| 1999年10月に始まったテレビ番組『ちちんぷいぷい』に1999年11月から火曜日にレギュラー出演。 |
| 2004年ころからリポーター・インタビュアーとして出演、またパーソナリティー角淳一が休暇を取った時の代理出演もこなす。 |
| 2006年から正式に週後半の進行を任される。 |
| 番組では読書や音楽などの趣味や「独身」といったキャラクターまでが企画に反映されている。 |
| 番組の企画として、オリンピック取材に3度派遣されている。 |
| 2004年のアテネ五輪では報道関係者のパスを貰えなかったため、アテネ市内の各所からFOMAのテレビ電話でちちんぷいぷいのスタジオと生中継を結んだり、市内の一般家庭のお宅にお邪魔して女子バレー日本対ギリシャ戦を観戦リポートしたりした(ただし、決してMBSが報道パスをもらえなかったわけではなく、大月勇(当時MBSアナウンサー)のみに与えられていた)。 |
| 以後この企画が通例となり、2006年のトリノオリンピックでは、2月20日-2月24日まで、トリノからFOMA中継。 |
| 24日には、前日(現地時間)女子フィギュアスケートフリープログラムを、期間中居候しているアパートの隣に住んでいる家族に招かれてテレビ観戦し、その際、金メダルの感動と、家族の温かさに触れ感極まったシーンも放送された。 |
| 2008年の北京オリンピックでも独自の視点から北京の街中を中心に取材を行い、その模様はちちんぷいぷい内で放送されている。 |
| 2007年夏、番組内でTBS・MBSが独占放送した世界陸上にあわせて大学以来遠ざかっていた棒高跳びに挑戦した。 |
| 練習の様子も放送し、8月30日に母校の大阪大学吹田キャンパス陸上競技場で挑戦。 |
| 番組内で生中継された。 |
| 1回目は当初の目標である3mを成功、2・3回目は3m20cmを飛んだが失敗した。 |
| 2009年4月改編時からは木・金MCを担当。 |
| 関西以外の一部地域にも番組ネットが開始された為「リアルタイム」以来8年ぶりに全国ネット番組に返り咲いている。 |
| 2010年1月4日からは、「西靖はどう変われば良いか」というテーマの元に「西に☆印」と題したコーナーがスタートし、視聴者からメールを募集しており、このテーマは大反響を呼んでいる。 |
| ちちんぷいぷいの名物コーナーだった『おいしいうた』の楽曲を収録したCD『すごくおいしいうた』が2010年1月20日に発売され、同年3月末まで3万枚達成されなければCDの宣伝隊長を務めたU.K.こと楠雄二朗(くっすん)の公約で角淳一、くっすんと共に丸坊主になることを番組内で公表した。 |
| そして、同年3月1日、CDの売り上げが3万1,110枚を達成したことから、西、角、くっすんの3人が公開形式で頭を丸め、坊主頭になった。 |
| 同年3月28日放送分の『MUSICJAPAN』(NHK総合)にはおいしいうたファミリーと共にNHKに初出演した。 |
| 同年4月14日から4月21日まで大阪・梅田の阪急百貨店うめだ本店で行われた「2010ちちんぷいぷい物産展」では、故郷である岡山県の「物産大使」に任命され、岡山の名産品PRに奔走した。 |
| 同年6月16日、MBS創立60周年記念企画の一環として「60日間世界一周の旅」を行うことを「ちちんぷいぷい」で発表し、同年6月28日に関西国際空港を出発した。 |
| 世界一周の際は阪神タイガースのユニフォーム背番号は7月7日までは『38』、7月8日からは『39』をつけていた。 |
| 彼自身の年齢と同じ数字であるを身にまとって世界中を旅し、同年8月25日に無事帰国した。 |
| 帰国の際には角らが関西国際空港に出向き、バスで茶屋町のMBS本社まで向かう場面が生中継された。 |
| その間の「ちちんぷいぷい」の総合司会は木曜日は河田直也、金曜日は山中真が担当した。 |
| 帰国翌日から1週間は同時間帯に編成されたMBS開局60周年記念ウィーク特別番組に毎日出演痛快!明石家電視台や水野真紀の魔法のレストランの特別番組にも出演し、9月3日から正式に「ちちんぷいぷい」の総合司会に復帰した。 |
| 9月15日からは水曜日のメイン司会も担当することになった。 |
| また、番組の顔であった角淳一が2011年9月いっぱいで卒業することにより、同年10月からは正式なメイン司会に昇格することになる。 |