| 常に野球ひとすじで、まっすぐで熱い性格。 |
| 年齢は父・茂治の死亡年齢(享年31歳)を追い越した。 |
| そのあまりのひたむきさゆえ生意気で自分勝手なところもあるが、すべては野球への情熱からである。 |
| 「エースで4番」タイプの選手で才能には恵まれているが、それ以上に努力を怠らない。 |
| 闘志を前面に出して常に全力で相手を倒そうと熱くなるが、寿也のような策に長けたものの術中にはまると一気に冷静さを失わせ一人相撲の暴走となり、仲間をイライラさせること又、真吾が誕生する頃には、その事(両親に実の子が生まれる事)で悩みプレイが乱れたり、移籍したばかりの英毅の不調がクラスメイトに揶揄されそれが原因で英毅に当ったりした。 |
| 長じてW杯戦時には終盤にギブソンが倒れてからW杯戦後にイップスになったりと心理的に不安定になった事も。 |
| も多い。 |
| だが幸いにも小・中・高・渡米後いずれの時期にも的確なストッパー(ほとんどは捕手がその役を担う)がおり、吾郎を精神的に支えてきた。 |
| それにより頭脳作戦が通用しなくなり始め、運や流れを味方につけることで多くの場合に中盤以降に猛烈な追い上げを見せる。 |
| また、怪我を悪化させるのを承知で投げ続けるなど、無茶をしやすい(養父・茂野英毅もこの点については頭が痛いようでメジャーリーグ編ではソフィアの監視を快諾している)など、自ら望んで逆境に身を置こうとすることが多く、試合でもピンチになればなるほど本領を発揮する。 |
| 怖いもの知らずな性格どおり投球も大胆不敵で、力ある直球(ジャイロボール)一本で相手をねじ伏せる。 |
| 吾郎の球は、ただ単に速いだけではなくキレがあり、またその場面場面でのモチベーションも球に乗せてくるために打たれても滅多に本塁打にならない。 |
| それどころか、真芯でとらえたはずなのにバットを折るほどの球威、キレをもつ。 |
| ただし弱点もあり、絶妙な体のバランスで投げているために何十球に1球の割合で棒球になる。 |
| また、速球をジャイロ回転でリリースすることに吾郎の左手の感覚が慣れている為、マイナー編まではほとんどの変化球の足かせになっていた。 |
| しかし、W杯編で野呂からフォークボール(ジャイロフォーク)を伝授されたことにより変化球の問題は解消し、投球の幅も広がった。 |
| 打撃についても、父親譲りのセンスを持っている。 |
| 持ち前の集中力・負けん気・勝負強さもあり、度重なって重要な場面で本塁打を放つなど、作中に描写がある限り、打者出場した渡米中はDH制があるア・リーグ(アニメではノーザンリーグ)のチームに在籍していたため、投手登板しても打席に立つことは少なかった。 |
| 例外はマイナー時代や交流戦やワールドシリーズなどほぼ全試合で長打を放ち打点を上げている(多くは勝利打点)。 |
| 渡米中、打者としての実戦経験は10年以上のブランクがあった渡米中はDH制があるア・リーグ(アニメではノーザンリーグ)のチームに在籍していたため、投手登板しても打席に立つことは少なかった。 |
| 例外はマイナー時代や交流戦やワールドシリーズなどにも関わらず、日本球界復帰時にはプロの1軍でスタメン出場している(オープン戦や消化試合などでもない)。 |
| それを考えれば、本人が語る理想の究極のプレーヤー像である「打って守って走れ、三振も取れるプロ野球選手」の域に(「同時に」ではないとはいえ)達しているともいえる。 |
| ただしその反面、バントは自ら「でーきれー(大嫌い)なんでな!」と語るように苦手である。 |
| 三盗を決めたり、内野フライでもタッチアップでホームを陥れるなど足も速い。 |
| ただし、作中では吾郎の足の速さに関する記述は無い。 |
| また、野球以外にもサッカー、卓球等も上手く、総合的な運動能力の高さを示している。 |
| 頭脳も、勝負事での駆け引きや閃きにはうまく発揮できる。 |
| ただし学校の勉強はかなり苦手らしく、海堂高校の学科試験前に佐藤寿也に勉強を見て貰ったものの、野球と違い全く集中力が見られなかった。 |
| また、ことわざを言い間違えることがあり、人の顔も(自身にとって重要な人物を除き)忘れやすく、新聞なども(野球の記事を含め)あまり読まない為、大衆が知ってる事をまるで知らない事も多々ある。 |
| チームメイトに対する思いやりや責任感は強く福岡時代、敵の左サイドスローピッチャー対策を何時の間にか考案し、それを監督に実行させた事がある。 |
| 、心根は優しいが、口の悪さが災いすることが多い。 |
| 基本的に自分にも他者にも厳しいタイプだが、自ら立ち上がろうとする弱者には限りなく優しい。 |
| また正義感も強く、飲食店でアルバイトをしていた際には、クビとひきかえに「たかり」を撃退するほど。 |
| 恋愛に対しては鈍感で奥手ながら、恋人の清水薫を本当に好きで大事にしている様子がうかがえる。 |
| ソフィアが薫へプロ野球選手の家族になることを話した際にはソフィアに彼女の立場に配慮した叱責をしたあたり、少々大人びた様子も伺える。 |
| 野球漫画、特に高校3年間を最初から最後まで描ききっている作品の主人公としては珍しく、春夏通じて一度も甲子園に出場していない。 |
| それどころか、高校での公式戦出場は3年夏の県予選の僅か5試合のみで、それも県ベスト8止まりである。 |
| ましてやアマ時代には、名門チームに勝利した経験すら横浜リトル戦のみそれも決着の原因については、真っ向勝負を挑んだとして川瀬涼子ひとりへの責任転嫁が仄めかされていた。 |
| また以後、渡米まで名門チームに勝てなかった原因としては、右肩故障とそれによるブランク、左腕転向で復活した矢先に立ち現れた眉村健の存在が大きい。 |
| 物語最終盤まで「(マイナーなどを除いた)きちんとした大会での優勝」の経験がなかったということで、既述の様に、作中の登場人物の中でも投打両面において飛び抜けた実力を持つ選手である割には球歴が乏しい中学・高校時代の公式戦出場回数がそれぞれ一桁に留まり、全国大会はおろかそれに準ずる成績さえまったく残していないことを考えれば、渡米前の球歴はほぼ皆無とさえいえる。 |
| にも関わらず、名門・海堂高校のセレクションに合格しており、また、高3時のプロ野球ドラフト会議においてはその直前まで複数球団が指名獲得候補に名を挙げていた(吾郎自身の希望により結局は破談となる)。 |
| この理由としては、名門・横浜リトル吾郎自身の実父・本田茂治を含め多数のプロ野球選手を輩出しているの誘いを断りチーム解散寸前だった三船ドルフィンズに残留、甲子園優勝常連の海堂高校当時2年だった吾郎・寿也バッテリー率いる2軍に負けた以外、作中で「海堂1軍」が試合に敗れた描写がないを飛び出して野球部のない聖秀学院高校に編入、メジャーで得たFA権を行使しない、など、自ら望んで(または、結果的に)わざわざ「弱小」に身を置くことが多いためといえる。 |