17899
18082
202262
%E8%B6%B3%E5%88%A9%E6%BA%80%E5%85%BC
%E8%B6%B3%E5%88%A9%E6%BA%80%E5%85%BC
%E8%B6%B3%E5%88%A9%E6%BA%80%E5%85%BC
%E8%B6%B3%E5%88%A9%E6%BA%80%E5%85%BC
%E8%B6%B3%E5%88%A9%E6%BA%80%E5%85%BC
0
|
他の画像検索結果
他人の画像が選択されている・混じっている場合
画像候補は人物名で顔画像を検索したものです。
人物として適切でない画像も含まれてしまう可能性があります。
適切な画像になるよう 足利満兼の画像検索結果ページで修正できます
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
プロフィール
足利満兼(あしかがみつかね)は、室町時代中期の武将。3代目の鎌倉公方(在位:応永5年(1398年)-同16年(1409年))である。
事跡
| 3代将軍足利義満の偏諱を授かり元服する。 |
| 鎌倉公方は父の代より京都の将軍家とは緊張関係が続いており、応永6年(1399年)に大内義弘が堺で義満に対して挙兵した応永の乱では、それを正当化する御教書を賜っている。 |
| さらに自身も、義弘に加勢するため鎌倉を発ち、武蔵国府中(東京都府中市)まで進軍するが、関東管領の上杉憲定に諫止され、途中義弘の敗死を聞き引き返した。 |
| 翌年、伊豆国の三島神社に納めた願文によって幕府に恭順の意を示し、最終的に罪を赦されている。 |
| 1399年には陸奥国、出羽国が鎌倉府の管轄となったため、弟である満直を篠川御所、満貞を稲村御所史料によっては満直を稲村御所、満貞を篠川御所としているものもある。 |
| として下す。 |
| しかし、この措置は奥州の豪族達の反感を買い、1402年には室町幕府と結んでいた伊達政宗安土桃山時代に活躍した伊達藤次郎政宗と同名の別人。 |
| 藤次郎政宗はこの政宗の8代目の子孫にあたる。 |
| の反乱が起きるが、これを上杉氏憲(のちの上杉禅秀)に鎮圧させている。 |
| 応永16年7月22日に死去、享年32。 |
| 長男の持氏が跡を継いだ。 |
官職
| 応永5年(1398年)12月、従四位下に叙し、左兵衛佐に任官。 |
| 日付不詳、左馬頭に遷任。 |
| 日付不詳、左兵衛督に転任。 |
関連書籍
| 田辺久子「関東公方足利氏四代 基氏・氏満・満兼・持氏」吉川弘文館2002年発行。 |
| ISBN978-4-642-07789-7。 |
|
1398年
|
従四位下に叙し、左兵衛佐に任官 |
|
1399年
|
大内義弘が堺で義満に対して挙兵した応永の乱... |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
足利持氏
息子
足利持氏(あしかがもちうじ)は室町時代の武将。第4代鎌倉公方(在位:1409年-1439年)。足利満兼の子。 |
|
|
足利氏満
足利氏満(あしかがうじみつ)は南北朝時代の第2代鎌倉公方である(在位:1367年-1398年)。父は足利基氏、母は畠山家国の娘。 |
|
|
足利義満
足利義満(あしかがよしみつ)は室町時代前期の室町幕府第3代将軍(在職1368年-1394年)である。父は第2代将軍足利義詮、母は側室の紀良子。封号は日本国王。... |
|
|
大内義弘
室町時代中期の周防国、長門国、石見国、和泉国、紀伊国の守護大名。 |
|
|
足利満隆
足利満隆(あしかがみつたか)は室町時代の武将である。第2代鎌倉公方足利氏満の3男。 |
|
|
上杉禅秀
室町時代前期の武将、守護大名。関東管領、上総・武蔵守護。禅秀は出家名。犬懸上杉家出身。上杉朝宗の子。妻は武田信春の娘。憲方、憲秋、憲春、持房、快尊... |
|
|
足利基氏
南北朝時代の武将。初代鎌倉公方。後の古河公方の家系の祖でもある。室町幕府初代将軍足利尊氏の四男。母は正室の赤橋登子(登子の子としては次男)。 |
|
|
上杉憲定
室町時代前期の守護大名。関東管領、上野・伊豆守護。山内上杉家出身で上杉憲方の子。憲孝、房方の弟、憲重の兄。子に憲基、佐竹義人。官位は安房守、右京亮... |
|
|
足利満貞
足利満貞(あしかがみつさだ)は室町時代中期の武将。第2代鎌倉公方・足利氏満の4男。稲村御所(稲村公方)と呼ばれる。なお、『喜連川判鑑』及び『古河公方... |
|
|
足利尊氏
鎌倉時代後期から南北朝時代の武将。室町幕府の初代征夷大将軍(在職:1338年-1358年)。足利将軍家の祖。 |
|
|
足利満直
足利満直(あしかがみつなお)は室町時代中期の武将で篠川御所(篠川公方)と呼ばれる。第2代鎌倉公方足利氏満の次男。第3代公方足利満兼は兄。 |
|
|
上杉氏憲
戦国時代から江戸時代の武将。深谷上杉家の一族で、後北条氏の家臣。上杉憲盛の子。母は太田全鑑の娘。長尾景仲の仍孫に当たる。正室は北条氏繁の娘(氏政の... |
|
|
足利義持
室町幕府第4代将軍。父は3代将軍足利義満。母は安芸法眼の娘で側室の藤原慶子(ふじわらのよしこ)。 |
|
|
足利成氏
室町時代から戦国時代の武将。第5代鎌倉公方(1449年-1455年)、初代古河公方(1455年-1497年)。父は永享の乱で敗死した第4代鎌倉公方足利持氏。鎌倉公方就... |
|
|
足利義教
室町時代中期の室町幕府第6代将軍(在職:1428年-1441年)。3代将軍足利義満の3男。母は側室の藤原慶子で、4代将軍足利義持の同母弟。僧侶時代は義円、還俗直... |
|
|
上杉憲実
室町時代中期の武将、守護大名。関東管領、上野・武蔵・伊豆守護。越後守護上杉房方の3男。子に憲忠、房顕、周清(周清の子に上杉憲房)、法興、周泰ほか。猶... |
|
|
足利直義
鎌倉時代末期から南北朝時代初期にかけての武将。河内源氏義国流、足利氏の嫡流・足利貞氏の3男。室町幕府初代将軍、足利尊氏の同母弟。足利将軍家の一門。世... |
|
|
南北朝時代
日本の歴史で、皇室が南北2つに分裂した時代である。 |
|
|
古河公方
室町時代後期から戦国時代にかけて、下総国古河(茨城県古河市)を本拠とした関東足利氏。享徳4年(1455年)、第5代鎌倉公方足利成氏が、享徳の乱の際に鎌倉... |
|
|
足利義詮
南北朝時代の室町幕府第2代将軍。初代将軍足利尊氏の嫡男。母は鎌倉幕府最後の執権・北条守時の妹で正室の赤橋登子。 |
|
|
足利満兼さんについてのひとこと紹介
|
|
|
|