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プロフィール
- 西口文也とは
- プロ入り前
- 西口の投球スタイル
- 投球フォーム
- 奪三振
- 苦手の東京ドーム
- 得意の大阪ドーム
- 人物
- チーム内での西口
- 「あと1人」(28人目)の悲劇
- タイトル
- 表彰
- 記録
西口文也(にしぐちふみや、1972年9月26日-)は、埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手(投手)。
プロ入り前
| 1972年に和歌山県で生まれる。 |
| 市立西和佐小学校から市立高積中学校までは遊撃手・外野手としてプレーしていたが、和歌山県立和歌山商業高等学校から投手を兼任し、立正大学入学後は投手に専念して活躍。 |
| 1992年春季の東都2部リーグで最優秀投手賞を受賞している。 |
西口の投球スタイル
| キレのよいスライダーを得意とし、彼の代名詞と呼べる。 |
| 変化の大きいものから小さいもの、横変化の強いものや縦変化の強いものを投げ分け、特に2ストライクに打者を追い込んでからは、時にフォークボールと見間違えられる程に鋭く縦に変化し、打者にスライダーを空振りしたのではなく、フォークを空振りしたかのようなスイングをさせることがある。 |
| 好調時には高い確率で打者の空振りを誘い、早いカウントの時は小さな変化でストライクを稼ぐというように使い分けている。 |
| 直球は150km/h以上(最速152km/h)を計測することもあったが、近年は140km/h前後である。 |
| 配球はストレートとスライダーが投球の多くの割合を占め、この2球種のキレがその日の結果を大きく左右する。 |
| 基本的に変化球はスライダーが多いが、他にもフォークボール、チェンジアップなどを持っており、フォークボールとチェンジアップは左打者に対して多く使われる傾向がある。 |
| 1996年頃はストレート・スライダー・チェンジアップが主として投げられていたが、2000年からチェンジアップの比率が減り、フォークが増えた。 |
| ストライクゾーンから逃げるスライダーを決め球にしているためか、与四球が多い。 |
| しかし177回1/3を投げて暴投が一度もない年もある(2006年)。 |
| 毎年20本前後の本塁打を打たれ、先発投手としては良い被安打率を誇る割には防御率が良くない。 |
| 2009年現在、14年のプロ生活で9回もの2桁勝利を達成している(9勝のシーズンも2回)が、規定投球回投げている年で防御率が2点台になったのは1度だけ(2005年)。 |
| 尻上がりに調子を上げていく傾向があり、序盤に本塁打などで失点しても後続は抑える場面が多く、波に乗ると後述の完全試合・ノーヒットノーラン未遂のように手がつけられない投球を見せる。 |
| また、立ち上がりが比較的不安定なため、中継ぎで登板すると結果が良くない。 |
| 豊富な経験と実績に加え先発の駒不足という事情から、現在も先発機会は多く与えられているが、近年は球威の衰えもあり試合を作れないことが多い。 |
| また、2006年6月4日の対読売ジャイアンツ6回戦(東京ドーム)で8回2/3を2失点完投して(この試合は9回サヨナラ負け)以降、2011年8月28日の北海道日本ハムファイターズ17回戦(西武ドーム)で後述する「幻の完全試合」となった2005年8月27日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦以来の完封勝利を挙げるまで、先発での登板時に102試合連続で完投がなかった。 |
| この数字は、従来ケビン・ホッジスが持っていた81を大幅に更新する日本記録である。 |
投球フォーム
| 細身の体を柔らかく、かつ一杯に使い、半ば枕詞のように「マウンド上で踊っているよう」であると形容されることが多い。 |
| 新人時代は評論家に「蛸踊りのようだ」と酷評されたが、実績を残すにつれて聞かれなくなった。 |
| 技術的にも、軸足である右足はプレートの右端に立てた上で左足をインステップすることでリリースポイントは通常より右側にずれ、腕は体幹に巻きつくように振られて遅れて出てくるため、ギリギリまで打者からは見にくくなっている。 |
| 直球と変化球で腕の振り方が変わらないために球種の見極めが難しいこともよく指摘されるところで、見た目の華やかさだけでなく、実用的なフォームでもある。 |
| 渡辺久信は文化放送解説者時代に「(西口とキャッチボールをするのは)慣れていないと危ない」と語ったことがある。 |
| しかし、新人時代に習得したチェンジアップは腕の振りが違うため、打者に見破られ易くなっている他、投球時のステップ幅が広すぎるため、内転筋を痛めやすいことと、ストレートがシュート回転しやすくなることである。 |
| 時にシュート回転気味のボールを武器にしている面もあるが、投げ終わった後に一塁側に倒れこむような体勢になり、打球への反応が一瞬遅れがちになる。 |
| しばしば語り草となるのは1998年の日本シリーズ第1戦で、石井琢朗に三塁側へのセーフティバントを決められたことである。 |
| 石井は西口のフォームをビデオで見てこの作戦を思いついたといい、これを足掛かりに横浜に先取点を奪われた。 |
| シリーズ全体の流れを決定付けてしまったプレーとさえ言われることがある。 |
| しかし、フィールディング技術は優れており、ゴールデングラブ賞を3度受賞している。 |
| チームメイトで同じくフィールディングの上手い松坂大輔と共に、97~06年までの10年間パ・リーグゴールデングラブ賞投手部門を西武勢で独占している。 |
| 入団当初は振りかぶって投げていたが、1998年前半の不調時期の前後にノーワインドアップモーションに変えていた。 |
| 2005年からワインドアップモーションに戻している。 |
奪三振
| 特徴の一つに奪三振の多さが挙げられる。 |
| 1996年の近鉄戦に8者連続三振、2006年には通算1500奪三振を記録し、要した投球回数1729イニングは史上48人の達成者の中で石井一久、江夏豊、川口和久に次ぐ4番目のスピード記録であり、右投げでは歴代1位である。 |
| 1997年4月12日の対千葉ロッテマリーンズ戦(千葉マリンスタジアム)の2回裏に、史上4人目の1イニング4奪三振を記録している。 |
| 2006年6月18日の対横浜ベイスターズ戦では12個の三振を奪い、1996年から11年連続で2桁奪三振試合を達成するというパシフィック・リーグ新記録を樹立した。 |
苦手の東京ドーム
| 本塁打が出やすいと言われている東京ドームが大の苦手で、1996年8月3日の対日本ハムファイターズ戦から2007年6月23日まで勝ち星から遠ざかっていた。 |
| 近年は登板を回避することも多く登板数が少ないことも影響している。 |
| 優勝を争っていた2001年には、東尾修がローテーションをずらしてでも西口の東京ドーム登板を避けた。 |
| 2002年の日本シリーズで初戦の先発を回避したのもこれが一因とされる。 |
| 2002年まで、東京ドームのマウンドが黒土で穴が掘りやすいことに加えて、滑りやすく、西口の持病である内転筋を痛めやすいため、西口に合わないのが原因だといわれている。 |
| また、東京ドームが苦手ということで対日本ハムファイターズ戦の通算勝率も高くないが、他球場での対日本ハム戦では好投するため、日本ハムに対して相性が悪いわけではない。 |
| 2004年に日本ハムの本拠地が札幌ドームとなった後は、移転後も年10試合前後行われる東京ドームでの日本ハム主催試合が西武戦では行われていないため、西口の東京ドーム登板の可能性はセ・パ交流戦か、西武と巨人が日本選手権シリーズに進出した場合に限られるはずだったが、2007年のパ・リーグ公式戦において、対オリックス・バファローズ戦(主催試合)が2試合(5月19日・20日)組まれ、19日の予告先発に指定されたが、結局当日になって腰痛のため回避された。 |
| 同年6月24日の対巨人戦に先発すると6回1失点に抑え、11年ぶりに東京ドームでの勝利を挙げた。 |
| 2008年6月9日の対巨人戦でも先発し、5回3失点だったもののセス・グライシンガーの乱調もあって勝利投手となっている。 |
得意の大阪ドーム
| 大阪ドームでの成績は非常に良く、1997年の大阪ドーム開場以来、先発登板した試合では1度も敗戦投手になっていなかったが、2003年5月20日にタフィ・ローズに2本塁打を浴びるなどし、大阪ドームで初めて敗戦投手となった。 |
| 西武ドームになると大阪ドームより成績が落ちて五分五分程度になるため、単純に西口と対戦チームとの相性の問題ではないようである。 |
| 2000年以降、近鉄が消滅した2004年まで、近鉄と西武との対戦成績は五分か近鉄が勝ち越しており、チーム同士の相性も関係がなかった。 |
人物
| 愛称は「オツ」で、「ジョセフ・オツオリに似ている」とチームの先輩に言われた事から。 |
| チーム内での人望も厚い。 |
| 同い年で同期入団だった高木浩之は「こいつのために何とかしてやろうと言う気になる」、2008年日本シリーズMVPの岸孝之も入団時「目標は西口さん。 |
| いろいろ学びたい」と述べている。 |
| 飄々とした性格からか年俸にも拘らず、全盛期で2桁勝利しても900万しか年俸が上がらなかったこともある。 |
チーム内での西口
| 東尾修によると、結婚前にはファッションに無頓着で、新人時代は爪先が擦れて穴の空いた靴をパーティーに履いてきて、東尾を驚かせたことがあるという。 |
| 謙虚な性格で知られ、立正大学が西口のサイン色紙を所望したとき、自分だけでは不十分だと考えて、なぜか松坂らチームメイトのサインも併せて送った逸話がある。 |
| 1997年頃、上位を争っていた福岡ダイエーホークスの選手のほとんどが次シーズンの抱負として、「来年は西口さんから打ちます」と言っていた。 |
| メジャーリーグについて聞かれると、「飯がマズイから行かない(新人時代教育リーグに参加していた)」とコメントした。 |
| 元喫煙者であり、イニングの合間には必ずタバコを吸っていた。 |
| ただ2003年に6勝に終わってからは禁煙している。 |
| タバコを吸うのを止めただけ」とのことだったが、現在は卒煙している。 |
「あと1人」(28人目)の悲劇
| “完全試合またはノーヒットノーラン達成まであと一歩”のところで安打を打たれて完封・完投どまりになった事が3度あり、ジンクスの一つと化している。 |
| ;2002年8月26日、対千葉ロッテマリーンズ戦(西武ドーム)。 |
| 福浦和也の四球による出塁1つに抑えて9回2死までノーヒットノーランだったが、小坂誠に中前打されて逃した。 |
| 次のサブローにも右前打されたが後続を抑えて2安打1四球、6-0の完封勝ち。 |
| ;2005年5月13日、対読売ジャイアンツ戦(インボイスSEIBUドーム)。 |
| 清原和博の死球による出塁1つに抑えて9回2死までノーヒットノーランだったが、清水隆行にスライダーを右翼席に本塁打されて快挙を逃した。 |
| 清水を抑えて達成していたら交流戦初、西武ドーム初の達成者だった(のちにリック・ガトームソンが交流戦初の達成者となった)。 |
| ;2005年8月27日、対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(インボイスSEIBUドーム)。 |
| 9回終了まで完全に抑えていたものの、その試合で投げ合った一場靖弘の178球の力投の前に打線が沈黙し、延長戦に突入した。 |
| 延長10回表、沖原佳典に安打を打たれて快挙を逃した。 |
| このような形で延長戦で完全試合を逃したのは史上初、ノーヒットノーランでは9人目。 |
| その後、後続の打者を抑えて、石井義人の適時打で勝利をおさめたため、結果は10回1安打1四球、1-0の完封勝ちとなった。 |
| 仮にパーフェクトピッチングを続け、西武の打線の援護でサヨナラゲームを決めれば、1973年8月30日に江夏豊が中日ドラゴンズ戦で達成して以来の2度目の延長戦ノーヒットノーラン、延長戦完全試合は史上初の達成となるところだった。 |
| 上記3名の打者の小坂、清水、沖原の全員が、西口がその日に対戦した28人目の打者であった。 |
| 1996年9月23日の対近鉄バファローズ戦(西武球場)で、初回に水口栄二に安打を打たれたものの後続を全て抑え、途中8連続奪三振の活躍(日本記録は梶本隆夫、土橋正幸の9連続)で1安打、6-0の完封勝ちをあげた。 |
タイトル
| 最多勝利:2回(1997年、1998年)。 |
| 最多奪三振:2回(1997年、1998年)。 |
| 最高勝率:1回(1997年)。 |
表彰
| MVP:1回(1997年)。 |
| ベストナイン:2回(1997年、1998年)。 |
| ゴールデングラブ賞:3回(1997年、1998年、2002年)。 |
| 沢村賞:1回(1997年)。 |
| 最優秀バッテリー賞:3回(1996年、捕手:伊東勤、1997年、捕手:伊東勤、1998年、捕手:伊東勤)。 |
| 月間MVP:5回(1996年5月、1998年8月、2002年8月、2005年7月、2007年3月・4月)。 |
記録
| 初登板:1995年8月16日、対福岡ダイエーホークス18回戦(福岡ドーム)、5回裏に救援登板、3回0/3を2失点。 |
| 初先発・初勝利:1995年9月10日、対千葉ロッテマリーンズ25回戦(千葉マリンスタジアム)、8回0/3を3失点。 |
| 初セーブ:1996年4月23日、対オリックス・ブルーウェーブ4回戦(西武球場)。 |
| 初ホールド:2009年5月29日、対阪神タイガース2回戦(阪神甲子園球場)。 |
| 初安打・初打点:2005年5月6日、対広島東洋カープ1回戦(広島市民球場)、3回表にトム・デイビーから中前2点適時打。 |
| 1000奪三振:2002年5月4日、対千葉ロッテマリーンズ6回戦(千葉マリンスタジアム)、2回裏に初芝清から ※史上107人目。 |
| 100勝:2002年10月9日、対オリックスブルーウェーブ27回戦(グリーンスタジアム神戸) ※史上118人目。 |
| 1500投球回:2004年8月13日、対北海道日本ハムファイターズ21回戦(西武ドーム) ※史上153人目。 |
| 1500奪三振:2006年5月6日、対福岡ソフトバンクホークス7回戦(インボイスSEIBUドーム)、6回表にフリオ・ズレータから ※史上46人目。 |
| 2000投球回:2007年9月18日、対オリックス・バファローズ20回戦(京セラドーム大阪) ※史上83人目。 |
| オールスターゲーム出場:4回(1996年、1997年、1999年、2005年)。 |
| 開幕投手:5回(1997年、1998年、1999年、2006年、2007年)。 |
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