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プロフィール
足利頼純(あしかがよりずみ/-よりあつ、足利頼淳)は戦国時代、安土桃山時代の武将。足利氏の一門。 足利義明の次男で 小弓公方家の当主。喜連川(きつれがわ)頼純と呼ばれることもある。
生涯
| 1538年に国府台合戦で父・義明が戦死すると、里見氏を頼って落ち延び、その庇護を受けた。 |
| 幼時には石堂寺に預けられたとみられている。 |
| 成人後は小田喜城に滞在したとも後に諸国を流浪したともいわれているが、詳細は不明である。 |
| 里見義頼と梅王丸の家督争いの際には義頼に偏諱を与えたとする見方がある一方(佐藤博信説)でそれに続く義頼と正木憲時の争いの時には後者についたとする見方がある(千野原靖方説)。 |
| 北条氏が豊臣秀吉による小田原征伐によって下総から北条軍が撤退すると、その機に乗じて里見義康とともに父が住した小弓城を奪還した様である。 |
| 娘の鳩子(のちの月桂院)が豊臣秀吉の側室となったことと、足利氏の血を引くことから大名として復帰を許され、下野喜連川城を領した。 |
| ほかに娘として鎌倉東慶寺十九世瓊山法清がいる。 |
| なお、一般的には「頼純」と表記されているが、今日遺されている本人の直筆の署名の名乗りは「頼淳」である。 |
| 『喜連川判鑑』にも「頼淳」と記されている。 |
参考文献
| 佐藤博信「戦国期の関東足利氏に関する考察」(所収:荒川善夫他編『中世下野の権力と社会中世東国論3』(岩田書院、2009年)ISBN978-4-87294-561-4)。 |
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1538年
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国府台合戦で父・義明が戦死すると、里見氏を... |
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つながりの強いひと
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足利義明
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