| 東京府東京市下谷区稲荷町(現在の東京都台東区東上野2〜4丁目)生まれ。 |
| 両親は香川県小豆島出身家業はカメラ屋。 |
| 『あの日あの時母の顔―私の母語り』小学館1996年104頁。 |
| 稲荷町で幼少期を過ごすも、父親が稲荷町の長屋で営んでいたカメラ製造販売が成功し埼玉県浦和市に家を建てたため、稲荷町から一家で浦和に転居、裕福な少年時代を送る『「家」の履歴書』光進社2001年、166-173頁。 |
| しかし萩本が小学校5年の時、父の会社が倒産(低価格カメラを発売するも販売不振)。 |
| ふたたび稲荷町の長屋に居を移す。 |
| さらに中学校3年の時、文京区丸山町に転居するが極貧生活を余儀なくされ萩本の高校時代に一家で夜逃げ。 |
| その後家族は"解散"し両親は香川に帰った『「家」の履歴書』、166-173頁。 |
| 極貧の生活を抜け出したい萩本は、映画で“面白い人が面白いことをしてお金を貰っている姿”を見たことがきっかけで中学卒業と共に芸人を目指し浅草を代表する喜劇役者・大宮敏充の元へ弟子入りを請うが、「せめて高校を出てからおいで」と断られた。 |
| 高校卒業後、浅草公園六区にあった東洋劇場(東洋興業経営)の仲介で再度入門を請うべく大宮が常打ちにしていた浅草松竹演芸場へと赴くが、寸前で入門することを取りやめ、その足で同じ近隣の東洋劇場に入団。 |
| 研究生としてコメディアンの卵となる。 |
| 東洋劇場では、先輩芸人である池信一や石田英二、そして東八郎から数多くの指導を受ける。 |
| また、彼等の大師匠筋である浅草の首領こと深見千三郎からも薫陶を受け、大いに可愛がられるもっとも、テレビ進出後に世間へイメージが良くないと判断し、浅草ストリップ劇場の過去を隠蔽し、全く浅草を避けるような行動に走る萩本を見て、深見は『萩本の野郎、恩を忘れやがって』と怒りをぶつけていた。 |
| 入団当時、演出家から「君は才能がないからやめたほうがいい」と言われて落ち込み諦めようとした際、池が演出家を説得し、「大丈夫、演出の先生に言ってきた。 |
| ずっと居ていいよ」と萩本を引き止めた。 |
| その後、その演出家から「萩本は才能がない。 |
| しかし、これほどいい返事をする若者はいない。 |
| あいつの“はい”は気持ちがいい。 |
| “はい”だけで置いてやってくれ」と池が言っていたことを知らされる。 |
| さらに、その演出家から「芸能界はどんなに才能がなくても、たった1人でも応援する人がいたら必ず成功する。 |
| もしかしたら、お前を止めさせないでくれという応援者がいる。 |
| お前は成功するから頑張れ」と言われ奮起。 |
| その後、誰も居ない劇場で早朝に大声を出す練習をしたり、先輩芸人の真似を何度も繰り返すなど才能を努力で補うために必死になった。 |
| その後、父親の家が火災になり、萩本は父親を助けるためにコメディアンを辞めようとしたこともあったが、それを聞いた池は、劇場の関係者からカンパを募り約60万円を萩本に渡した。 |
| これには、萩本も感極まって号泣し、コメディアンを続けていくことを決意したただし、萩本の著書『テレビに恋して20年』では、渡してくれた相手は池ではなく東八郎となっている。 |
| 東洋劇場で上達した頃、同系列の浅草フランス座へ出向。 |
| ストリップの幕間コントで更に腕を磨く。 |
| ここで漫才師崩れの専属コメディアン・安藤ロール(後の坂上二郎)と知り合う。 |
| しかし、当時は共演というよりはむしろ競演で、お互いに自分だけがウケようと衝突していたとの事である。 |
| 彼の坂上に対する印象は「一緒にやったら食われるから嫌い」だったという。 |
| その後萩本は東洋興業を辞め、いくつかのコントグループを経て浅草松竹演芸場で劇団浅草新喜劇を旗揚げして座長公演を行う。 |
| 同時期に、放送作家のはかま満緒に師事してお笑い作りに本格的に取り組む。 |
| ここで、後年コント55号の殆どの台本を手掛けた岩城未知男と知り合う。 |
| さらに、はかまの伝手で、TBSのプロデューサー・向井爽也や芸能マネージャー・浅井良二(浅井企画代表)と知り合い、本格的にタレント活動を開始。 |
| 向井の手掛ける公開コメディ番組『じんたかパンチ』のコマーシャルに起用される。 |
| しかし、ここで緊張したのか気負ったのか、萩本は異例ともいえる21回ものNGを連発し、降板を余儀なくされる。 |
| 失意の萩本は、テレビ進出を諦め生涯舞台役者で生きていくことを決意。 |
| 浅草新喜劇も解散して、熱海つるやホテルの営業で再起を期していた。 |
| ここでたまたま考案した一人コント「机」が、後年日本中を席捲したコント55号の端緒となるのである。 |
| 後に『快獣ブースカ』で脚本家デビューすることになる市川森一と、はかま満緒師事時代に友好を持ち、市川は後年、日本テレビの開局40周年スペシャルドラマ『ゴールデンボーイズ』で、若かりし頃の萩本(演者は小堺一機)の、これらのエピソードを描いている。 |