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プロフィール
- 豊田章男とは
- 生い立ち
- 金融業界から自動車業界に
- 経営者として
- 人物像
- 経営政策
- 家族 親族
- 系譜
- 参考文献
- 関連サイト
豊田章男(とよだあきお、1956年5月3日-)は、日本の実業家である。トヨタ自動車代表取締役社長。トヨタ自動車名誉会長 豊田章一郎の長男。ニュー・ユナイテッド・モーター・マニュファクチャリング副社長、学校法人トヨタ東京整備学園理事長(第5代)などを歴任。自動車競技にも出場しており、愛称・自称は、『モリゾウ』。
生い立ち
| 豊田章一郎、博子の長男として愛知県名古屋市に生まれた。 |
| 母博子は三井財閥一族の伊皿子家八代目、元三井銀行取締役三井高長の三女神一行『閨閥改訂新版特権階級の盛衰の系譜』258頁。 |
| 愛知教育大学附属名古屋中学校、慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学法学部卒業。 |
| バブソン大学経営大学院終了(MBA)。 |
| 高校在学中には一時アメリカ合衆国ハワイ州に渡り、バラク・オバマらを輩出したプナホウスクールに学んだ黒「トヨタ自動車次期社長豊田章男氏(52)――現場に学び、車づくり熱く」『日本経済新聞』44182号、日本経済新聞社、2009年1月21日、13面。 |
| 慶應義塾大学法学部法律学科在学中にはホッケー部に在籍、ホッケー男子日本代表にも選出されている。 |
| 大学卒業後は再び渡米。 |
| 当初は語学習得を目的としていたが、バブソン大学(マサチューセッツ州)のビジネススクールに入学、MBAを取得(1982年)した。 |
金融業界から自動車業界に
| MBAを取得したのち、アメリカ合衆国の投資銀行(A.G.Becker&Co.)にて勤務した田端素央「トヨタ社長に章男氏――あえて登板――危機感高める」『 |
| 水島愛一朗「豊田章男トヨタ再生!」-日本実業出版社、2009。 |
| 1984年、投資銀行を辞し、トヨタ自動車に入社した。 |
| トヨタ自動車への転職を決意した章男に対し、父である章一郎は「(章男を)部下に持ちたいと思う人間は今のトヨタにはいない」島田耕「トヨタ社長に豊田章男氏――手腕は未知数――不遇も知る4代目」『 |
| と戒めたうえで、特別扱いはしないと言い渡された。 |
| そのため、章男はトヨタ自動車に対して履歴書を提出したうえで、一般の平社員として入社が認められた。 |
| 入社後は、生産管理や国内営業などを担当した。 |
| 係長から平社員への降格人事も経験したものの、販売部門への「カイゼン」活動の横展開などを通じ、販売部門の改革を主導した。 |
| 1998年には、自動車関連の情報を総合的に提供するウェブサイト「GAZOO.com」を立ち上げた豊田章男「GAZOO.comが目指すもの」『 |
| その後、アメリカ合衆国カリフォルニア州にて、ゼネラルモーターズとの合弁企業「NUMMI」の副社長を務めた。 |
経営者として
| 2000年、44歳で取締役に就任した。 |
| 「GAZOO」や「G-BOOK」などの情報事業、中国などのアジア事業を担当した。 |
| 世界戦略として推進した「トヨタIMVプロジェクト」の立ち上げを統括したほか、調達部門のトップも歴任した。 |
| 国内営業を担当する役員に就任して以来、各地の自動車ディーラーに対して飛び込み営業を自ら実施しており、各店に対し頭を下げて回るなど積極的な営業活動を行っている早坂礼子「トヨタ社長に章男氏――『閑散』名古屋――期待の切り札」『 |
| 2009年1月20日、豊田の社長昇任を含む人事案が、トヨタ自動車から正式発表された「トヨタ、豊田章男社長を発表――『次の100年』へ進路託す――章一郎氏奥田氏取締役退任へ」『日本経済新聞』44182号、日本経済新聞社、2009年1月21日、3面。 |
| 記者会見に臨んだ豊田は「自動車業界が二十一世紀も必要とされるのか、今が瀬戸際」「新社長ら一問一答――トヨタのDNA継ぐ」『日本経済新聞』44182号、日本経済新聞社、2009年1月21日、13面。 |
| との危機感を表明した。 |
| この人事案は、同年6月の株主総会にて提案予定と発表された。 |
| 同年6月23日、株主総会により人事案が承認され、代表取締役社長に就任した。 |
| 2010年1月、新型プリウスをめぐる世界規模でのリコール問題が拡大するなか、ダボス会議への出席を優先。 |
| 表舞台での対応は佐々木真一副社長らに委ね、豊田が記者会見を開いたのは2月5日であった。 |
| 就任以来、一度も単独インタビュ-に応じたことがなく、こうした豊田の対応は「製品品質ではなく、経営者の質の問題」{{Citenews。 |
人物像
| 自身の最高傑作を問われたチャールズ・チャップリンが「ネクスト・ワン(次の作品だよ)」と答えた逸話に因み、「ネクスト・ワン」を座右の銘とする。 |
| 社長就任に際しては「現場に一番近い社長でありたい」との抱負を語り「『現地現物』で一つずつ問題を解決したい」との目標を掲げており、ディーラーである神奈川トヨタ自動車会長の上野健彦は「章男氏は現場をよく知り、言葉が通じやすい」と内評を明らかにしている。 |
| 豊田は以前から自動車開発時に試乗テストを担当するテストドライバーの業務を理解したいと考えており、「自動車会社の一員として、評価の仕方を教えてほしい」http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20090623k0000m070102000c.htmlと成瀬弘に頭を下げて指導を求めた。 |
| 成瀬はトヨタグループの開発ドライバー数百名の中で頂点に立つマスターテストドライバーとして知られ、「トップガン」の異名を持つほどの技術の持ち主でありhttp://response.jp/issue/2006/1204/article88996_1.html、豊田は急ブレーキなどの訓練だけで2年をかけるなど成瀬の薫陶を受けたhttp://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20090623k0000m070102000c.html。 |
| その結果、豊田自身も国際C級ライセンスを取得しており、クルマ好き、レース好きで知られるようになった。 |
| トヨタ・アルテッツァやレクサス・IS、レクサス・LF-Aに搭乗し、「モリゾウ」の名で度々ニュルブルクリンク24時間レースに出場している。 |
| 排気量5000cc、423馬力の大出力エンジンを搭載するスポーツカー「レクサス・ISF」の開発にも自らかかわった。 |
| またサッカーにも造詣が深く、トヨタが事実上の親会社となっているJリーグ所属の名古屋グランパスの取締役を2010年7月より務めている。 |
| 多忙の中でスタジアムに度々足を運んでおり、名古屋がJ1初優勝を決めた試合にもかけつけている |
経営政策
| ;販売への「カイゼン」の活用。 |
| 「カイゼン」活動に代表されるトヨタ生産方式がトヨタ自動車の生産部門にて確立され始めたころ、生産部門だけでなく販売部門にも「カイゼン」を導入するよう主張した。 |
| これらの活動を通じて販売部門の改革を働きかけ、納車時間の短縮などを主導した。 |
| ;情報通信技術の活用。 |
| 情報通信技術の活用に積極的な姿勢を示している。 |
| インターネットを通じトヨタ自動車のみならず自動車に関連する情報を提供しようと、ウェブサイト「GAZOO.com」を立ち上げ、その拡大に力を注いだ。 |
| また、車載端末を通じた情報提供を行うサービス「G-BOOK」の立ち上げにも尽力した「ひと:豊田章男さん=トヨタ自動車の次期社長に決定」『 |
| これらの事業は立ち上げ当初から現在まで豊田が一貫して担当しており、ライフワークの一つとなっている。 |
| ;ハイブリッドカーの価格戦略。 |
| 2009年に本田技研工業がハイブリッドカー「2代目インサイト」を発売すると、トヨタ自動車も同じくハイブリッドカー「3代目プリウス」を発売した。 |
| 2代目プリウスより性能を向上させたにもかかわらず、トヨタ自動車は3代目プリウスの販売価格を大きく引き下げた。 |
| この価格戦略について、豊田は「間口を広げる」「ハイブリッドが新車の1割に――エコカー主役へ快走――『電気』も登場――価格・性能を競う」『日本経済新聞』44336号、日本経済新聞社、2009年6月28日、6面。 |
| 狙いがあると述べており、価格の引き下げによって購買層の拡大を図ることを明らかにした。 |
| 3代目プリウスは好評を博し、発売後1か月で約18万台を受注した「新型プリウス、発売1カ月で受注18万台に――トヨタ自動車」『 |
家族 親族
| 曽祖父豊田佐吉(トヨタグループ創祖)。 |
| 祖父豊田喜一郎(トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)創業者)。 |
| 祖母二十子(元高島屋社長飯田新七の娘)。 |
| 父豊田章一郎(トヨタ自動車名誉会長)。 |
| 母博子(元三井銀行取締役三井高長の娘、元三井合名副社長三井高寛の孫)。 |
| 妻裕子(元三井物産副社長田淵守の娘)。 |
系譜
| ;豊田家(静岡県湖西市、愛知県名古屋市)。 |
| トヨタグループ創祖豊田佐吉は、1867年(慶応3年)遠江国山口村(現静岡県湖西市)の貧しい農家兼大工『豊田市トヨタ町一番地』(読売新聞特別取材班、24頁より)の家に生まれた。 |
| 早川隆著『日本の上流社会と閨閥』111頁によると、。 |
| 「佐吉は幼い時から細工物に興味を持ち、大きくなると機織り機の動きに異常な関心を持ち、これを何とかモーターで動かす動力織機にできないものかと寝食を忘れて発明に没頭した。 |
| 機織り機の動きを知るため、女性が織っているそばでじっと観察していて変人扱いされたという伝説が残っている。 |
| 発明家というのは往々、変人扱いされるものだが明治三十六年、豊田式紡織機を完成させ、折からの紡績ブームに乗って殺到する注文をつぎつぎ引き受け、明治四十年、豊田紡織を創立、事業を発展させていった。 |
| 神一行著『閨閥改訂新版特権階級の盛衰の系譜』257-258頁によると、。 |
| 「豊田家の閨閥だが、掲載した略系図でもわかるように、名の知れた家系のわりには華麗さがない。 |
| これは質実剛健を旨とする豊田家に似つかわしいといえる。 |
| あえていえば、喜一郎の妻・二十子がデパートの名門高島屋の創業一族で、四代目の飯田新七の長女『第五版・財界人物選集』(1939年)には、長女ではなく三女とある。 |
| いま一つが章一郎の妻となったのが、三井財閥一族の伊皿子家八代目、元三井銀行取締役三井高長の三女・博子。 |
| この二家がきわだつ存在である。 |
| 奇縁としては、略系図には載せきれなかったが、高島屋の飯田家を通して豊田家は日産自動車の創業者鮎川家とも親戚になっている。 |
| 鮎川義介の妻・美代が飯田家の出身。 |
| つまり、トヨタ自動車と日産自動車の創業者の妻は、ともに飯田家の出身で従姉妹という間柄なのである。 |
| さらに政治家との繋(つな)がりを見ると、章一郎の妹・和可子が大昭和製紙の斉藤家に嫁ぎ、夫は元静岡県知事の斉藤滋与史である。 |
| また、章一郎の二人の子供は、長女の厚子が財務官僚の藤本進に嫁ぎ、長男の章男は昭和六十年に三井物産副社長田淵守の長女・裕子と結婚している。 |
参考文献
| 早川隆『日本の上流社会と閨閥』(角川書店1983年111-115頁)。 |
| 神一行『閨閥改訂新版特権階級の盛衰の系譜』(角川書店2002年246-260頁)。 |
| 読売新聞特別取材班『豊田市トヨタ町一番地』(新潮社2003年)。 |
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1956年
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豊田 章男(とよだ あきお)は、日本の実業家... |
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1984年
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投資銀行を辞し、トヨタ自動車に入社した |
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つながりの強いひと
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豊田章一郎
親 父
日本の実業家、技術者。勲等は桐花大綬章。学位は工学博士(東北大学・1955年)。トヨタ自動車株式会社名誉会長、株式会社デンソー取締役、社会福祉法人恩賜... |
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木下隆之
日本のレーシングドライバー、作家、自動車伝道師。日本自動車ジャーナリスト協会会員。明治学院大学経済学部卒業。2005年現在、専門学校テクニカルカレッジ... |
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とよだあきお
日本の実業家。学位は経営学修士(バブソン大学・1982年)。トヨタ自動車株式会社代表取締役社長。 1956年、当時トヨタ自動車工業に勤務していた豊田章一郎の... |
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豊田喜一郎
祖父
日本の経営者、技術者、トヨタ自動車創業者。トヨタ自動車工業、現・トヨタ自動車社長(第2代)、社団法人自動車技術会 会長(第2代)などを歴任した。 |
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渡辺捷昭
日本の実業家。トヨタ自動車株式会社副会長、財団法人道路新産業開発機構会長。慶應義塾評議員トヨタ自動車株式会社社長(第5代)などを歴任した。 |
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張富士夫
日本の実業家。トヨタ自動車株式会社会長(第4代)。勲等は旭日大綬章。 |
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奥田碩
日本の実業家。勲等は旭日大綬章。トヨタ自動車株式会社相談役(非取締役)、日本郵政株式会社社外取締役指名委員長兼報酬委員長、社団法人日本経済団体連合... |
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佐藤正明
佐藤正明プロフィール 佐藤 正明 佐藤 正明 (さとう まさあき) ノンフィクション作家 株式会社 佐藤正明事務所 代表 1944年12月23日 山形市生まれ 【職歴】... |
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豊田達郎
日本の実業家。学位は経営学修士(ニューヨーク大学)。財団法人トヨタ財団会長(第2代)、学校法人トヨタ学園理事長(第2代)。ニュー・ユナイテッド・モー... |
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とよだ・あきお
豊田章男【とよだ・あきお】トヨタ自動車社長 更新日: 2009-12-13 ■ 豊田 章男【とよだ・あきお】 【肩書き】 トヨタ自動車社長 【生年月日】 1956年... |
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豊田英二
日本の実業家。勲等は勲一等。トヨタ自動車株式会社最高顧問。豊田佐吉の甥。トヨタ自動車工業株式会社社長(第5代)、トヨタ自動車株式会社会長(初代)、社... |
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柳井正
日本の実業家。カジュアル衣料の製造販売「ユニクロ」を中心とした企業グループ持株会社であるファーストリテイリング代表取締役会長兼社長。早稲田大学政治... |
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石田退三
元豊田自動織機製作所(現豊田自動織機)社長、元トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)の社長・会長・相談役。戦後のトヨタ自動車の建て直しをし、「トヨタ中... |
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成瀬弘
English 成瀬 弘 所属機関: 岡山大学 教育学部
研究分野: 代数学 【詳細情報】 研究者HP 【この人名をキーに探す】 | | 印刷画面 | URL 関... |
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岡本一雄
おかもと かずお
岡本 一雄
トヨタ自動車(株)取締役副会長
1944年石川県に生まれ、富山県で育つ。1967年東京大学工学部航空学科卒業、トヨタ自動車工業... |
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中川勝弘
日本の官僚。トヨタ自動車副会長。元通商産業審議官。 |
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カルロス・ゴーン
1954年3月9日出生)は、ブラジル人(レバノン系ブラジル人)の実業家。ルノーの取締役会長兼CEO(PDG)で、日産自動車の社長兼最高経営責任者(CEO)も務める。... |
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豊田周平
トヨタ紡織株式会社の現社長。トヨタ自動車株式会社の初代会長(現・最高顧問)豊田英二の三男である。 |
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山科 忠 -トップマネージメント-- 山科 忠(Tadashi Yamashina)TMG会長 兼 チーム代表 (トヨタ自動車(株)専務取締役 兼任) プロフィール Q+A with Tad... |
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豊田章男さんについてのひとこと紹介
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