| K-1創世記からレフェリーを務めており、現在ではK-1競技統括プロデューサーも兼任しているが、当時から現在に至るまで多くの不可解なレフェリングミスによって、選手の命を危険にさらしたり、大怪我を負わせたりしたことが数多くあり、ファンや専門家からの批判が常に絶えない。 |
| 特にK-1WORLDGP2002決勝戦でのアーネスト・ホーストvs.ジェロム・レ・バンナ戦とK-1WORLDMAX2009WorldChampionshipTournamentFINALでの武田幸三vs.アルバート・クラウス戦の2試合に対する角田のレフェリングには多くの批判が起こり、「角田のレフェリングは人間の命に対する冒涜だ」と批判する専門家もいる(後述)。 |
| さらに、角田の独断専行によってルールブックには記載されていない越権行為を行なったり、ジャッジの採点を不正に改ざんしたり、競技統括プロデューサーでありながらルールを把握していないなどの問題も多い。 |
| ネバダ州アスレチックコミッションは、こういった角田の問題を踏まえて、角田に対してレフェリー・ライセンスの発行停止処分を下している(kamiproNo.135にて)。 |
| また、自身のミスについて指摘・批判されても、自分の間違いを全く認めようとせず、自身のブログのコメント欄の角田に対する批判的なコメントは全て削除しており、さらに角田の釈明にも多くの矛盾が存在するため、批判の声は増している。 |
| 下記には角田の代表的な問題行為を記す。 |
| 1995年3月3日、K-1GRANDPRIX'95開幕戦でのアンディ・フグvs.マイク・ベルナルド戦において、ベルナルドの猛攻をくらったアンディが完全に脳を揺らして足元がふらついていたにもかかわらず、レフェリーの角田はレフェリーストップせずに試合を続行させた。 |
| 後に角田が格闘技通信のインタビューとジャンクSPORTSにテレビ出演した際に、この試合のレフェリングについて「あの試合は僕の私情が入ってしまってるからミスレフェリング。 |
| 正確にレフェリングするなら2度目のダウンの時点でカウントアウトするべきだった」と語っている。 |
| 2002年6月2日、K-1SURVIVAL2002でのニコラス・ペタスvs.セルゲイ・グール戦において、ペタスが右ローキックを繰り出したところ、グールが左膝でブロックし、ペタスの右脛がポッキリと真っ二つに折れて骨折してダウンした。 |
| しかし、レフェリーの角田は即レフェリーストップせずにカウントを数え始めた。 |
| ダウンしたペタスが悲鳴をあげながら日本語で「折れた折れた!」とアピールしたため、ようやく角田がペタスの骨折に気付き、カウント5に達したところで試合終了となった。 |
| 蹴った瞬間にペタスの脛が真っ二つに折れていたにもかかわらず、即ストップしなかった角田のレフェリングに対して専門誌から批判が起きた(格闘技通信2002年8月22日号)。 |
| 角田のレフェリングミスの中で最も有名なのが2002年12月7日、K-1WORLDGP2002決勝戦におけるアーネスト・ホーストvs.ジェロム・レ・バンナ戦。 |
| この試合で、ホーストのミドルキックを受けたバンナが明らかに左腕に異常が起こった素振りをしながらダウンした上に、バンナの左肘が完全に潰れて骨が外部に突き出ていたにもかかわらず、レフェリーを務めていた角田はレフェリーストップで試合終了させないばかりか、バンナにドクター・チェックすら受けさせずに、試合を続行するという不可解なレフェリングをしたため、ファンや専門家から批判が起きた。 |
| テレビ解説を務めていた石井和義も中継内と大会後の会見で「即ストップすべきだった」と批判し、この試合がYahoo動画で無料配信された際にも解説者の松井孝夫から同様の批判がされた。 |
| この試合でバンナは左腕を粉砕骨折する重傷を負い、その後、約5年間も左腕の中に2本のプレートと金属ボルト13本を埋め込んだままとなり、バンナの最大の武器である左ストレートの破壊力と使用頻度は激減し、さらには日常生活にも支障をきたすなど、バンナの人生に大きな悪影響を及ぼした。 |
| この試合のレフェリングについて角田本人並びに審判団からの説明は2008年までの6年間で一度も行なわれていなかった。 |
| 2008年になってようやく、角田が自身の公式ウェブサイトにて釈明を発表。 |
| 「たしかに最初のダウンの時点でドクターチェックを受けさせるべきだったのかもしれない」としながらも、「瞼がザックリと切れて鮮血が噴き出したり、ニコラス・ペタス対グール戦のペタスみたいに、蹴った脚の脛がポッキリと真っ二つに折れてるようなケースなら試合は即ストップだが、それ以外は攻めている方のアドバンテージだから、そこで止めるのはアンフェアだ」と語っているが、バンナの場合も左肘の先端部分がへこんでいて、骨が外部に突き出していることが映像で確認できるので、ペタスの場合と同様である。 |
| また、前述の通り、そのペタスが脛を骨折した時も角田は即ストップせず、ペタス本人のアピールを聞くまでカウントを数えていたため、主張自体が成立していない。 |
| 続いて、「ファイターというのは怪我やダメージがあっても、その闘争本能だけで戦おうとする。 |
| だからレフェリーが『ファイティングポーズを取れ』と指示しても、無意識にそうはしていても足元はフラフラの場合もある。 |
| そんな時には当然ストップすべき。 |
| しかし、腹や脚への攻撃ではギブアップするかどうかを選手自身が決められる。 |
| 頭を打たれてダウンして立てないのは意識がないんだから仕方ないが、腹や脚への攻撃で倒れても、意識はあるんだから、立てないなら根性が無く、ファイターとして最も恥ずべきことだ」と語っている。 |
| 客観的に考えて、「バンナは根性があって闘争本能が強いがゆえに、やせ我慢してギブアップせずにファイティングポーズをとったのだから、レフェリーが客観的にバンナの左腕の異常を判断してレフェリーストップ、或いはドクターチェックを受けさせるべき」となるはずなのだが、角田は「世界最強を決めるGP決勝で、腕を蹴られてダウンしたからって、そこで試合止められないっていうのは正直なところ。 |
| プロだからこそ、選手って、お金かけて育てるまでに何年もかかるけど、壊れるのは一瞬だと考えると、競技的にどうこうと言うよりも、イベントとしては大きな問題になる」という選手の命や身体の安全よりも興行を優先していたことが明らかになった。 |
| 2003年6月14日、K-1WORLDGP2003inPARISでのヨーロッパGP準決勝でのシリル・アビディvs.ハリッド"ディ・ファウスト"戦は2ノックダウン制で行なわれた試合だったが、2ラウンドにアビディが二度のダウンを奪った後も角田はカウントを続けて試合を再開しようとした。 |
| 通常ならば二度のダウンの時点で即試合終了となり、選手の安全確認をする必要があるが、角田は競技統括プロデューサーでありながらルールを把握していないことが露呈した。 |
| 2004年3月27日、K-1WORLDGP2004inSAITAMAでの武蔵vs.曙戦にて、スリップダウンした武蔵に対して曙がレフェリー角田の制止を振り切り攻撃する反則を犯した。 |
| 武蔵に対してドクターチェックが行なわれた結果、試合続行不可能と判断されたにもかかわらず、角田がドクターの意見を無視して独断専行によって試合は再開された。 |
| なお、試合再開に際して角田はマイクを握って「ファイターは“戦えるのか?戦えないのか?”と聞かれたら、“戦える”としか答えられない生き物なんです。 |
| だから、武蔵選手に危険があると判断した場合、ダウンしたかどうかは関係なしに試合をストップします」とコメント。 |
| しかし、常識的に考えて、「ファイターが戦えるとしか言えない」からこそ、レフェリーが選手の状態を客観的に判断して試合を再開せずにストップすべきであることは明白である。 |
| 2007年3月4日、K-1WORLDGP2007INYOKOHAMAのK-1ヘビー級タイトルマッチ挑戦者決定戦、藤本祐介vs.武蔵戦において、3Rが終了しドロー延長という判定がなされた。 |
| その際、インターバル中にリングに上がり、「両選手、これはヘビー級挑戦者決定戦の大事な試合です。 |
| 運営側の人間が選手の試合の進め方について直接言及する越権行為が疑問視され、物議を醸した。 |
| 2008年10月1日、K-1WORLDMAX2008WorldChampionshipTournamentFINALの終了後、記者会見で「K-1ルールブックによると、必ず優勢の選手に10ポイントをつけるということが記されているが、魔裟斗vs.佐藤嘉洋戦のジャッジで9-8がついている。 |
| これはどういう判断か」という質問に対して、角田は「その表記に関しては、指摘があって変更するというのも恐縮ですが、必ず優勢の選手10にするということは、すぐに訂正したいと思います」という電撃的な“試合後のルール変更の適用”を明言した。 |
| この変更について角田は「優勢の選手が常に10というのは、相手にどれだけダメージを与えたのかがわかりづらい」と付け加えた |
| さらに、この試合から1年後の2009年10月9日に角田が自身のブログにて、この試合で本来は10-9と付けてあったジャッジペーパーを角田が独断で9-8に不正に改竄していたことが明かした。 |
| 2009年10月26日、K-1WORLDMAX2009WorldChampionshipTournamentFINALでの武田幸三vs.アルバート・クラウス戦における角田のレフェリングに批判が殺到している。 |
| 試合では1ラウンド2分25秒のクラウスのローキックで武田がダウンし、テレビ解説の魔裟斗も「完全にダウンだ」と指摘したが、角田はスリップと判定。 |
| 武田の異常を察知したクラウスは、1ラウンド終了時のインターバル中にセコンドに対して「これ以上、武田の顔面を殴ったら武田が死んでしまうから殴れない」と語り格闘技通信2009年11月21日号、途中から武田の顔面へのパンチを打つことを自重してローキック中心の戦い方に切り替えるほど武田の異常事態は明白だったが、それでも角田はストップしなかった。 |
| さらに、このダウン後、ダウンのシーンが何度もあったが、レフェリーの角田はダウンを宣告せず、武田に立ち上がるように促がした。 |
| テレビ解説の魔裟斗と谷川貞治は何度も「今のはダウンだ!」「もう危険だからレフェリーストップすべき!」と連呼するほどだったが、それでも角田はダウンをとらず、レフェリーストップもしなかった。 |
| どちらにしても、角田のレフェリングを認めるわけにはいかないし、クラウスvs武田戦を美談などにしてはいけない」と評されているkamiproMoveのコラム2009年10月28日。 |
| また、かつてK-1のレフェリーを務めていた猪狩元秀はゴング格闘技2010年1月号のインタビューにて、「1Rに武田がローキックで倒れてなかなか立ち上がれない場面は、競技規則第10条第2項の『ダメージが無くても、選手が倒れて速やかに立ち上がれない場合はダウン』とあるのだからダウンをとるべき。 |
| また、同大会の長島☆自演乙☆雄一郎vs.シュー・イェン戦でも最初のダウン直後のイェンの猛攻をくらって長島がダウンする場面が2度あり、実況アナウンサーとテレビ解説の魔裟斗も「ダウンだ」とコメントしたが、レフェリーの角田はダウンをとらなかった。 |
| 武田vsクラウス戦への多くの批判もあって、2009年11月13日、角田自らが業務自粛を申し出て、11月11日付けで角田に対して3か月の業務停止処分が下されたが、同日に角田はブログにて「僕はあれをミスレフェリングだなどとはこれっぽっちも思っていません」「年内のGP決勝や大晦日という重要なイベントを残した上で、あえてこのような申し入れをK-1に対して行ったのであって、別に一方的に【処分】が下された訳ではありませんのでご心配なく。 |