SPYSEEとは
|
よくあるご質問
|
ユーザ登録
|
ログイン
検索
詳細検索
13600
13754
156535
%E8%B1%AA%E5%A7%AB
%E8%B1%AA%E5%A7%AB
%E8%B1%AA%E5%A7%AB
%E8%B1%AA%E5%A7%AB
%E8%B1%AA%E5%A7%AB
0
豪姫
Tweet
トップ画像の変更
他の画像検索結果
※ 画像について
他人の画像が選択されている・混じっている場合
画像候補は人物名で顔画像を検索したものです。 人物として適切でない画像も含まれてしまう可能性があります。
適切な画像になるよう
豪姫の画像検索結果ページ
で修正できます
閉じる
ネットワーク
タグ
歴史上の人物
姫
タグを編集
キーワード
名古屋市
安土桃山時代
八丈島
すべて見る
プロフィール
豪姫とは
生涯
その他
系譜
登場作品
関連項目
豪姫(ごうひめ、天正2年(1574年)-寛永11年5月23日(1634年6月18日))は、安土桃山時代から江戸時代初期の女性。備前国(岡山県)の戦国大名の
宇喜多秀家
の正室。
前田利家
の四女、生母はまつ(
芳春院
)。
豊臣秀吉
と
北政所
の養女となる。羽柴氏。南の御方、備前の方、京。樹正院。洗礼名「
マリア
」。
生涯
尾張国荒子(愛知県名古屋市)に生まれる。
幼少の頃、父の利家が
羽柴秀吉
(
豊臣秀吉
)との仲を深めるため、子のなかった秀吉夫婦の養女として出された。
豪姫は秀吉の養女として大いに可愛がられ、秀吉や正室の
寧々
にも寵愛されたといわれ、「もし豪が男であったら関白にしたものを」と
寧々
に綴っている。
秀吉が豪姫に宛てた手紙も現存している。
天正16年(1588年)に15歳で秀吉の猶子であった岡山城主
宇喜多秀家
の妻として嫁ぎ、二男二女(秀隆・秀継・理松院(山崎長卿・富田重家室)・先勝院(
伏見宮貞清親王
室))を産む。
慶長5年(1600年)、秀家が関ヶ原の戦いで
石田三成
ら西軍方に属していたため、戦後に
宇喜多氏
は改易。
秀家は薩摩に潜伏し
島津氏
に匿われる。
この時に
徳川家康
の探索を避けるため秀家の死亡偽装工作をしたとされる。
しかし慶長7年(1602年)、
島津氏
が
徳川家康
に降ったため、秀家は助命を条件に引き渡され、息子2人と共に慶長11年(1606年)に八丈島に流罪とされる。
その間に豪姫は備前岡山城より娘と中村刑部、一色主善輝昌ら数名の家臣を伴い、兄の
前田利長
のもとへ戻され化粧料1500石を与えられる。
当時の金沢はキリシタン大名として名高い
高山右近
が客将として住み、多くの藩士がその影響を受けていた。
日本中でも有数のキリシタン
信者
の町金沢で、豪姫も家臣と共に洗礼を受けていたと伝えられる。
その後、他家へ嫁ぐことなく金沢西町に移り住み、賂を秀家に送り続け余生を送った。
寛永11年(1634年)豪姫は金沢城鶴の丸でその数奇な運命を閉じた。
法名は「樹正院殿命室寿晃大禅定尼」。
葬儀は
宇喜多氏
の菩提寺、家臣であった中村刑部・一色主善ら多くの有縁の方によって浄土宗大蓮寺で行われた。
その他
病弱で出産の度に大病にかかっていた豪姫だが、ある時狐が憑いたのが原因だと言われ、養父・秀吉は稲荷の総本山・伏見稲荷に「豪姫から出ていかないなら、日本中の狐を殺す」という内容の恫喝の手紙を送りつけた。
次女の
伏見宮貞清親王
室は金沢に帰ってから生まれた子で、夫の秀家が関ヶ原の戦い後に各地を逃亡途中、密かに豪姫に会いその時身篭ったとされている。
系譜
理松院(貞姫・佐保姫)(山崎長郷室→富田重家室)。
先勝院(おなぐの方・冨利姫)(
伏見宮貞清親王
妃)。
登場作品
;豪姫を主題とした作品。
豪姫(1992年松竹 原作:
富士正晴
監督:
勅使河原宏
豪姫:
宮沢りえ
)。
豪姫夢幻(角川書店
中村彰彦
著)。
豪姫さま百万石の女人系(北国新聞筆内幸子)。
大坂城の女(1970年フジテレビ)
北林早苗
。
おんな太閤記(1981年NHK大河ドラマ)金子曜子→高梨路子→
岩崎良美
。
女たちの百万石(1988年日本テレビ)
浅野ゆう子
。
愛に燃える戦国の女(1988年TBS)
小川範子
。
姫将軍
大あばれ(1995年テレビ東京)
上村香子
。
秀吉(1996年NHK大河ドラマ)松尾恵理香→
坂田麻衣子
。
利家とまつ
〜加賀百万石物語〜(2002年 NHK大河ドラマ)梅澤美優→
大田ななみ
→
斉藤千晃
→
須藤理彩
。
寧々
〜おんな太閤記(2009年テレビ東京)
西本利久
。
関連項目
妙泰寺(金沢市)。
豪姫 - Wikipedia
より要約
1588年
15歳で秀吉の猶子であった岡山城主宇喜多秀家...
1600年
秀家が関ヶ原の戦いで石田三成ら西軍方に属し...
年表をもっと見る・くらべる
投票数
0
ふりがな
入力する
性別
入力する
出身地
入力する
生年月日
入力する
血液型
入力する
職業
入力する
所属
入力する
Twitter
入力する
フォロワー
追加・投票
不適切なページとして報告する
閉じる
不適切なページを報告する場合は、
ログイン
または
ユーザ登録
してください
※名誉毀損・誹謗中傷にあたる情報の削除等はこちらからお願いいたします
関連商品
つながりの強いひと
宇喜多秀家
安土桃山時代の武将・大名。豊臣政権下の五大老の一人。通称は「備前宰相」。大名家としての宇喜多氏最後の当主であり、備前岡山57万4,000石の大名。
勅使河原宏
華道三大流派と呼ばれるうちのひとつ、草月流三代目家元、映画監督。夫人は女優の小林トシ子。
前田利家
戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、戦国大名。加賀藩主前田氏の祖。豊臣政権の五大老の一人。尾張国海東郡荒子村の荒子城主前田利昌の四男として生ま...
富士正晴
富士正晴(ふじまさはる、本名・冨士正明1913年10月30日-1987年7月15日)は小説家・詩人。
中村彰彦
小説家。直木賞受賞。栃木県栃木市出身。本名「加藤保栄」。主に、歴史小説・時代小説を中心に執筆している。
仲代達矢
日本の俳優。東京都出身。本名は、仲代元久(なかだいもとひさ)。
古田織部
古田織部 (ふるたおりべ) [筆跡] 1544年(天文13年)美濃〜1615年(慶長20年) 古田織部『消息』 古田織部プロフィール 武将、茶人。 本名...
前田利長
安土桃山時代から江戸時代初期の武将、大名。加賀藩祖である前田利家の長男(嫡男)として生まれる。母は高畠直吉の娘のまつ(芳春院)。正室は織田信長の娘...
赤瀬川原平
日本の前衛美術家、随筆家、作家。本名、赤瀬川克彦。純文学作家としては尾辻克彦(おつじかつひこ)というペンネームがある。神奈川県横浜市中区本牧町生ま...
前田利常
安土桃山時代から江戸時代の武将、大名。加賀藩第2代藩主。加賀藩祖前田利家の4男。母は側室の寿福院。異母兄に前田利長、前田利政など。なお、死後にはその...
もっと見る
西岡善信
美術監督・映画プロデューサー。
奥山和由
日本の映画プロデューサー・映画監督。松竹社長を務めた奥山融の次男。愛媛県で生まれ東京都で育つ。都立戸山高校、学習院大学経済学部経済学科卒業。松竹専...
宇喜多直家
戦国時代の武将。備前国の戦国大名。通称三郎右衛門尉、のち和泉守。宇喜多秀家の父。父は興家、祖父は能家という。室は中山信正の娘、後に鷹取氏あるいは三...
珠姫
安土桃山時代から江戸時代初期の女性。前田利常の正室。徳川秀忠と継室江の次女で、徳川家康の内孫。姉に千姫(豊臣秀頼正室、本多忠刻正室)、妹に勝姫(松...
千利休
戦国時代から安土桃山時代にかけての商人、茶人。わび茶(草庵の茶)の完成者として知られる。茶聖とも称せられる。また、今井宗久・津田宗及と共に茶湯の天...
森田富士郎
日本で初めて ブルーバック 撮影を行った。 関連キーワード 大魔神 水曜どうでしょう 京都市 市川崑 京都市北区 金閣寺 このキーワードを共有する はてなダイ...
前田綱紀
加賀藩の第4代藩主。第3代藩主・前田光高の長男。母は水戸藩・徳川氏の徳川頼房の娘(徳川家光の養女)・清泰院。元服後の名は綱利。後年、綱紀と改める。徳...
小田久栄門
日本のテレビプロデューサー。新潟県出身。専修大学卒。
宇喜多氏
備前国の戦国大名。。通り字は代々「家」であった。家紋は剣片喰(剣酢漿草)。旗紋は兒文字。他に雨竜や亀など。近年では五七の桐や五三の桐も用いている。
細川忠興
戦国時代から江戸時代前期にかけての武将、大名。丹後国宮津城主を経て豊前国小倉藩初代藩主、肥後国熊本藩初代藩主。肥後細川家初代。足利氏の支流・細川氏...
豪姫さんについてのひとこと紹介