| 碌山が17歳の時、運命的な出会いが訪れる。 |
| 通りがかった女性から声をかけられた。 |
| 田舎で珍しい白いパラソルをさし、大きな黒い瞳が印象的な美しい女性であった。 |
| その人の名は相馬黒光。 |
| 尊敬する郷里の先輩、相馬愛蔵の新妻で3歳年上の女性であった。 |
| 東京の女学校で学んだ黒光は、文学や芸術を愛する才気あふれる女性。 |
| 碌山はそんな黒光から、あらゆる知識の芸術を授けられ、未知なる世界の扉を開いていく。 |
| やがて芸術への情熱に目覚めた碌山は洋画家になろうと決意する。 |
| 本格的な勉強をしようと、1901年(明治34年)アメリカのニューヨークに渡り絵画を学ぶ。 |
| アルバイトをしながら、アカデミーで西洋画の基礎を学び、来る日も来る日もデッサンを続けた。 |
| 人間を描くことに夢中になった彼は、目に見えない骨格や筋肉の動きまで徹底的に研究。 |
| つぶさに肉体を写し取ろうとした。 |
| しかし、碌山はまだ本当に描くべきものを見出せずにいた。 |
| そんな修行の日々に1903年(明治36年)アメリカからフランスのパリに訪れた碌山は衝撃的な作品に出会う。 |
| 1904年(明治37年)に後に近代彫刻の父といわれるオーギュスト・ロダンの「考える人」を見て彫刻を志す。 |
| 碌山は「人間を描くとはただその姿を写し取ることではなく、魂そのものを描くことなのだ」と気づかされる。 |
| アメリカに戻り、1906年(明治39年)アメリカから再度フランスに渡り、アカデミー・ジュリアンの彫刻部教室に入学し、彫刻家になろうと決意する。 |
| 学内のコンペでグランプリを獲得するほどの実力を身につけていった。 |
| 1907年(明治40年)フランスでロダンに面会。 |
| 「女の胴」「坑夫」などの彫刻を制作。 |
| 年末フランスを離れ、イタリア、ギリシャ、エジプトを経て1908年帰国。 |
| そして東京新宿にアトリエを構え、彫刻家として活動を始める。 |
| そんな碌山に運命の再会が待っていた。 |
| 憧れの女性、黒光である。 |
| 黒光はその頃、夫の相馬愛蔵と上京し、新宿にパン屋を開業していた。 |
| 碌山は黒光の傍で作品を作る喜びに心躍らされた。 |
| 相馬夫妻はそんな碌山を夕食に招くなど、家族ぐるみのつき合いが始まった。 |
| 黒光の夫、愛蔵は仕事で家を空けることも多く、留守の時には碌山が父親代わりとなって子供たちと遊んだ。 |
| 黒光は碌山を頼りにし、碌山はいつしか彼女に強い恋心を抱くようになった。 |
| しかし、それは決して許されない恋であった。 |
| ある日のこと、碌山は黒光から悩みを打ち明けられる。 |
| 夫の愛蔵が浮気をしてると告白された。 |
| 愛する女性の苦しみを知り、碌山の気持ちはもはや抑えようにもない炎となって燃え始めた。 |
| 碌山は当時、パリにいた友人に高村光太郎宛ての手紙で「我心に病を得て甚だ重し」と苦しい胸のうちを明かしている。 |
| 行き場ない思いを叩きつけるかのように碌山はひとつの作品を作り上げる。 |
| 1908年(明治41年)第二回文展で「文覚」が入選。 |
| 人妻に恋した文覚は、思い余ってその夫を殺害しようとした。 |
| ところが誤って愛する人妻を殺してしまった。 |
| 大きく目を見開き、虚空をにらみつけた文覚。 |
| 力強くガッシリとした太い腕。 |
| そこにはあふれる激情を押さえ込もうとした表現されているかのようであった。 |
| 碌山は愛する人を殺め、もだえ苦しむ文覚の姿に抑えがたい自らの恋の衝動とそれを戒める激しい葛藤を重ね合わせた。 |
| 一方、黒光は碌山の気持ちを知りながらも、不倫を続ける夫の憎しみにもがき苦しんでいた。 |
| 碌山は黒光に「なぜ別れないんだ?」と迫った。 |
| しかし、その時黒光は新しい命を宿していた。 |
| 母として妻として守るべきものがあった。 |
| 出口のない葛藤のなかで碌山は作品を生み出していく。 |
| 体を地面に伏せ、顔をうずめた女性「デスペア」1909年(明治42年)。 |
| 苦しみながらも現実を生きていかなければならない。 |
| そこには逃れられない黒光の絶望感が込められていた。 |
| 同年、第三回文展「北条虎吉像」「労働者」を出品。 |
| 1910年(明治43年)追い討ちをかけるように不幸な出来事が起こる。 |
| 黒光の次男の体調が悪くなり、病に伏せる日が多くなった。 |
| 次男を抱える黒光を碌山は黒光を来る日も来る日も描き続け、「母と病める子」を世に出した。 |
| 消えかかる幼い命を必死に抱きとめようとする黒光。 |
| しかし、母の願いもむなしく次男はこの世を去った。 |
| 悲しみのなか、気丈に振舞う黒光に碌山は運命に抗う人間の強さを見出してゆく。 |
| そして思いのたけをぶつけるように、同年「女」を制作。 |
| 何かに捕らわれているかのようにしっかりと後ろで結ばれた両手。 |
| 跪(ひざまず)きながらも立ち上がろうとし、天に顔を向けている。 |
| 信州大学名誉教授の仁科惇はこの「女」を「矛盾しているかもしれないが、碌山は希望と絶望が融合した作品である。 |
| 手を後ろに組んで跪いて立ち上がっているのは一種の絶望感の現れでしょうし、そうは言っても顔は天井に向けられ、この構成全体から、希望といったものが込められている。 |
| そういう葛藤を『相克の中の美』が宿っているのではないか。 |
| 自分の思いを作品に昇華させた」と評している。 |
| 黒光はこの像を見て「胸はしめつけられて呼吸は止まり・・・自分を支えて立っていることが、出来ませんでした」と語っている。 |
| 同年、4月22日急逝。 |
| 第四回文展に「女」が出品され、文部省により買上げ。 |