんな人に出会うのが夢だったので、簡単にあきらめるわけにはいきませんでした。それに、私が落ち込んでいると、『我が家には、そんな弱い人間はいない』と母が叱咤したんです」と振り返る。 記者クラブに配属されて3年が過ぎた頃から、放送記者として、ニュース番組で毎日リポートを送り続けるようになっていた。 “すごい”と“ひどい” 放送記者として活躍していた納富さんは28歳で結婚。「ヘリコプターで現場へ向かう途中、『今日は乗り物酔いをするなぁ』と思ったら妊娠でした」というおおらかさだ。 妊娠した納富さんの負担を軽くしようと、資料室への異動が決まっていたのだが、「それまで、妊娠後もカメラの前で仕事を続けた女性がいなかったのですが、私は健康だったので、そのまま仕事を続けるのが当たり前だと思っていたんです」。そう言う納富さんの気持ちをくんだ上司が考え直し、短い育児休暇を取得して、放送記者として働き続ける事ができた。 視聴者の反応は2通り。「あんなにお腹の大きな女性に仕事を続けさせるなんて“すごい”」という反応と、「出産間近まで働かせるなんて“ひどい”」という対照的な反応。それほどまでに、妊婦が現場で働く事が珍しい時代だった。 産前産後6週間しか休まなかった納富さんだが、休んでいる間は本を読んだ。「『育児休暇中、本をたくさん読めるだろ。勉強して戻ってきなさい』と言ってくれた上司の期待に応えたかったんです。お産の常識では、本を読んではいけないという事になっているんですけどね」と笑いながら、当時を振り返る。 人と人とをつなぐ 1985(昭和60)年、ニュースキャスターに抜擢され、いわく「15年間毎日同じ時間に“時計代わり”のように」テレビに顔を出し、ニュースを伝え続けた。特に、選挙速報の進行役は、手ごたえのある仕事だったという。 名実共にRKBの顔となっても満足はしなかった。「ブラウン管の中だけでなく、視聴者と直接触れ合いたかったので、講演の依頼があれば毎週末、どこへでも出かけて行きました。テレビの中のいわば“虚像”で終わりたくなかったんです」と。 納富さんにとって仕事とは何か尋ねると、「私にとって仕事とは人生そのもの。私の時代に比べて、育児休暇などの女性が働き続けるための充実したサポート体制が整っている。それらをもっと活かして、1人でも多くの女性が、企業や社会に貢献して欲しいと思います。女性は、大学などで充分な教育を受けているのですから」と答える。 そんな納冨さんが尊敬し続けているのが、ジャーナリストの故・筑紫哲也さんだ。「筑紫さんの主宰していた市民大学の学生たちにも、一国の大統領にも、向ける眼差しの暖かさは変わらなかった。誰に対しても態度を変えないその姿勢を見習いたい」と言う。 筑紫さんの地元での葬儀では、弔辞を読んだ納富さん。働き続ける女性のロールモデルとして、今日もまい進し続けている。 (2011年3月取材) わが娘へ 妊娠中、現場で辛い思いをした時、「この子は女の子だったらいいな」と思った納富さん。「きっと将来、女性の気持ちを分かち合えるだろう」と。思いの通り女の子が生まれ、その娘も今では社会人となった。「仕事上の悩みを共有できます。働く女性としての思いを子どもが継いでくれています」。これからキャリアを積む娘と、やがて定年を迎えようとする母との間に、幸せのひと時が過ぎる。 福岡県飯塚市生まれ。1976(昭和51)年、西南学院大学文学部を卒業し、RKB毎日放送へ入社。 報道部記者を経て、「ニュースワイド」のキャスターを15年間担当した後、2001(平成13)年に事業部へ異動。2008(平成20)年より現職。また、2003(平成15)年からは「元気by福岡」(毎週日曜・深夜0時50分~)のインタビュアーとしても活躍中。 「福岡県婦人問題懇話会」委員、「福岡市男女共同参画推進センターアミカス」理事などを歴任。現在も、「福岡市CO2削減委員会」委員、「博多港長期構想検討委員会」委員、「福岡県救急医療協議会」委員、「財団法人九州大学後援会」評議員など、様々な委員として活躍するかたわら、母校である西南学院大学の女子同窓会「西南ゆりの会」の会長も務める。 戻る
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