| ただ、当時の陸奥は故郷に帰って新聞記者をしていた。 |
| 9歳の時にオーディションのために1人で上京させられて、その際に古賀政男に認められたことから「古賀久子」の名をもらい養女となる。 |
| 1937年-テイチクエンタテインメントで養父・古賀が作曲した『お父さんの歌時計』でデビュー、同時に実父の陸奥も作曲家として上京。 |
| 1940年-養子縁組は解消。 |
| 父・陸奥のもとにもどって「菅原都々子」として再デビュー、。 |
| 1945年3月-父の母校である東洋音楽学校を卒業。 |
| 戦後は田端義夫の前座を努めながら独特のビブラートの高音で少しずつ人気を得ていく。 |
| 1946年10月-『片割れ月』。 |
| 1948年10月-『踊りつかれて』。 |
| 1950年2月-『憧れの住む町』。 |
| 1月3日-第1回NHK紅白歌合戦に出場。 |
| 『憧れの住む町』で紅組のトップバッター及びトップバッターの先攻を務めた。 |
| 3月-『憧れは馬車に乗って』。 |
| 7月-『連絡船の唄』。 |
| 10月-『江の島悲歌(えのしまエレジー)』。 |
| この歌は大映により映画化され共に大ヒットとなり菅原都々子の名前は全国区となり、その後続編的な作品として『佐渡ヶ島悲歌』『博多エレジー』『海峡エレジー』などが製作され独特のうなり節、悲壮感のある声も相まって「エレジー(悲歌)の女王」との異名をとるようになった。 |
| 12月-『アリラン/トラジ』。 |
| 1月3日-『江の島悲歌』で第2回NHK紅白歌合戦に出場。 |
| 10月-『佐渡ヶ島悲歌(エレジー)』。 |
| 12月31日-『佐渡ヶ島悲歌』で第4回NHK紅白歌合戦に出場。 |
| 4月-『月がとっても青いから』。 |
| これはエレジーものが飽きられ始めたため、父・陸奥がイメージチェンジを賭けて売り出した曲。 |
| 現在の市場規模の30分の1の時代、100万枚を超える長田暁二『歌謡曲おもしろこぼれ話』社会思想社、2002年、86-87頁。 |
| ISBN4390116495大ヒットとなり、この曲で歌手としての地位を不動のものに。 |
| 7月-『木浦の涙』。 |
| 12月31日-『連絡船の唄』で第7回NHK紅白歌合戦に出場。 |
| この第7回の菅原の歌のラジオの音声が現存する。 |
| もともと物静かな性格だったためノイローゼにかかったことから第一線から退いて、テレビ番組やリサイタルを厳選して歌うようになる。 |
| 1961年6月-『北上夜曲』。 |
| 1968年10月-『なみだ月』。 |
| 1973年2月-ベルリンオリンピックボクシング日本代表で、明治大学教授(当時)の永松英吉と結婚。 |
| 1979年11月-シングル『風の又三郎』発売。 |
| 1988年-歌手生活50周年記念リサイタル開催。 |
| 1992年11月18日-夫・永松英吉が急性心筋梗塞のため急死(79歳没)。 |
| 歌手生活60周年記念リサイタル開催。 |
| 9月-歌手生活60周年記念シングル『あなたが好き』。 |
| 2001年-歌手生活65周年記念出版の半生記「月がとっても青いから」(恵志泰成著)発売。 |
| 歌手生活65周年記念曲「リンゴの花が咲く頃は」リリース。 |
| 歌手生活65周年記念絵手紙展を大崎ウェストギャラリーにて開く。 |
| 歌手生活65周年記念リサイタルをヤクルトホールにて開催。 |
| 記念シングル「花のエレジー」「夜の波止場」を2ヶ月連続リリース。 |
| 8月-第38回『NHK思い出のメロディー』に出演。 |
| 大ヒット曲『月がとっても青いから』を歌い、往時と変わらない美声を披露した。 |
| 9月-歌手生活70周年記念アルバム発売。 |
| 11月28日-『NHK歌謡コンサート』(NHK総合)に番組最後の生出演。 |
| 12月10日-歌手生活70周年記念コンサートをヤクルトホールで開催。 |
| 12月31日-テレビ東京『年忘れにっぽんの歌』に出演。 |
| 70年に及ぶ現役歌手としての活動を卒業。 |
| 今後はボランティアとしての歌手活動に切り替える。 |
| 2007年1月7日-NHKFM『日曜喫茶室』に出演。 |
| 2008年5月12日-相模原市民会館前庭に、『月がとっても青いから』の歌碑が建てられる。 |
| 2009年8月22日-第41回『NHK思い出のメロディー』に出演。 |
| 特に、という要望に応え番組内の第1回紅白再現コーナーにおいて第1回紅白歌唱曲「憧れの住む町」を歌唱。 |
| 2010年10月28日-ゆうぽうとで開催された第37回日本歌手協会歌謡祭に特別出演した。 |
| 2011年6月18日-古賀政男音楽博物館けやきホールで開催の「第4回合田道人のこのひと、歌暦」に出演。 |
| 2011年8月16日-二葉あき子が亡くなったため、第1回NHK紅白歌合戦に出場した歌手としては最後の存命者となった。 |