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プロフィール
- 谷口浩美とは
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谷口浩美(たにぐちひろみ、男性、1960年4月5日-)は、元マラソン選手。前東京電力長距離・駅伝チーム監督。宮崎県南那珂郡南郷町(現日南市)出身宮崎県立小林高等学校-日本体育大学体育学部体育学科卒。マラソンの自己最高記録は2時間7分40秒(1988年・北京国際マラソン)で、日本男子歴代6位。
略歴
| 1977年と1978年に全国高等学校駅伝競走大会(全国高校駅伝)を連覇した小林高校のメンバーの1人。 |
| 日体大進学後には箱根駅伝(57回〜59回)で2年次より3年連続6区を走り、いずれも区間賞を獲得した。 |
| 特に3,4年次には当時の区間記録を2年連続で塗り替え「山下りのスペシャリスト」と呼ばれた。 |
| 旭化成に入社後も、1985年の別府大分毎日マラソンで初マラソン初優勝を皮切りに、1987年に東京国際マラソン優勝、ロンドンマラソン優勝、1988年に北京国際マラソンで世界歴代7位(当時)で準優勝、北海道マラソン優勝、1989年に東京国際マラソン優勝、北海道マラソン優勝、1990年にロッテルダムマラソン優勝、1991年に世界陸上競技選手権大会・男子マラソンで日本人男子として初の金メダルを獲得するなどの数々の輝かしい成績を残す。 |
| 2009年現在、世界陸上に出場した日本男子選手で優勝したのは谷口だけである(谷口以外では旭化成の後輩だった佐藤信之の3位が最高。 |
| 1992年のバルセロナオリンピック男子マラソンではメダル候補とされていたが、中間点過ぎの給水時に転倒してしまい、さらにシューズが脱げて履き直すアクシデントこれら一連の出来事は、給水地点手前で後続選手に踵を踏まれたことが原因で起きた。 |
| 中継時には転倒後の映像しか流れなかったが、その一部始終は五輪公式映像にはっきりと記録されており、後日谷口がNHKのスポーツニュース特集に出演した際、自身による解説と併せて放映された。 |
| しかしその時も本人は当時の事実を淡々と語るのみで、相手選手や大会関係者を中傷したり言い訳じみたコメントを発するようなことは一切無かった。 |
| 同年、大学の後輩である有森裕子と共に、日本フェアプレー賞を受賞した。 |
| が影響して、後半追い上げたが8位入賞に留まった。 |
| ゴール後のインタビューで、「途中で、こけちゃいました」と苦笑いを浮かべつつもさわやかにコメントした。 |
| 1996年のアトランタオリンピックで男子マラソンに連続出場を果たし、選手団主将まで務めたものの入賞争いには絡めず19位に終わり、2大会連続入賞はならなかった。 |
| 1997年に現役を引退、旭化成陸上競技部コーチとなり指導者への道を歩む。 |
| 1999年にヘッドコーチに昇格した後、2001年に沖電気陸上競技部(2009年3月に廃部)に移り助監督、2002年に監督に就任した。 |
| 2008年4月より、東京電力長距離・駅伝チーム監督に就任。 |
| 2009年には同チームを全日本実業団対抗駅伝競走大会(ニューイヤー駅伝)初出場に導いた。 |
| 2010年9月末をもって、同チームの監督を退任した |
| 現在は講演の傍ら、指導などで全国を回っている。 |
駅伝
| 1976年第27回全国高等学校駅伝競走大会(全国高校駅伝)区間3区区間14位。 |
| 1977年第28回全国高校駅伝3区区間2位(25分04秒)。 |
| 1978年第29回全国高校駅伝1区区間2位(30分34秒、1位と同タイム)。 |
| 1981年第57回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)6区区間1位(59分33秒)。 |
| 1982年第58回箱根駅伝6区区間1位(58分04秒・当時区間新記録)。 |
| 1983年第59回箱根駅伝6区区間1位(57分47秒・当時区間新記録)。 |
著書
| 『雑草のごとく 転んでも踏まれても立ち上がれ!』(出版芸術社、1992/12、ISBN978-4882930488)。 |
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1960年
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谷口 浩美(たにぐち ひろみ、男性)は、元マ... |
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1978年
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全国高等学校駅伝競走大会(全国高校駅伝)を... |
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