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プロフィール
- 藤井裕久とは
- 生い立ち
- 官僚として
- 政治家として
- 引退表明するも国政復帰
- 人物像
- 発言
- 学歴
- 政歴
- 資金管理団体への寄付問題
- 関連サイト
藤井裕久(ふじいひろひさ、1932年(昭和7年)6月24日–)は、日本の大蔵官僚、政治家。衆議院議員(7期)、民主党最高顧問、民主党税制調査会長。参議院議員(2期)、自由党幹事長、民主党幹事長、大蔵大臣(第98・99代)、 財務大臣(第12代)、 内閣官房副長官(菅第2次改造内閣)、内閣総理大臣補佐官(社会保障・税 一体改革及び省庁間調整担当)などを歴任。
生い立ち
| 父親は広島県福山市出身で東大医学部卒の内科医 |
| 藤井は次男にあたるなお、藤井の兄と塩川正十郎とは慶應義塾大学経済学部の同級生であり親友であった(『時事放談』2010年8月22日)。 |
| 東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)時代は野球部に所属し、チームは甲子園に出場したがベンチ入りはせず。 |
| 東京大学2年までは、東大野球部で捕手を務めた。 |
| 法学部進学と同時に退部。 |
| 与謝野馨とは野球部の先輩後輩の仲である。 |
政治家として
| 1977年、第11回参議院議員通常選挙全国区に自民党公認候補として立候補し、当選。 |
| 2期務めた後、衆議院議員に転じる。 |
| 1993年、自民党を離党して新生党結成に参加。 |
| 細川護煕内閣で大蔵大臣に就任。 |
| 続く羽田孜内閣でも留任した。 |
| 大蔵大臣として景気悪化による税収減により赤字国債を1989年以来4年ぶりに発行した。 |
| その後、新進党を経て、自由党で幹事長に就任。 |
| この時代は「うちの党首(小沢)もそう申しております」が口癖で、NHK『日曜討論』などで自党の主義主張を繰り広げた。 |
| 自由党が民主党と合流(民由合併)した後は、岡田克也代表の下で幹事長を務めた。 |
| この時代には、選挙区調整などで自由党出身者を優遇しない藤井の手法に対して、山岡賢次ら他の小沢側近と激論を交わす場面もあった。 |
| 後に代表代行を務めた。 |
引退表明するも国政復帰
| 2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙で落選し、高齢を理由に政界引退を表明。 |
| 引退を報告するため小沢事務所を訪ねた際、小沢に「もう一緒に歩むことはできなくなりました」と述べると、小沢は涙ぐんだという。 |
| しかしその後、民主党の永田寿康が不祥事の責任を取り辞職したために、同党南関東ブロックの池田元久が繰り上げ当選、さらに2007年7月29日の第21回参議院議員通常選挙千葉県選挙区に、同党南関東ブロック選出の衆議院議員長浜博行が立候補し自動失職したことで、南関東ブロック名簿順で次々点だった藤井が、繰り上げ当選となり(一種の比例復活)、国政に復帰した。 |
| 2007年8月、党最高顧問に就任。 |
| 9月から党税制調査会長も兼務。 |
| 繰り上げ当選後は次期総選挙への不出馬を表明、2度目の引退宣言となった。 |
| 任期中は民主党政権誕生への最後の奉公として講演、地方行脚など、選挙応援のために積極的に活動していた。 |
| そして、2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙では、元秘書で神奈川県議会議員の本村賢太郎に、地盤(神奈川14区)を譲り、本村は藤井の後継者として出馬し当選。 |
| しかし当の藤井自身は、鳩山由紀夫代表から「新政権を助けてほしい」と乞われたことから、公示直前に引退を撤回して比例南関東ブロックから単独立候補。 |
| 35位という順位だったが、民主党の圧勝により当選した。 |
| 2009年9月16日、鳩山内閣の財務大臣に就任したが、同年12月28日、予算編成などによる疲労で検査入院{{citenews。 |
| 同月30日の臨時閣議には出席したが、同日午前と夜に開かれた日本航空の再建を巡る関係閣僚会議を欠席する{{citenews。 |
| }}などの体調不良を理由に、2010年1月6日に辞任。後任の財務大臣は、菅直人副総理が兼務することとなった{{citenews。 |
| 藤井は大臣辞職後、しばらくは休養に専念した後に政治活動を再開した。 |
| そして2011年1月14日、菅に「役人を良くご存知なのはあなただから」と請われる形で、菅第2次改造内閣にて内閣官房副長官に就任した |
| 2011年3月17日、内閣官房副長官を退任し、内閣総理大臣補佐官(社会保障・税一体改革及び省庁間調整担当)に就任した。 |
| 同年9月の野田内閣の発足に伴い内閣総理大臣補佐官を退任。 |
| 民主党最高顧問と新設した民主党税制調査会長に就任。 |
人物像
| 東大野球部ではレギュラー捕手を務めた。 |
| 元日本高等学校野球連盟会長の脇村春夫は東大野球部の同級生。 |
| 同じ東京六大学、慶應義塾大学の投手で後にプロ野球の読売巨人軍入りした藤田元司から試合でヒットを打ったこともある。 |
| 自自連立時代は始球式の練習をする小渕総理大臣とキャッチボールをし、捕手役を務めた。 |
| 好きな銘柄は「ワンカップ大関」。 |
| 選挙区に帰る電車の中で、乗り合わせた乗客に「一杯やるか?」と勧めたと言う逸話もあり、今でも公用車に秘書がカップ酒1ケースを積んでいるらしい。 |
| 2005年9月に落選し議員でなくなった後も「時事放談」(TBS)に幾度となく出演していた(元議員が同番組に出ることは珍しくはない)。 |
発言
| 2009年3月4日、小沢一郎の公設第一秘書が西松建設事件で逮捕されると、小沢は記者会見を開き、違法性を否定した上で、国策捜査だとして検察批判を行った。 |
| その後、党内に反小沢の空気が広まったことから、中堅・若手の意見を代弁する形で小沢辞任論を公言し始めた。 |
| この結果小沢との関係が悪化し、藤井の財務大臣就任に小沢が難色を示すなどしこりが残っている。 |
| 2009年7月7日、政権交代後の、政権公約(マニフェスト)の実行にかかる予算16.8兆円の財源について、元大蔵大臣の見識として、「財源にはそこまで触れなくていい。 |
| どうにかなるし、どうにもならなかったら、ごめんなさいと言えばいいじゃないか」と楽観論を展開2009年7月7日の民主党・常任幹事会にて。 |
| 2009年7月8日の読売新聞朝刊3面「民主バラ色公約イバラの財源」{{要出典範囲|後日出演のテレビ番組で、「あれ(記事)は嘘。 |
| 2009年9月13日放送のテレビ朝日系報道番組「サンデー・プロジェクト」にて、(予算が足りなくなったら)国債増刷も有り得るという趣旨の発言をしている。 |
| また、民主党は政権交代を行った2009年10月14日に予算の補填の為に国債増刷を行うとの発表を行った。 |
| なお、民主党は同年の選挙前には2009年度に44兆円を超えた国債新規発行額に関し「(今後は)増やしたら国家が持たない」と抑制方針を示していた。 |
| 藤井本人が旧大蔵官僚のため、官僚叩きが目立つ民主党内でも官僚に対して比較的理解があり、「役人は叩いては駄目、使いこなさなくては」が持論。 |
| 2009年の総選挙を前にした7月、民主党の政策の一つであった財務省からの主計局分離論を撤回させた産経新聞2009年8月5日。 |
| 2009年9月、予算編成の主導権をめぐり、「予算編成権は財務省にある」と発言し、2010年度予算の基本方針も財務省が策定する意向を示した |
| また、日本政府が円高を容認しているとの見方を否定した |
| 藤井の発言は円高・株価下落を招いた一因として、投資家から批判された |
| 2009年10月、イスタンブルでの同行記者に対する会見において「内需主導の経済運営が果たして景気刺激策として機能するのか」との質問に対して「内需拡大をばら撒きだという人がいますが、あれは実に経済政策をわかってない人です。 |
| 公明党の機関紙公明新聞によれば、藤井は麻生内閣が内需刺激策として実施した定額給付金については、NHKの討論番組にて「失業した人、あした失業するような人は、もらったらポケットにしまうのが常識だ。 |
| 2010年8月、日銀の物価目標設定について「インフレの危険性があり、お年寄りを直撃し、サラリーマンにも相当影響がある」と発言した |
| 今のままならいらない」と述べ、見直しを求めた |
学歴
| 1939年3月-東京女子高等師範学校附属幼稚園(現・お茶の水女子大学附属幼稚園)卒園。 |
| 1945年3月-東京女子高等師範学校附属国民学校(現・お茶の水女子大学附属小学校)卒業。 |
| 1948年3月-東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校)卒業(特別科学学級在籍)。 |
| 1951年3月-東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業。 |
| 1955年3月-東京大学法学部卒業。 |
政歴
| 1977年-第11回参議院議員通常選挙(全国区・自由民主党公認)当選。 |
| 1983年-第13回参議院議員通常選挙(比例区・自民党公認)2期目当選。 |
| 1986年-第38回衆議院議員総選挙(旧神奈川3区・自民党公認)落選。 |
| 1990年-第39回衆議院議員総選挙(旧神奈川3区・自民党公認)当選。 |
| 大蔵大臣(細川内閣)就任。 |
| 1996年-第41回衆議院議員総選挙(神奈川14区・新進党公認)3選。 |
| 1997年-新進党分党(12月31日)。 |
| 自由党結成(1月6日)。 |
| 2000年-第42回衆議院議員総選挙(神奈川14区・自由党公認)4選。 |
| 長浜博行衆議院議員が第21回参議院議員通常選挙に出馬し自動失職したため、繰上当選により6選。 |
| 第45回衆議院議員総選挙(比例南関東ブロック・民主党公認)7選。 |
| 内閣官房副長官(菅内閣(第2次改造))を退任し、内閣総理大臣補佐官(社会保障・税一体改革及び省庁間調整担当)に就任。 |
資金管理団体への寄付問題
| 自由党幹事長時代、自由党と民主党の合併3日前の2003年9月23日に、自由党の政治団体「改革国民会議」に対して5億6096万円を寄付したことは、政党助成金の返還義務を逃れるためではないか、また大和銀行から自由党への10億円の借入を返済した事実が政治資金報告書に記載されていないという2点を、自民党の松岡利勝から指摘された。 |
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1976年
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大蔵省主計局主計官を最終役職に退官 |
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1977年
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第11回参議院議員通常選挙全国区に自民党公認... |
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