| 正氏の死後は氏男が宗像大宮司の家督を継承し、正氏と同じく山口に出仕しているが、この結婚は長くは続くことはなく、陶隆房が蜂起した大寧寺の変により氏男は主君大内義隆に殉じて死亡している。 |
| 当主を失った宗像家では氏男の弟千代松を推す派と菊姫に異母弟鍋寿丸を擁立する派に二分し家督を巡る争いが生じた。 |
| 最終的にこの争いは、陶隆房の勢力をバックにした鍋寿丸側が勝利し、千代松及びその父氏続は豊前に逃れるも、討っ手を差し向けられ、彦山で討たれた。 |
| この家督を巡る争いには菊姫親子も否応なしに巻き込まれることとなった。 |
| 天文21年3月21日の夜、山田の館で鍋寿丸側から命を受けた家臣により山田夫人、菊姫、四人の侍女が惨殺された。 |
| 館内は血の海と化し、館に乱入した雑兵により財宝を奪われたという。 |
| 菊姫ら6人はの遺体は館の裏側の崖下に穴を掘って埋められた。 |
| (山田事件を参照)。 |
| この事件の後に、宗像家中では事件に関わった者たちが次々と怪死や変死し、数々の怪異が起き、宗像領内では山田事件の怨霊がささやかれたという。 |
| また、事件の七回忌にあたる永禄7年には、菊姫の異母妹色姫が突然髪を振り乱し、母照葉の咽喉笛に噛み付き、発狂するということも起きている。 |
| 山田事件の後に、鍋寿丸から名を改め、第70代宗像大宮司を相続した氏貞は、家内や領内で起こる数々の怪異や不幸が、幼少期のおきた悲惨な事件が原因だと考え、多くの僧を呼んで菊姫ら6人の大法要を営み、領内に56のも寺院を建て6人の鎮魂と慰霊を努めたという。 |