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プロフィール
- 谷垣禎一とは
- 政界入り~宏池会のホープ
- 小泉政権〜総裁選初出馬
- 安倍・福田・麻生政権と宏池会再結集
- 2009年
- 2010年
- 2011年
- 人物・エピソード
- 略歴
- 関連サイト
谷垣禎一(たにがきさだかず、-)は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(10期)。自由民主党総裁(第24代)。 財務大臣(第3・4・5代)、 国土交通大臣(第9代)、自由 民主党政調会長(第50代)、 国家公安委員会委員長(第69代)、金融再生委員会委員長(第3・4代)、科学技術庁長官(第56代)、産業再生機構担当大臣、きょうと青年政治大学校学長(第3代)を歴任。また、旧加藤派を継承し谷垣派会長を務め、古賀派では代表世話人を務める。文部大臣(第100代)を務めた 谷垣専一の長男。 影佐禎昭
政界入り~宏池会のホープ
| 京都府福知山市出身。 |
| 麻布中学校・高等学校を経て、東京大学法学部を卒業。 |
| 短期間の弁護士生活を経て、元文相で父・谷垣専一の死去に伴う補選で父の地盤を引き継ぎ、1983年(昭和58年)旧京都2区補欠選挙に自民党より出馬し初当選、選挙区に20日間泊り込んで支援した白川勝彦や亡父も属した宏池会に所属。 |
| この補選では前尾繁三郎の死去にともない、同じ2区から野中広務も当選しており、選挙の実務を担当したのが当時総務局長だった小沢一郎である。 |
| 自民党では早くから将来を嘱望された。 |
| 1996年(平成8年)に『文藝春秋』が企画した「現役政治部記者が選ぶ21世紀のリーダー」では既に3位に選出されており(1位は鳩山由紀夫)、そこでは「政策通でありながら議運・国対で汗をかける政治家」として評価されている。 |
| 1993年(平成5年)の非自民連立政権では野党自民党の国会対策の中心を担い、1995年(平成7年)に衆院議院運営委員長。 |
| 1997年(平成9年)、第2次橋本内閣改造内閣の科学技術庁長官として初入閣。 |
| 総理府の原子力委員会にて委員長も兼任した。 |
| 1998年(平成10年)の金融危機にあって、小渕恵三総理大臣は宮澤喜一に大蔵大臣就任を要請。 |
| 宮澤が就任条件の一つとして谷垣の政務次官就任をあげたため、閣僚経験者でありながら次官となった。 |
| 続く「金融国会」において金融二法の成立に尽力、引続き国務大臣・金融再生委員会委員長に抜擢されたことで、経済政策のエキスパートとしての評価が高まった。 |
| 続く森内閣では、2000年(平成12年)の加藤の乱に際して加藤紘一と行動を共にして挫折。 |
| この際、山崎拓と二人だけで本会議に不信任票を投じに行こうとする加藤にすがりつき、「加藤先生、大将なんだから!一人で突撃なんてダメですよ!加藤先生が突撃するときは俺たちだってついて行くんだから!大将は自重しなきゃダメですよ!」と涙ながらに慰留するシーンが話題となった。 |
小泉政権〜総裁選初出馬
| 「加藤の乱」後は宏池会分裂により一時厳しい立場に追い込まれたが、2001年(平成13年)に小泉純一郎が首相となると谷垣は重用され、2002年(平成14年)秋以降は常に閣僚の座にあった。 |
| とりわけ要職である財務大臣を3年にわたって無難に務めあげたことで表舞台での活躍が増し、広く認知されるきっかけとなった。 |
| 党でも2005年(平成17年)、小里貞利の引退により、会長席が空いた小里派宏池会から最高顧問の加藤が離脱したのを機に、谷垣派を形成して派閥の領袖となる。 |
| こうして名実ともに総裁候補となり、ポスト小泉の一人と目されるようになっていき、2006年(平成18年)9月の総裁選初出馬へと至った。 |
| 総裁選にあたっては、政権構想として。 |
| #財政再建(2010年代半ばまでには消費税を10%に引き上げ)。 |
| #東アジア外交の立て直し(在任中は靖国神社参拝を控え、日中韓首脳同士が常時対話をとれる「アジアホットライン」の構築)。 |
| #地域社会の活性化(法人税、地方交付税などの税体系の見直しを通じた税収の地域間格差の是正にとりくむ)。 |
| といった政策を提示した。 |
| 9月20日、投開票が行われた結果、谷垣は703票中102票(国会議員66・地方36)を獲得。 |
| 安倍晋三、麻生太郎に次いで最下位に終わったが、投票までの論戦で政策的に安倍・麻生との対立軸を明確に打ち出して目標としていた三桁の票を確保したことは健闘と評価された。 |
安倍・福田・麻生政権と宏池会再結集
| 敗北に終わった総裁選をうけて成立した安倍政権では、谷垣派からの閣僚・党三役への登用はゼロで、党内非主流派に回ることになった。 |
| 与党が過半数割れした2007年7月の参院選後は、安倍内閣の政治姿勢に対して公然と疑問を呈するなど批判の度を強めていたが、直後の内閣・党役員人事でも谷垣派からの要職起用は無かった。 |
| 同年9月、安倍総理の突然の辞任を受け、2007年自民党総裁選への出馬を検討したが、福田康夫の立候補にともない派としての支持を約束、自らの立候補は見送った。 |
| 総裁に就任した福田からの要請で政調会長に就任、初の三役入りを果たした。 |
| 福田政権の誕生を機に、懸案であった宏池会再結集の動きが一気に具体化し、翌年1月には古賀派との合併が決定(「中宏池会構想」)。 |
| 5月に発足した新派閥では代表世話人となったが、新派閥の総裁候補は棚上げされたままで、派内には麻生支持議員も少なくなく、派として谷垣を一枚岩で支援する体制は整わなかった。 |
| 谷垣自身、政調会長として十分に指導力を発揮したとはいえず、手腕にしばしば疑問の声があがった。 |
| 2008年(平成20年)8月2日の内閣改造では国土交通大臣に就任。 |
| 翌月の福田退陣表明による総裁選では出馬に意欲を見せたが、福田政権の責任者という立場も考慮し出馬を断念、宏池会は自主投票となった。 |
| 同総裁選では世代交代をアピールした若手の出馬表明が相次いだ他、足元の宏池会からも与謝野馨や麻生を率先して支持する議員が現れるなど、2回続けて出馬を見送った谷垣の総裁候補としての立場は微妙なものとなっていた。 |
| 自民党が野党に転落することになった2009年(平成21年)総選挙では、対抗馬である民主党の小原舞の猛追を受けながらも小選挙区で当選した。 |
2009年
| 2009年(平成21年)9月28日、有効投票総数499票中300票を獲得し、第24代自由民主党総裁に選出された。 |
| 自民党総裁就任が内閣総理大臣就任に直接繋がらなかったのは河野洋平、橋本龍太郎に次いで3人目である(ただし、河野洋平は森喜朗の計らいで衆議院議長に就任し、橋本龍太郎は連立を組んでいた日本社会党の村山富市内閣の退陣を受け、結果として総理大臣に後から就任した)。 |
| 現時点での総理未経験総裁は河野と合わせて2人目であり、「三権の長未経験総裁」は現時点で谷垣のみ、「弁護士経験者たる自民党総裁」は初代・鳩山一郎以来2人目。 |
| 10月、政権奪還を意識する観点から自民党「影の内閣」の設置に意欲を見せていたが、党内から「『影の大臣』と『大臣』の名がつけばポスト争いが始まる」との異論が出たため、構想は頓挫した{{citenews。 |
| }}。 |
| 10月19日には、秋季例大祭が行われている靖国神社へ参拝した。 |
| 自由民主党総裁の靖国神社参拝は2006年(平成18年)8月15日(終戦の日)の小泉純一郎内閣総理大臣(当時)以来3年2ヶ月ぶりの参拝となる{{citenews。 |
| }}。 |
| 谷垣は『産経新聞』の取材を受け、2006年(平成18年)の自由民主党総裁選で「首相に就任した場合は参拝を自粛する」と表明していたことについて、「当時の国際関係を考慮し、総理はあの時点では差し控えるべきだという意味です」{{citenews。 |
| }}と述べ、「野党になったから参拝したのか?」との質問には「野党であるということを斟酌してというよりも、戦争で亡くなられた英霊をお祀りする場は必要だと思う」と答えている。 |
| 靖国神社に代わる国立追悼施設の建設については、総裁選時に「他の施設を造るのは賛成できない」と述べており{{citenews。 |
| }}、この時も記者団に対し、「戦争に従軍した方々は『戦死したら靖国神社に祭られる』という思いを持って亡くなった方が大勢いるので、その重みはある」と述べ、慎重な構えを見せた |
| 2009年(平成21年)11月15日、東京都昭島市内でサイクリング中、逆走して来た別の自転車と接触し負傷、左目の周囲を数針縫う治療を受けた{{citenews。 |
| 自宅で静養後、11月24日に活動を再開した。 |
| 11月26日、民主党や公明党などが成立を目指す外国人参政権について「反対だ」と明言した。 |
| また、「党全体を賛成の方向でまとめていくつもりは全くない」とも語り、自民党としても外国人参政権に賛成をしないという意向を示した{{citenews。 |
| 天皇特例会見問題では、民主党政権を批判{{citenews。 |
2010年
| 2010年(平成22年)1月1日、自由民主党総裁として、自民党本部から全国の党員・党友組織自由国民会議会員に向けて新年のメッセージを送った{{citepressrelease。 |
| 記者たちに「特に政治とカネの問題を見ると、必ず内閣総辞職、あるいは解散によって国民に信を問うところまで求めていかなければならない」と述べ、偽装献金問題などを追求し鳩山由紀夫首相の辞任を強く求めていく考えを強調。 |
| 民主党の小沢一郎幹事長については、小沢が先日の天皇特例会見を内閣の助言と承認に基づく「国事行為」だとして正当化したことに触れ「小沢幹事長のごときにいたっては、あたかも内閣が判断をすれば天皇陛下に何でもお願いできるかのような表現すら取っている。 |
| 1月7日の新年初の自民党総裁定例記者会見にて、産経新聞の記者から「鳩山首相がTwitterを始められましたが、総裁はやられるのか?」との質問に対し「つぶやくようなことはしない。 |
| 1月19日、BSフジの番組「BSフジLIVEPRIMENEWS」にて、永住外国人への地方選挙権付与法案について「米軍普天間飛行場移設問題を地方の首長選(2010年1月24日の名護市長選)に委ねようとする動きを見ていると、地方参政権を付与するのがいいのかどうか」と述べ、外国人参政権に反対する意向を改めて表明。 |
| 4月16日、韓国の与党であるハンナラ党の鄭夢準代表から、日本における永住外国人への地方選挙権付与に協力するよう求められたが、「憲法上の問題もあり自民党は反対の立場だ」と述べた{{citenews。 |
| 4月22日、自民党本部にて行われた定例記者会見で、鳩山由紀夫の元秘書が東京地方裁判所にて有罪判決が出たことに関して「弁護士は総理を守る、依頼者を守るのが仕事で、総理の責任は説明責任をきちっと果たす」と述べ、弁護士の国会への参考人招致を求めていく方針を示し、「鳩山首相は、秘書の疑惑は議員の責任と、過去に誠にあっぱれな発言された経緯があります加藤紘一の秘書が2003年(平成15年)に逮捕された際、鳩山由紀夫は街頭演説にて「秘書の疑惑は議員の責任」と発言した経緯がある為。 |
2011年
| 2011年(平成23年)8月30日の菅内閣総辞職に伴う内閣総理大臣指名選挙では、衆議院では自民党議員の他に無所属で元自民党の鳩山邦夫からも票を得た。 |
| 参議院では一回目は民主党代表野田佳彦に次ぐ2位となり、野田との決選投票では、(麻布の先輩平沼赳夫代表率いる)たちあがれ日本、東大法の後輩舛添要一代表率いる新党改革、司法修習同期の山口那津男率いる公明党、元自民党の無所属議員・大江康弘、長谷川大紋からも支持を受けた{{Citeweb。 |
人物・エピソード
| 読売新聞がキャリア官僚100人を対象に実施したアンケート(2001年1月に紙面掲載)によれば、「2010年に活躍が予想される政治家」で1位(2位石原伸晃、3位額賀福志郎)、「21世紀中に首相になって欲しい政治家」では石原と共に1位に選ばれている『読売新聞』2001年1月6日。 |
| 愛読書は四書五経など中国の古典や宋代の詩人・蘇東坡の漢詩などで、しばしば中国の故事を引用する。 |
| また読書を巡るインタビューでは、竹越与三郎の『二千五百年史』、田口卯吉の『日本開化小史』、北畠親房『神皇正統記』、新井白石『読史余論』といった史論への嗜好を語っている早野透『政治家の本棚』朝日新聞社290頁。 |
| 巨人軍の熱烈なファンであり、東京ドームで野球観戦する際にはプロ野球選手のプレーに批評を加えるほど |
| 週刊文春(2005年12月8日号)で1988年(昭和63年)訪中時に女性を買春し、中国公安当局に尋問されたと報じられた「【花田紀凱の週刊誌ウォッチング】『週刊文春』(12月8日号)の「谷垣禎一財務大臣 中国人女性『買春』疑惑」産経新聞2005年12月3日「最大野党トップまでもが中国に負い目!? 谷垣・自民党総裁が嵌った「ハニー・トラップ」鹿島圭介」新潮452009/11月号。 |
| 1審(東京地裁)は名誉棄損の成立を認めて文藝春秋側に330万円の支払いを命じ文藝春秋に330万円賠償命令 谷垣前財務相への名誉棄損でフジサンケイビジネスアイ2007年7月10日、2審(東京高裁)では1審判決を支持した上で賠償額を220万円に減額{{citenews。 |
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1997年
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科学技術庁長官に就任(翌年7月30日まで)。 |
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2000年
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金融再生委員会委員長に就任(同年7月4日まで... |
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投票数
10
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