11690
11836
136626
%E7%B7%92%E5%BD%A2%E6%8B%B3
%E7%B7%92%E5%BD%A2%E6%8B%B3
%E7%B7%92%E5%BD%A2%E6%8B%B3
%E7%B7%92%E5%BD%A2%E6%8B%B3
%E7%B7%92%E5%BD%A2%E6%8B%B3
0
|
他の画像検索結果
他人の画像が選択されている・混じっている場合
画像候補は人物名で顔画像を検索したものです。
人物として適切でない画像も含まれてしまう可能性があります。
適切な画像になるよう 緒形拳の画像検索結果ページで修正できます
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
プロフィール
- 緒形拳とは
- 来歴・人物
- 芸名
- 活動
- ドラえもん
- 性格
- 映画
- 関連サイト
緒形拳(おがたけん、1937年7月20日-2008年10月5日)は日本の俳優である(ただし、本人の中では芸名の読み方を「おがた こぶし」としている。下記「エピソード・芸名」参照)。東京府東京市牛込区(現・東京都新宿区市谷)出身。本名は緒形明伸(おがたあきのぶ)。長男は 緒形幹太、次男は 緒形直人で共に俳優、血液型はB型、身長173cm、体重70kg、趣味は絵手紙・水墨画。
来歴・人物
| 1937年7月20日、東京府東京市牛込区で生まれる。 |
| 太平洋戦争中、空襲で牛込の家が焼かれた為、小学校二年生の時に千葉県千葉市登戸町(現在の千葉市中央区登戸)に一家で疎開したという |
| 中学まで千葉で過ごし、その後東京へ戻った。 |
| 1957年、東京都立竹早高等学校卒業後、憧れていた新国劇の二大看板俳優の一人、辰巳柳太郎の弟子になるべく、1958年新国劇に入団。 |
| 辰巳の付き人となる。 |
| 1960年、新国劇のもう一人の看板俳優、島田正吾に見い出され、『遠い一つの道』で主人公のボクサー役に抜擢された。 |
| 作品は映画化され映画デビューも果たす。 |
| 1965年、NHK大河ドラマ『太閤記』の主役に抜擢される。 |
| 撮影期間も新国劇の活動を休むことは許されなかった。 |
| 1966年、引き続き、NHK大河ドラマ『源義経』に弁慶役で出演。 |
| 新国劇所属の女優・高倉典江と結婚。 |
| 1968年、新国劇を退団。 |
| テレビ・映画に精力的に出演し、テレビでは『必殺仕掛人』シリーズの藤枝梅安役を演じる。 |
| 1978年、野村芳太郎監督作品『鬼畜』に主演。 |
| その年の数々の男優賞を受賞する。 |
| その後も1979年に『復讐するは我にあり』(今村昌平監督)、1983年に『楢山節考』(今村昌平監督)に主演し高い評価と名声を得る。 |
| また1999年、池端俊策監督の『あつもの』で「フランス・ベノデ映画祭グランプリ」を受ける。 |
| 2000年、紫綬褒章受章。 |
| 2008年10月4日、自宅で体調が急変。 |
| 獨協医大病院に運ばれ肝臓破裂の緊急手術を受けるも、翌2008年10月5日午後11時53分、肝癌により死去した。 |
| 緒形の最期は家族と長年の友人であった津川雅彦が看取った |
| 戒名は天照院普遍日拳居士。 |
| 最後の出演作は、ドラマ『風のガーデン』(フジテレビ系列テレビドラマ)となり、死去5日前の9月30日には作品の制作発表にも出席していた。 |
| また、最後の出演CMとなったエプソン「カラリオ」シリーズの放映が10月1日から開始されたが、死去にともない休止されたその後エプソンHPにて期間限定公開された。 |
| 劇場映画で遺作となったのは、妖怪総大将ぬらりひょんを演じた2008年7月公開の『ゲゲゲの鬼太郎千年呪い歌』である。 |
| 息子の緒形幹太・直人兄弟が葬儀の後プレスインタビューに応え、緒形は以前から慢性肝炎を患い、2002年ごろに肝硬変を経て肝癌に至り、適切な内科的手術を受け投薬治療や食餌療法を受けながら、病を隠して俳優活動を続けていたこと、また2007年暮れには腰椎圧迫骨折の大怪我を負っていたことなどが明かされた。 |
| 2008年10月31日、日本政府は長年の演劇界への貢献を多とし、緒形に旭日小綬章を授与することを閣議決定した。 |
| なお、勲記は死去した2008年10月5日付である。 |
芸名
| 芸名の「緒形拳」は劇作家・北条秀司の夫人によってつけられたもので、元々は「おがたこぶし」という読みであった。 |
| 芸名の候補として「緒形寅蔵(おがたとらぞう)」、「緒形掌(おがたてのひら)」、「緒形握り拳(おがたにぎりこぶし)」などの案が挙がったという。 |
| 「お前の特徴は何だ」と聞かれて、とっさに「うーん、手かなあ」と答えたことから手に関連するあらゆる単語が(現実的でないものも含めて)連想的に挙がったという。 |
| 最終的に「緒形拳(おがたこぶし)」と決めたが周囲の誰からも「こぶし」と読まれず、「ケンさん、ケンさん」と呼ばれ続けた為に意に反してそちらが定着してしまったという逸話がテレビ番組『トリビアの泉』で明かされた(2006年3月1日放送。 |
| バラエティ番組への出演は断り続けてきた緒形だったが、同番組のファンだということで「『トリビアの泉』だったらいいよ」と快諾したという。 |
| このエピソードは『徹子の部屋』にゲスト出演した際も話している。 |
| この時「自分の中では拳(けん)ではなく、今も緒形拳(こぶし)なんです」と語っていた。 |
活動
| 活動のかなりの部分をTVドラマが占め、映画の仕事が本格化したのは中年以降である。 |
| このキャリアで生え抜きの映画育ちに伍するスターとなった俳優は珍しいが、最後までTVの仕事も見下すことなく続けた。 |
| いかつい容姿もあって、全体として時代劇やシリアスな文芸作品が多いが、本人はSFやミステリー、マンガに造詣が深く、TVドラマ『迷宮課刑事おみやさん』は彼の発案企画。 |
| 出演歴に、時折『咬みつきたい』『大誘拐』のような異色作が混ざるのは、そうした本人の趣味とも関係している。 |
| 映画出演歴が『ゲゲゲの鬼太郎千年呪い歌』で終わるのはゆえなきことではない。 |
| 1980年代半ばよりポール・シュレイダー監督作の『Mishima:ALifeInFourChapters』など外国映画への出演も増えたが、勝新太郎が「道草しちゃだめだよ」と忠告。 |
| その際、本人は「メインストリームより田んぼのあぜ道って楽しい」と語っている。 |
| その後、活動を日本映画に戻した。 |
| さらに演劇以外でも多才なことで知られ、書家としても活動していた。 |
| 1991年には初個展を開催し、『臍下丹田(せいかたんでん)』という本も出版して話題を呼んだ。 |
| 書は、熊谷守一や中川一政など画家の書に影響を受けた、と発言している『スタジオパークからこんにちは』1998年1月7日放映分にて本人談。 |
| 緒形は「自分は舞台役者」と語っており、新国劇を離れた後も島田正吾と辰巳柳太郎というふたりの師匠に対する思いは終生変わらなかった。 |
| 辰巳柳太郎の当たり役で知られた戯曲『王将』で阪田三吉を演じたときは「辰巳先生に見てもらいたい」という思いで取り組んだ。 |
| また、島田正吾が新国劇の開祖:澤田正二郎から受け継ぎ、取り組んでいたひとり芝居『白野シラノ』を島田の三回忌追善興行として緒形自らが受け継ぎ、2006年にシアターコクーンで演じた。 |
| 社会番組『見える歴史』ではジョーモンの声を担当している。 |
ドラえもん
| 2006年3月1日放送の『トリビアの泉』では、映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』を川崎の映画館に観に行った際に時間つぶしに寄ったゲームセンターでドラえもんのぬいぐるみを獲得したことからドラえもんが好きになり、大事にしているというトリビアも紹介された。 |
| 3つも取ってしまい、大きさ50cmほどのぬいぐるみを3つ抱えて映画館に入ったという。 |
| だが興味があるのがドラえもんだけのためか、それ以外に知っているキャラクターは野比のび太だけであり、ドラえもんに耳があったことや妹のドラミ、源静香、ジャイアン、骨川スネ夫などの存在は知らなかったようで「これはゲーセンにないね」と発言し視聴者を笑わせた(スタッフから渡されたが、その場で手を放し捨てられた)。 |
| この話は後日『徹子の部屋』でも披露された。 |
| 連日のゲームセンター通いはよい息抜きになり、ドラえもんの愛嬌のある姿に随分と癒され俳優生活の励みになったという。 |
| アメトーークの『ドラえもん大好き芸人』の回では出演こそしなかったものの、緒形からのメッセージ(緒形本人が読み上げた音声が放送された)と直筆のドラえもんの似顔絵がスタジオで披露された。 |
性格
| 堅物で真面目な性格から親友の津川雅彦から若い女性との合コンに誘われた際、参加するかしないかを真剣に迷った末に「雅彦、オレやっぱりどうしても行くことができない」と思いつめたような声で断りの連絡をしたという。 |
| それを聞いた津川からは、「お前がそのことで悩んだのは大きな進歩だ」と言われた。 |
| 映画の話をするのが大好きで、泉谷しげると共演した際、撮影の合間に盛り上がっていた。 |
| 泉谷の撮影が先に終わり、翌日も撮影で会うから、と思って帰ったところ、「終わったらお前と話の続きをするつもりだったんだ!」と子供のように電話口で怒ったという。 |
| 『うたばん』2008年10月23日放映分にて泉谷しげる談。 |
|
1937年
|
東京府東京市牛込区で生まれる |
|
1957年
|
東京都立竹早高等学校卒業後、憧れていた新国... |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
関連商品
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
緒方拳
緒方拳さん 死去 2008-10-07 10:11:33 | 芸能 緒形拳さん死去=映画「楢山節考」、ドラマ「太閤記」(時事通信) - goo ニュース
報道によれば俳優の緒方拳さ... |
|
|
津川雅彦
日本の俳優。芸能事務所グランパパプロダクションに所属し、同社の代表取締役を務める。京都市中京区出身。血液型O型。本名は加藤雅彦(かとうまさひこ)。京... |
|
|
緒形直人
息子
神奈川県横浜市鶴見区出身の日本の俳優。玉川大学出身。 |
|
|
坂本スミ子
ラテン・歌謡曲の歌手、俳優。愛称は「おスミ(さん)」。「ラテンの女王」の異名も持つ。 |
|
|
奥田瑛二
日本の俳優、映画監督、画家、声優、ナレーター。愛知県春日井市出身。本名は、安藤豊明(あんどうとよあき)。旧芸名は奥田英二。身長175cm、体重60kg。血液... |
|
|
十朱幸代
日本の女優。東京市日本橋区(現・東京都中央区日本橋)出身(小学校時代に奈良県奈良市に移る)で、血液型はO型。父は俳優の十朱久雄。俳優・小坂一也は元夫... |
|
|
中井貴一
東京都世田谷区出身の俳優。本名同じ。血液型はA型。身長181cm、体重70kg。成蹊大学経済学部卒業。所属事務所はオフィス貴貴。 |
|
|
辰巳柳太郎
師匠 弟子
辰巳柳太郎(たつみりゅうたろう、1905年(明治38年)4月20日-1989年(平成元年)7月29日)は昭和に活躍した俳優。島田正吾と共に、劇団新国劇の屋台骨を支え... |
|
|
倉本聰
日本の脚本家・劇作家・演出家。本名山谷馨。夫人は女優の平木久子(演劇集団円所属)。 |
|
|
小池邦夫
小池邦夫の絵手紙入門 ヘタでいい、ヘタがいい 弊社では現在お取り扱いができません お困りの方 小池 邦夫著 税込価格: (本体 : ) 出版:雄鶏社 サイ... |
|
|
仲代達矢
日本の俳優。東京都出身。本名は、仲代元久(なかだいもとひさ)。 |
|
|
北条秀司
劇作家、著述家。本名は飯野秀二(いいのひでじ)。大阪市生まれ。関西大学文科卒業。箱根登山鉄道の社員をしながら岡本綺堂に師事、「北條秀司」の筆名は綺... |
|
|
深作欣二
日本の映画監督。茨城県水戸市出身。妻は女優の中原早苗。映画監督の深作健太は実子。仲間からの愛称は「サクさん」。 |
|
|
高岡早紀
日本の女優である。神奈川県藤沢市出身。堀越高等学校卒業。血液型A型。本名:高岡佐紀子(たかおかさきこ)。2011年、個人事務所"”を立ち上げる。エイベック... |
|
|
裕木奈江
女優、歌手。神奈川県横浜市瀬谷区出身。横浜市立三ツ境小学校→横浜市立原中学校→神奈川県立都岡高等学校卒業。芸名の名付け親は五木寛之。現所属事務所は、... |
|
|
池端俊策
池端俊策(いけはたしゅんさく、1946年1月7日-)は広島県呉市出身の脚本家、映画監督。実弟はテレビドラマプロデューサーの池端俊二(1949年-)。 |
|
|
仙道敦子
日本の女優である。本名、緒形敦子(おがたのぶこ)。愛知県名古屋市出身。研音所属。夫は俳優の緒形直人。身長160cm。 |
|
|
夏目雅子
日本の女優である。本名、西山雅子(にしやままさこ)。旧姓、小達(おだて)。其田事務所などに所属していた。 |
|
|
緒形拳さんについてのひとこと紹介
|
|
|
|