| 鮮魚店で私生児として生まれる。 |
| 荒川区の聖橋中学校・高等学校(現在は廃校)在学中、埼玉県大宮でスカウトされ、ザ・スパイダースの弟分バンドザ・テンプターズのヴォーカリストとして1967年に16歳でデビュー。 |
| 「神様お願い!」「エメラルドの伝説」など次々とヒット曲を飛ばし、グループ・サウンズが生んだスターとしてザ・タイガースのジュリーこと沢田研二と人気を二分する。 |
| 解散後井上堯之、大野克夫、沢田研二、岸部一徳、大口広司ら実力者を揃えた布陣でPYG(ピッグ)を結成する。 |
| 各種ロックフェスティバルやテレビ出演などもこなしたが、渡辺プロサイドの「あくまでメインはジュリー」といったスタンスに合わなかったことや、音楽面での正当な評価を得られなかったことなどへの苛立ちから、音楽活動よりも映画監督を志すようになる。 |
| 1972年に製作された松竹映画『約束』の製作現場に、助監督として参加。 |
| しかし元の主演俳優が降板してしまったことを受けて、急遽萩原が代役に抜擢される。 |
| 『約束』での岸惠子との共演は、それまでの「アイドル」としての認識を一変させるほどの高い評価を得、これを機にPYGの活動を続けながら俳優へと本格的に転身。 |
| TVドラマ『太陽にほえろ!』の初代新人刑事=マカロニ役でその人気を決定付ける(大野克夫および井上尭之バンドの起用や、その後同番組の代名詞となった新人刑事の殉職は萩原のアイディアによるもの)。 |
| 1972年12月をもって音楽活動を停止(これによりPYGは事実上解散)。 |
| 1974年には名匠・神代辰巳とのコンビによる映画『青春の蹉跌』でキネマ旬報の最優秀主演男優賞を受賞。 |
| 続いて日本テレビ系の伝説的ドラマ『傷だらけの天使』、倉本聰脚本の名作『前略おふくろ様』と連続してドラマ史に残る作品へ出演した。 |
| 既成の枠組みから完全に外れた強烈な個性と存在感、その圧倒的な感性の鋭さをもって当時しらけ世代と呼ばれた若者の間でカリスマ的な存在となる。 |
| また菊池武夫のMEN'SBIGI(メンズビギ)をはじめファッションリーダーとしても絶大な支持を得た。 |
| 1975年には初のソロアルバム『惚れた』をリリース。 |
| これをもって音楽活動を再開し、「お前に惚れた」「大阪で生まれた女」等のヒット曲を背景にライヴ、アルバム制作と八面六臂の活躍を見せる。 |
| 特にライヴパフォーマーとしての評価は高く、柳ジョージ&レイニーウッドがバックを担当したライヴ盤『熱狂雷舞』(1979年)、マザー・テレサの慈善活動に共感しインドはカルカッタでチャリティコンサートを行った『ShantiShanti』(1983年)、高橋伴明を撮影監督に迎えた日本ロック史上屈指のライヴフィルムとの誉れ高い『AndreeMarlouLive』(1985年)などはその到達点として記憶されるものである。 |
| 俳優としても脚本家・橋本忍直々の指名を受けての松竹映画『八つ墓村』(1977年)や黒澤明の『影武者』(1980年)など話題作に出演。 |
| 徐々に追いつめられてゆく誘拐犯を熱演した『誘拐報道』(1982年/モントリオール世界映画祭審査員賞)、作家・連城三紀彦が萩原をモデルにしたという直木賞作品を自身で演じた『恋文』(1985年/日本アカデミー賞優秀男優賞)など数多くの名演を残し、松田優作をはじめ後続の俳優に大きな影響を与えた。 |
| しかし1983年、大麻不法所持にて逮捕され、1年間に渡って全ての活動停止を余儀なくされる。 |
| 復帰後も俳優業と平行して音楽活動を行い「愚か者よ」等のヒット曲を出すが、1990年以降音楽製作とは距離を置き俳優業をメインに活動を行うようになる。 |
| 「美味いんだなぁ、これがっ」のキャッチフレーズでおなじみサントリーモルツのCMや東芝日曜劇場『課長サンの厄年』の好評をうけて1990年代は主に普通の父親像を演じることが多くなり、反逆児的イメージを求める従来のファンを戸惑わせた反面、新たなファン層を獲得。 |
| 山口智子、室井滋と共演した『居酒屋ゆうれい』(1994年/報知映画賞・高崎映画祭主演男優賞)、15%を超える視聴率をマークしたドラマ『外科医柊又三郎』(1995年)と続いた。 |
| 2003年に長いブランクを経てライブ活動を再開したのも束の間、2004年10月、交通事故を起こし業務上過失致傷罪で現行犯逮捕される。 |
| さらには、降板した主演映画『透光の樹』の出演料を巡るトラブルで製作側から恐喝未遂容疑で告訴され、翌年の2月に再び逮捕された。 |
| 当初脅迫電話をしたことは否定していたが、証拠として録音された音声が出されると、これを認めた。 |
| 2005年6月に懲役1年6ヶ月、執行猶予3年の有罪判決を受け、事実上、活動休止。 |
| 再婚相手との離婚を経て、2008年に自叙伝『ショーケン』、ボーカリストとしてゲスト参加した宇川直宏による音楽ユニット・UKAWANIMATIONのデビューシングル「惑星のポートレイト5億万画素」(作曲・プロデュース:石野卓球)で本格復帰を果たす。 |
| 5年ぶりの映画出演となった『TAJOMARU』(2009年/小栗旬主演)の将軍足利義政役で日本映画批評家大賞の審査員特別男優賞を受賞。 |
| 2010年には東京・大阪で7年ぶりのライヴ(トーク&ミニライヴ)ツアーを行なった。 |
| 2011年2月7日に、モデルの冨田リカと結婚。 |
| マスコミからのインタビューに対して、「ジェットコースターのような人生だったが、メリーゴーランドのような人生にしたい」と語った。 |
| 過去にも数多くの女優との交際が取り沙汰されるなど常に話題には事欠かず、いわゆる団塊の世代を代表するスターの一人である。 |