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プロフィール
- 萩尾望都とは
- 出生~幼少期
- 中学~高校時代
- デビュー前後
- 1970年代(ポーの一族・トーマの心臓・SF作品)
- 1980年代(メッシュ・銀の三角・半神・バレエ作品)
- 1990年代(イグアナの娘・残酷な神が支配する・あぶない丘の家)
- 2000年代~(バルバラ異界・ここではない★どこかシリーズ)
- 受賞歴
- 選考委員歴
- 漫画
- 関連サイト
萩尾望都(はぎおもと、本名同じ、女性、1949年5月12日-)は、日本の漫画家。福岡県大牟田市生まれ。埼玉県飯能市在住。血液型はO型。代表作は『ポーの一族』、『 トーマの心臓』、『 11人いる!』、『残酷な神が支配する』、『 バルバラ異界』など。作品のジャンルはSF・ファンタジー・ミステリー・ラブコメディー・バレエもの・心理サスペンスものなど幅広い分野にわたり、 竹宮惠子・ 大島弓子らとともに「 花の24年組」と呼ばれ、中でもその代表格、さらには「少女 漫画の神様」と ...
出生~幼少期
| 1949年、炭鉱町である大牟田市で生まれ、4人兄弟の次女(姉・妹・弟)として育つ。 |
| 「望都」は本名で、父親によって名付けられた。 |
| 名前の由来には諸説がある『毎日グラフ』1986年10月26日号「COMIC界の“超少女”たち〔女性マンガ家インタビュー〕」より。 |
| その中で萩尾はモーツァルトの「モ」と「ト」を合わせたという説が有力だとしている。 |
| (『文藝別冊〔総特集〕萩尾望都 少女マンガ界の偉大なる母』(河出書房新社 2010年)の家族インタビュー「両親・姉妹が語る 萩尾望都の素顔」より)母親は、「おもとさん」「もとおばさん」と呼ばれる自分の叔母の名にあやかったのだと、またフランス映画『望郷』の「望」と、活発な性格になって欲しいと考えて「都を望む」と大きな意味を持つように「都」を選んだとインタビューで語っている。 |
| (『文藝別冊〔総特集〕萩尾望都 少女マンガ界の偉大なる母』(河出書房新社 2010年)の家族インタビュー「両親・姉妹が語る 萩尾望都の素顔」より)。 |
| 2歳で絵を描き、4歳で漫画や本を読み始めるが『AERA』2006年5月1日-8日合併増大号「萩尾望都 少女漫画が文学を超えた日」より。 |
| 、教育熱心な両親により、漫画を読むことを禁止されていた。 |
| 幼稚園では時間の許す限り絵を描き、小学校では3年生のころ、彼女の絵の才能を伸ばそうとした両親の勧めで絵の塾に通い油絵を学ぶ『萩尾望都の世界 テレビランド増刊 イラストアルバム⑥』(徳間書店 1978年)より。 |
| 小学校2年のときに学級文庫ができ、『ヘレンケラー物語』や『アルセーヌ・ルパン』、『青い鳥』、『不思議の国のアリス』などを夢中になって何度も読み『ダ・ヴィンチ』1996年8月号「解体全書 萩尾望都」より。 |
| 萩尾望都作品集〔第1期〕第16巻『とってもしあわせモトちゃん』の巻末エッセイ「娘のこと」(赤いカバーの旧版にのみ収載)の中で、作者の父親・萩尾浩は「なかでも『青い鳥』や『不思議の国のアリス』などのような、空想と夢の物語が好きなようであった」と記している。 |
| 、また図書館に入り浸りギリシャ神話や世界名作全集、児童向けのSFシリーズなどを読んでいた。 |
| さらに、親戚の本屋に遊びに行っては漫画を読み、模写していた |
中学~高校時代
| 中学入学後、漫画を描く友人、原田千代子(後の漫画家・はらだ蘭)と知り合い、漫画を描くための知識や漫画家になるためには作品を投稿する必要があることを知り、2人で貸本雑誌などに投稿した。 |
| 2年生のときに大阪の千里に引っ越すが、その後も原田との文通は続く。 |
| 高校2年生のときに手塚治虫の『新選組』に強く感銘を受け、本気で漫画家を志し『週刊マーガレット』1976年8月15日号の「作者自身が語る 人気まんが家のすべて 萩尾望都の世界」の中で、作者は「読後、感動のあまり、1週間ほど呆けていました。 |
| そこで、おのればっか呆けさせられていては、割にあわないと思い、それまで、お遊びで描いていましたが、そのときから、プロになる決意をしました。 |
| 」と記している。 |
| 『ユリイカ』(青土社)1981年7月臨時増刊号「総特集 少女マンガ」の吉本隆明との対談(「自己表現としての少女マンガ」)では、1ページ半にわたって『新選組』について語られている。 |
| 『imago(イマーゴ)』(青土社)1995年4月号「特集 少女マンガ」の巖谷國士との対談(「少女マンガという装置」)では、冒頭から6ページにわたって『新選組』を中心に(途中で話がいろいろな方向にそれながらも)語られている。 |
| 、高校3年のときに大牟田に戻ると原田の紹介で漫画同人誌「キーロックス」に参加する。 |
デビュー前後
| 高校卒業後も地元のデザイン専門学校で学びながら投稿を続け、1969年、10作ほど投稿後、休暇で上京した際に手塚プロのアシスタントをしていた原田を訪問し、そこで初めて手塚治虫と出会う。 |
| また、上京の際には原田と岡田史子を訪ね、同郷の漫画家、平田真貴子のつてで講談社に持ち込みをした。 |
| そこで「何か短い作品を」と言われ、忘れられないうちにと2週間で20数枚の作品を仕上げ提出。 |
| その作品「ルルとミミ」が『なかよし』夏休み増刊号に掲載されてデビューした『週刊マーガレット』1976年8月15日号の「作者自身が語る 人気まんが家のすべて 萩尾望都の世界」より。 |
| 竹宮惠子と共同アパートで生活しこのアパートは後に大泉サロンと呼ばれることになる。 |
| 、後に24年組と呼ばれることとなる漫画家たちと切磋琢磨(せっさたくま)の日々を送るが、このときに増山法恵から様々な文化的な知識を吸収する『別冊宝島』288号「70年代マンガ大百科」(宝島社 1996年)より。 |
| その後、描きたいSFをテーマにした作品が採用されない時期が2年ほど続くが、竹宮に伴われ小学館へネームを持ち込んだ際に編集者の山本順也に可能性を認められ、「自由にわがままに思い切り描かせたい」という方針のもと、本領を発揮するようになる |
1970年代(ポーの一族・トーマの心臓・SF作品)
| 代表作『ポーの一族』は、「永遠にこどもであるこどもをかきたい」との発想から『萩尾望都マンガの魅力』(鈴木志郎康著 清山社 1978年)のインタビューより。 |
| 『萩尾望都の世界 テレビランド増刊 イラストアルバム⑥』(徳間書店 1978年)のインタビューでは、「子どもっていうのはすぐおとなになっちゃうでしょう。 |
| つまらないなあ、と思って。 |
| 年をとらないこと、つまりおばけとか吸血鬼とか、死んでしまった人の怨念とかいろいろ考えているうちに吸血鬼がでてきたのね。 |
| 」と語っている。 |
| 、石ノ森章太郎の「きりとばらとほしと」の吸血鬼の設定の一部をヒントに構想を思いついた『萩尾望都の世界 テレビランド増刊 イラストアルバム⑥』(徳間書店 1978年)のインタビューより。 |
| 『CREA』1992年9月号「特集THE少女マンガ!! 夢の永久保存版」のインタビューより。 |
| 『毎日グラフ』1986年10月26日号「COMIC界の“超少女”たち〔女性マンガ家インタビュー〕」では、「きりとばらとほしと」は小学校のときに読んだと語られている。 |
| 『ユリイカ』(青土社)1981年7月臨時増刊号「総特集 少女マンガ」の吉本隆明との対談(「自己表現としての少女マンガ」)では、「きりとばらとほしと」を読んだのは小学校6年か中学校1年と語られている。 |
| ものだが、長編連載をやるには早すぎると編集から「待った」がかかったため、1972年、「すきとおった銀の髪」などの短編を小出しに描き、そんなにやりたいのならとようやく編集から了解が出て、同年9月から翌1973年6月にかけて当初の構想であった3部作(「ポーの一族」、「メリーベルと銀のばら」、「小鳥の巣」)を連載した。 |
| この時期のもうひとつの代表作『トーマの心臓』は、『悲しみの天使』というフランス映画を見に行ったところ、それがバッドエンドであったために萩尾は主人公に同情し、「救いのある話を」と着手したもので『トーマの心臓1』(小学館文庫・旧版 1980年)の作者あとがきに「いつだったか、ティディエ・オードパン主演の『悲しみの天使』という、男子寮を舞台にした友愛(?)映画を見たのですが(中略)、見ていた私は自殺した少年に同情するあまり立腹し、“恋愛の結果一方が自殺し、一方が「悪かった」と後悔して、そしておしまい、なんて、どうもその後が気になってしまう”といらだち、“じゃあ、誰かが自殺したその時点から始まる話をつくってみよう”というのでつくった話が実は『トーマの心臓』です。 |
| 」と記載されている、1974年4月から連載を開始したが、初回の読者アンケートが最下位だったため、当時の編集長である飯田から打ち切りを宣告された。 |
| しかし、直後に単行本化された『ポーの一族』の初版3万部が3日で完売、『トーマの心臓』の評判も徐々に上がり、「もう少しで終わりになるから」と萩尾がかわしているうちに連載は33回まで続くこととなった |
| エッセイ集『思い出を切りぬくとき』(あんず堂 1998年、河出文庫 2009年)に収載されている。 |
| その後、単行本の人気により編集部の強い要請を受けて1974年12月『ポーの一族』を「エヴァンズの遺書」で再開、1976年5月に「エディス」で完結したが、その間に『トーマの心臓』の暗いイメージを一掃するため長編ラブコメディー『この娘うります!』を連載する『週刊少女コミック』1976年3月28日号の『ポーの一族』とじ込みポスター裏面「萩尾望都の素顔初公開!!」に、『この娘うります!』について「『トーマ……』の暗いイメージからぬけ出たい……そんなつもりで挑んだ連載でした」と記されている。 |
| とともに、念願であったSF作品「11人いる!」を連載し、その後は「続・11人いる!東の地平・西の永遠」、レイ・ブラッドベリ原作シリーズ(後に作品集『ウは宇宙船のウ』として単行本化)、『百億の昼と千億の夜』(光瀬龍原作)、『スター・レッド』と矢継ぎばやにSF作品を連載する。 |
| 一方、1977年に定年になった父親を代表として会社を作ったが、両親との不和が高じて大げんかし、2年後に会社をつぶす。 |
1980年代(メッシュ・銀の三角・半神・バレエ作品)
| 親との関係を見つめるため心理学を勉強し始め、内なる親から解き放たれるために、1980年に親殺しをテーマにした『メッシュ』の連載を開始『imago(イマーゴ)』(青土社)1995年4月号「特集 少女マンガ」の巖谷國士との対談(「少女マンガという装置」)では、「まあとにかく親と決裂したので変な親子の話を描いてやろうと。 |
| 『メッシュ』ですね。 |
| ここでやっと私は親と対決する話を描くハメになるんですね。 |
| なぜ対決するかというと、理解したいから。 |
| 」と語られている。 |
| 1982年の年末に、モスクワ郊外で乗っていた観光バスとトラックが正面衝突した事故で重傷を負う。 |
| 1985年ごろから舞台演劇やバレエへの関心が強まり、「半神」を野田秀樹と共作で脚本を手がけ舞台化した一方、『フラワー・フェスティバル』、「青い鳥」、「海賊と姫君」などのバレエものを描く。 |
1990年代(イグアナの娘・残酷な神が支配する・あぶない丘の家)
| 80年代から引き続き『ローマへの道』や「感謝知らずの男」などのバレエものを描くとともに、1992年には厳格だった母親との対立を基にした「イグアナの娘」を発表し『少女まんが魂現在を映す少女まんが完全ガイド&インタビュー集』202頁参考。 |
| 『AERA』2006年5月1日-8日合併増大号「萩尾望都 少女漫画が文学を超えた日」に、「イグアナの娘」を読んだ母親が「ははぁ、やったなぁ。 |
| 描かれちょるな。 |
| 」と思ったと記されている。 |
| 、さらに同年、サイコ・サスペンス長編作品『残酷な神が支配する』の連載を開始する。 |
| この時期のSF作品には『海のアリア』、『あぶない丘の家』がある。 |
2000年代~(バルバラ異界・ここではない★どこかシリーズ)
| 『残酷な神が支配する』終了後、1年間の休載後、2002年、SF作品『バルバラ異界』の連載を開始する。 |
| 『バルバラ異界』終了後、「ここではない★どこか」シリーズや『あぶな坂HOTEL』、『レオくん』などを連載、現在に至る。 |
| 2011年から女子美術大学芸術学部アート・デザイン表現学科メディア表現領域客員教授。 |
受賞歴
| 1976年『ポーの一族』『11人いる!』で第21回小学館漫画賞受賞。 |
| 1980年『スター・レッド』で星雲賞コミック部門受賞。 |
| 1983年『銀の三角』で星雲賞コミック部門受賞。 |
| 1985年「X+Y」で星雲賞コミック部門受賞。 |
| 1997年『残酷な神が支配する』で第1回手塚治虫文化賞マンガ優秀賞受賞。 |
| 2006年『バルバラ異界』で第27回日本SF大賞受賞。 |
| 2010年インクポット賞(InkpotAward)受賞北米最大のコミックコンベンション「コミコン・インターナショナル(Comic-ConInternational)」が1974年に設立した、マンガ・アニメ・SFなどのポップカルチャー領域において多大な貢献をした作家に与えられる賞で、コミコンゲストの中で特に際立った業績を残した人物に贈られる。 |
| 第1回受賞者はレイ・ブラッドベリ(1974年)。 |
| これまでの日本人受賞者は、手塚治虫(1980年)、高橋留美子(1994年)、池上遼一(1995年)、武内直子(1998年)、小池一夫(2006年)、宮崎駿(2009年)。 |
| 2011年全作品で第40回日本漫画家協会賞にて文部科学大臣賞受賞受賞理由として「少女まんがの域を超えた質の高い作品群。 |
選考委員歴
| 日本SF大賞の選考委員を第14回(1993年)から第17回(1997年)までおよび第28回(2007年)から第30回(2009年)まで、手塚治虫文化賞選考委員を第7回(2003年)から第12回(2008年)まで務めた。 |
| また、2008年秋より、『月刊アフタヌーン』の漫画賞「四季賞」の選考委員『月刊アフタヌーン』2008年7月号369頁参考。 |
| 日本ファンタジーノベル大賞の選考委員に第23回(2011年)から就任。 |
漫画
| ルルとミミ(『なかよし』夏休み増刊号)。 |
| すてきな魔法(『なかよし』9月増刊号)。 |
| クールキャット(『なかよし』2月号)。 |
| 爆発会社(『別冊なかよし』虹色のマリ特集号)。 |
| ビアンカ(『少女フレンド』サインはV特集号)。 |
| ケーキケーキケーキ(『なかよし』9・10月号別冊付録)原作:一ノ木アヤ。 |
| ポーチで少女が小犬と(『COM』1月号)。 |
| ベルとマイクのお話(『少女コミック』3・4合併号)。 |
| 雪の子(『別冊少女コミック』3月号)。 |
| 11月のギムナジウム(『別冊少女コミック』11月号)。 |
| 白い鳥になった少女(『別冊少女コミック』12月号)原作:アンデルセン「パンをふんだ娘」。 |
| ポーの一族(『別冊少女コミック』1972年9月-12月号)。 |
| 小鳥の巣(『別冊少女コミック』1973年4月-7月号)。 |
| 続・11人いる!東の地平・西の永遠(『別冊少女コミック』1976年12月号-1977年2月号)。 |
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炭鉱町である大牟田市で生まれ、4人兄弟の次... |
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10作ほど投稿後、休暇で上京した際に手塚プロ... |
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